−2日目−
お宿の正面の小高い山の上に立派な天守閣が見える。あれが噂の高知城〜!(どんな噂やねん!)。桂浜には昨日のうちに行ってしまったし、本日の高知での予定は特に無い。それでは高知城には行ってみよう、とて土電の一日乗車券を眺めていると、ふと目に付いた単語「地球33番地」。なんじゃこりゃ? そこに、その名前なら知ってるぞという向きが現われる。実はこの場所、東経133度33分33秒、北緯33度33分33秒の交わる点なのだ。こんな珍しい場所は滅多にあるものではない。早速行ってみようという事になったのだが、一日乗車券の地図は大雑把で、土電の“宝永町”の近くだというのしか判らない。ガイドブックも開いてみるが、何故かそんな重要そうな場所が載っていない。それでお宿のフロントで聞いてみた。「どこぞの川まで行ったら三角形の建物が見えるからすぐ判りますよ」と言われるのだが、乗車券の地図とは反対側のように見える。がまあ、地元の人のいうことを信じて出発することに相成った。 高知の土電は、駅間も短ければ(お宿の窓からでも同じ方向の駅が2つ見える)電車の間隔も短い。ひとつ乗り遅れてもちょっと待てばすぐ次が来る。ちょっとその辺まで行くのにも気楽に乗れるこの土電、極めて便利な代物で、苦労して地下鉄ばっかり掘ってる都市なんかと比べると、ずっと賢いんじゃないかと思うのであった。そんなこんなで、お宿の前から土電に乗る。一日乗車券がもう使えないのがちょっと残念だ。 土電に乗ってドコドコと“宝永町”まで行って降りる。フロントで教えられた方向に歩くと、アーチ橋のかかった大きな川が見えて来る。暑さに唸りながら川のほとりまで行くと、橋の袂にモニュメントが立っている。おぉ、あれではないのか!? 期待に暑さも吹き飛びつつ近づくが、それは橋の建設記念のモニュメントなのだった。ちょっと引いていた暑さが一気に戻って来る。橋には歩道も付いているので少し途中まで行ってみるが、対岸にも何かそれっぽいものは見つからない。仕方がないので戻りつつ、近所のコンビニ酒屋で尋ねてみる。レジのおばちゃんは悩んでいる。地元の人にもあまり知られていないのかなぁ…。おばちゃんは駅の反対側にも小さな川があるからその辺りで聞いて見ては?と言う。反対側といえば、乗車券に書いてあった方向だ。これはお宿のフロントさんも間違えてたのか? いい加減疲れた身体を引きずりつつ、“宝永町”まで戻る。そこを突き抜けてしばらく行ったガソリンスタンドコンビニで、お茶を補給しつつ高知県限定のガイドブックを眺める。どれにも載っていない…。そんなにマイナーな場所なの? 仕方が無い、レジのお姉さんに改めて尋ねてみよう。すると、もう少し先に確かに小さな川があるらしい。そこにありますよ、との確信的なお言葉。お姉さん、ありがと〜! と言う訳で何とか元気を取り戻し川へ向かうのであった。 コンビニを出て割とすぐ、道に大きな看板が現れた。「地球33番地通り」。こんな大々的な通りまであって、なんであんなにマイナーなんだよ〜。そして川にたどり着く。教えられたとおりに右を見ると、それはあった! 川のほとりに白いモニュメント、そして川の中に迫り出す桟橋の上に、輝く銀色のシンボル塔。この川の上のシンボル塔がその点の真上。そしてそれぞれにごく簡単な説明書きの看板があるだけで、それ以外は何も無い。どうしてガイドブックにもろくろく載っていないのかちょっとだけ判った気がしたけれど、相当に特異な点の上に立っている…という感覚はやっぱりなかなか素敵なものであった。ちなみに、シンボル塔の説明看板の上でセミが一匹昼寝をしていた。暑い暑い33番地であった。 ちなみに、帰ってから調べてみると、緯度/経度の度・分・秒に数字がゾロ目で12個も続く地点で陸地上にある場所は世界でたった9ヶ所、しかもそのほとんどは砂漠や密林の中という、簡単には行かれない処なのだそう。ごく普通に電車乗ってちょっと歩けばその真上に立つ事の出来る、この高知の33番地は地球上でも極めて珍しい場所なのだ。ガイドブックにもあまり載っていないし、地元の人にも知られていなかったりするけれど、高知へ行く機会があったら是非立ってみて欲しい場所なのである。 地球33番地ご紹介のサイト様 (世界のゾロ目番地の場所が確認できます)
やっと天守閣の下に着いてもまだまだ先は長い。今度は天守閣の中の細くて急な階段を四つんばい状態で登って行くのだ。頭の上には一抱えもあろうかという太さの、立派な梁が横切っている。地上では無風だった筈なのだが、この建物の中では、開け放たれた窓(ガラスははまっていない)から風が入って、一層上がるごとに温度が下がって行く。ギシギシ軋む床も素足には心地好い。上に行くほど天井が低くなり部屋も狭くなる。大昔、ここに詰めていたお侍達は、どんな想いで居たのだろうか? 殿様がここまで上がってきたことがあったのだろうか? そして辿りついた天守閣のてっぺんは素晴らしかった。東西南北四方の窓と張り出したベランダから、360度全てが見渡せる。お天気が良いので周囲の山々もはっきり見えて、高知の市内は結構盆地なんだという事も見て取れる。成る程、天守閣というのは物見なのであるなぁ。これならどこから敵が侵入してきてもすぐに見つけられそうである。 そしてこのてっぺん、風も良く通るので涼しいことこの上ない。窓枠のところに座ってぼーっとしていると何時間でも過ぎていってしまいそうだ。壁に貼ってある注意書の中に“昼寝するべからず”というのがあるのが良く判る。絶対、寝たら気持ちが良いよ! そして今は夏だから良いけれど、冬場は一体どうしているんだろう? 窓にガラスでも入れるのかしらん? 物見の係のお侍さんはさぞかし寒かった事でしょう。狭いし階段は急だし、トイレだってすぐには行けそうに無いし、物凄く気持ちが良いのだけど、そういう事に思いを馳せると、ちょっと複雑な心境だったりするのだった。 ちなみに高知城の入り口にあった市外MAPには、地球33番地がしっかり載っておりました。しまった、お城に先に行けば良かった!(後知恵)。 そしてこのMAPには、市内各所に立つ市の場所も書いてある。火曜市、水曜市、木曜市、金曜市、土曜市、そして一番有名な日曜市。月曜市だけはいくら探しても見当たらなかった。高知の市ってのは月曜日が定休日なんだろうか?
宿に電話して迎えの車を待つ間、駅前の酒屋の店先の自販機を覗く。この自販機、普通150円のペットボトルが140円、120円の缶々が110円で売られている。ちょっと感動している間に車がやって来る。予定ではこのままお宿に入るつもりだったのだが、かずら橋は見る予定だと言うとそれじゃぁ先にそこへ行きましょうと言われる。荷物は車で預かってくれるので、身軽にちょっと行ってらっしゃい、というわけだ。 かずら橋は短かった。日本三奇橋のひとつと謂れ、長さ45m、水面からの高さ14mとの触れ込みなのだが、実際渡ってみると、そんなに長いか? という感もある。確かにシクラチカズラとかいう植物の蔓で編んだだけの吊り橋の上に、足元も編みこんである渡し木の間隔が7〜8cmから10cmはあろうかという感じで、足の小さい人なら足だけ突き抜けそうである。そんなこんなで足元を一歩一歩確認しながら慎重に歩くものだから、下を見るもへったくれもない。手すりもカズラの蔓が編んであるだけだからどうも掴まりにくい。案外短いと思った理由は、実は渡るのに夢中だったという事だったのだのかもしれない。実はせっかく切り立った絶壁の渓谷を渡ったのに、ちっとも橋からの景色が楽しめなかったのでもう一回渡りたい…という気持ちもあったのだが、この橋、渡るのにお金取るんですよ。三年に一回掛け替えしてるから。ので一回で止めときました。 かずら橋から程近くに琵琶の滝はある。滝壺から見上げる感じの滝で、そこから流れる清流が下の川までながれ落ちている。その下の河原には降りられるのでしばし水と戯れてみる。冷たい水は気持ちが良かった。そして、かずら橋にも河原の近所の出店にも掲げてある不思議な看板が目を引く。そこには“おぼけ処”と書いてある。達筆な筆文字なので一瞬“おばけ処”と読んでしまって焦ったが(笑)、“おぼけ処”というのも何なんだ? という感じである。おおぼけ、だから? 待っていてくれたお宿の車でお宿へ。その近代的な建物の入り口にも“おぼけ処”の看板は付いていた。そしてこのお宿にもタングラムが置いてあったのである。というか、お宿のお土産ショップでも売ってたし…。もしかしてタングラムの業者が各お宿に部屋数だけ配って、販売促進でもしてるんだろうか? 四国のお宿の部屋には、どこにでも必ずタングラムが置いてあるんだろうか? そしてこのお宿で、生まれて初めて猪を食べました。いや、今までたまたま機会がなかっただけなんだけどね。猪は思ったほどクセもなく、ちょっとワイルドな豚肉ってイメージ。というか、文字通り野性の豚やし! そして大歩危周辺は祖谷<いや>という地域で、祖谷そばという蕎麦が有名。この蕎麦を使った料理がいくつか出て来る。一番悩んだのが、生麩と里芋の中間みたいな食感のあんかけ団子。これも蕎麦で作ってあるらしいのだが、いったいどういうモノなのかは最後まで判らなかった。 秘境と呼ばれるこの辺り、かずら橋の近所では大々的に何かの施設を作るらしい工事をしてました。断崖な渓谷に打ち込まれ組まれた巨大な鉄骨の足場、何を作るか知らないけれど眺望は完全に台無しでした。確かに温泉と橋と渓流しかないところだけれど、だからこそその自然なままを残して欲しいものだと、観光客は勝手に思うのでした。 |