四章 … 虚無 …
(後編)

「何回蹴ったの。」

「えっ」

「フィーを僕の道具袋に入れたあと、死ぬまでに何回蹴ったの。」

「…覚えてない。十回くらいだと思うけど、もっと多かったかもしれない。」

「じゃあ、十三回でいいや。」

「何が十三回なんだ。」

「僕がイサム君を殴る回数だよ。このバットで十三回殴って、君の彫刻刀を五本、君に刺したら帰してあげるよ。」

僕がこう言ったら、イサム君は急に震え出した。人がこんな風に震えるの初めて見た。そして今度は本当の涙声で僕に話しかけてきた。

「なんでだよ。何でそんなことをするんだよ。酷いじゃないか、話せば助けてくれるって言ったじゃないか。」

イサム君は僕の話をちゃんと聞いてなかったみたいだな。

「僕は助けるなんて言ってないよ。ここから出してあげるって言ったんだ。それに君がフィーを叩いた数だけ殴るだけだから、それに耐えたら生き残れるよ。」

イサム君はまだ何か言っていたけど、僕はもう聞くこともなかったので殴り始めた。

一回殴ったら、大声で泣き出した。

三回殴ったら、中から何かが折れる音がした。

六回殴ったら、袋に血が滲み出てきた。

十回殴ったら、急に静かになった。

殴り終わると、イサム君は動かなくなってた。

動かなくなったイサム君に彫刻刀を五本刺してみた。思ったより血は出なかった。

これでイサム君はフィーと同じ痛さが解ったはずだ。だから僕はイサム君を約束通り外に運び出してあげた。

もうイサム君への用事は終わったんだから、生きてようが死んでようが関係ない。

忘れ物があって、教室に戻っている間にイサム君は見つかったみたい。体育館のほうで大騒ぎになってた。

僕にとってはもういいことなんだけど。

家に帰ると今日はママだけじゃなくってパパも家にいた。こんなこと初めてだ。なんか嬉しいな。

でも、二人が“お帰り”のあとに話し始めたのは離婚の話だった。

「ユウト、パパとママはもう一緒にいることは出来ないんだ。寂しくなるが我慢してくれ。」

「ユウちゃん、あなたには悪いと思うけどママとパパはもうだめなの。解ってちょうだい。」

離婚って言う言葉は知ってる。良くテレビに出てくるから。でも離婚しちゃったら三人で一緒にいることが出来なくなる。僕はどうすればいいの。

「僕は…僕はどうするの。嫌だからね。絶対、ぜえったい、嫌だからね。僕、今日、パパとママに嫌われないように、しっかりやってきたんだ。なのにどうしてパパとママは離婚するの。」

そう、ちゃんとフィーをあんな目に遭わせたイサム君にお返しをしてきたのに、何で解ってくれないの。

「お願いだからもうこれ以上聞かないで。これ以上聞かれると…」

なに、なにかママ言い難そう。

「いいじゃねえか。聞きたがってるんだからさ。教えてやるよ。猫殺して遊ぶようなガキ、気持ち悪くて一緒に居られないからだよ。それに、お前をこんな風に育てたこいつともな。」

「あなたは何にもしてこなかったくせに偉そうなこと言わないでよ。私だってこの子の事なんて解らないわよ。」

僕の所為なの。僕はこんなに二人のことが好きなのに、パパとママはもう僕のこと嫌いなの。もう一緒に居るのが嫌なの。

「じゃあ、僕はどうなるの。」

パパとママは気まずそうに顔を見合わせてる。

「暫くの間おじいちゃんの所に行ってもらうことになるな。それから二人で話し合ってお前をどうするか決めるから。」

パパは僕と一緒に居たくないみたいだ。

ママも僕から目をそらせてる。

二人とも僕と居たくないみたいだ。でも僕は一緒に居たい。どうすれば一緒に居られるんだろう。

「明日おじいちゃんの家に連れていくから今日はもうご飯を食べてから寝なさい。」

「本当にもう一緒に居られないの。」

「ああ、もう決まったことだ。何を言っても無駄だよ。」

「はい…」

僕はご飯を食べてる間、ずっと考えた。

お風呂に入ってる間もずっと考えた。

ベッドに入ったときようやく一つ思いついた。

パパとママが動けなくなればいい。そうすればずっと一緒に居られる。

夜中の三時に僕は動くことにした。パパはいつもと違う部屋に寝てた。大きな声を出されると困るから口を塞いでから、おもいっきり金槌で殴ってみた。

力の加減を間違えちゃったみたいで、パパは動けなくなるんじゃなくて、動かなくなっちゃった。

パパは動かなくなっちゃったけど、居てくれるだけでもいいや。でもママはこうしちゃいけない。あの声をまた聞きたいから。

今度は口を塞ぐ必要もないし、大声を出してもいいから、手と足を縛って動かないようにした。ママは疲れてるみたいでなかなか起きない。

縛り終って暫くしてからママは目を覚ました。起きようとしたけど首しか動かない。ママは何が起きたか解らないみたい。

「おはようママ、僕たちはずっと一緒だよ。パパももう動かないし、三人でまたこの家に居るんだよ。これからも。」

「なにこれ。あんたなにしたの。早くこれ取りなさいよ。」

僕は嬉しかった。これからはママの声がいつでも聞ける。朝のあのときだけを待つんじゃなくって、これからはいつでも聞ける。

「だめだよ、これを取ったらママはどっか行っちゃうもの。これからはママは僕のためだけにここに居るんだ。」

ママの顔はだんだん青ざめていく。僕のことを気持ち悪そうに見てる。まだフィーのこと疑ってるのかな。本当のこと言わなきゃ。

「フィーを殺したのは僕じゃなくって、イサム君だよ。だからイサム君はフィーと同じ目に遭わせてたんだ。これでいいでしょ。」

ママは何か言おうとしてるけど声がなかなか出てこない。ママの口に耳を近づけると何を言っているかやっと解った。

「あんたなんて、私の子じゃない。悪魔だわ。あんたの側になんか居たくないの。私をここから出して、お願い。」

僕はママの子だ。ママは僕と居るのが嫌なの。そんなに僕のことが嫌いなの。

でも、ママは僕の側に居なくちゃいけない。僕のママなんだから。どこにも行っちゃいけないんだ。

「ママは嫌でも僕の側に居てもらうよ。だってママなんだからね。」

ママは暴れ出した。僕は困っちゃってどうすれば良いかわかんなくなった。困ってパパにしたのと同じことをしちゃった。

「ママ…ママ…お話してよ。ねえ、ママ。僕に声を聞かせてよ。」

時計は八時を指していた。

パパは動かなくなってる。

ママは動かなくなってる。

フィーはもういない。

僕はなんにもなくなった。

僕にはもう何もない‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

ピンポーン

「朝早く申しわけありません。警察のものですが…」





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