四章 … 虚無 …
(前編)

今朝はいつもよりも早く下に降りた。

いつもならママの声を聞くまで寝た振りをしてるんだけど今日はそんな気分になれなかった。そんな時間もなかったし。

パパとママは一晩中何か話をしていたみたいで、僕が降りていくと、離婚とかカウンセラーとか施設とかの言葉が聞こえてきた。

「おはようございます。」

僕がそう言うと二人とも、ビックリしたような脅えたような顔をして僕を見た。

「ああ、おはよう。」

「ユウちゃん、今日はやけに早いのね。丁度いいわ、パパとママ大事な話をしていたとこなの。あなたにも聞いてほしいわ。」

昨日までの僕だったら、それとも明日からの僕だったら、学校を休んででもパパとママの話を聞いたと思う。

でも今日の僕だけはそうすることは出来ない。

「ごめんなさい。今日は、今日だけは誰よりも早く学校に行かなきゃならないの。だからお話は帰ってから聞きます。それまで待っててください。」

パパとママはさっきよりもっと驚いた顔をしていたけど、僕の言う通りにしてくれた。きっと僕が学校に行ってる間も話合いは続くんだろうな。

僕は朝ご飯を軽いものだけでサッと済ませると、急いで家を出た。

学校に行く前に公園によってフィーのお墓参りをした。

それでも学校に着いたのは僕が一番だった。僕は大急ぎで今日の準備をした。

準備が全部終わったとき、クラスメイトが教室に入ってきた。みんな、怒ったような顔をして僕を睨んでから自分の席に着いていった。チーちゃんやマーちゃんもそうやってから席に着いた。

みんな一回僕を睨むと、あとは絶対僕のほうを見ようとしなかった。イサム君だけはたまに僕のほうを見て、ニヤニヤといやらしい笑い方をしてた。

結局僕は誰とも話すことがないまま授業が終わった。

放課後、僕は体育館の裏にある用具置き場の中にいた。石灰の匂いはあまり好きじゃないけど、これは仕方がない。

僕が思った通りなら、あの準備がうまくいっていたら、時間まで僕はここで待っていなくちゃいけない。

約束の時間まであと少し。もう少し。

「おーい、結城、来てやったぞ。いったい俺に何のようだ。」

来た!

照れたような大声を出してこっちに来るのは、イサム君だ。僕の準備はまず一つ成功したみたいだった。

僕は手だけ出して、イサム君を手招きした。そうしてから僕は物陰に隠れて、イサム君が中に入ってくるのを待った。

イサム君は疑いもせずに中に入ってきた。暗いところに目が慣れていないからかな、周りをきょろきょろ見てる。

僕は後ろからこっそりと近づいていって、イサム君の頭にイサム君の道具袋をかぶせた。それからバットである程度力を入れて首の後ろを殴った。

これで大声を上げるようならもう一回、今度はもう少し力を入れて、気絶したならそれでOK、死んじゃったら仕方がない。そうゆうつもりだったんだけど、何とかうまく気絶してくれたみたいだった。

僕は準備しておいた石灰の空袋にイサム君を入れて、ガムテープでぐるぐる巻にしたんだ。イサム君がフィーにしたように。

あとはイサム君が気がつくのを待つだけだけど、なんか焦っちゃって、イサム君を起こすことにした。

「イサム君、早く起きて。早く起きないと早く死ぬことになっちゃうよ。」

一回おなかを蹴ってみたら呻きながらだけど気がついたようだった。

「う…ん、あっあれ、動けない。なんだこれは、おい、誰だこんなことをするのは。結城じゃないだろ。誰なんだ。」

「大きな声を出さないで。ここには僕しかいないし、外には声はほとんど漏れないから誰も助けには来てくれない。だから普通に話してくれれば良いよ。」

いきなり僕の声が聞こえたからイサム君は驚いたようだった。

「その声は、ユウト、お前だな。どうゆうつもりだ。こんなことして良いと思ってるのか。」

「思ってないよ。こうしないと君と二人ッきりにはなれないから、仕方ないよ。でもあんな手紙に騙されるなんて、君よっぽどチーちゃんのことが好きなんだね。」

こう言うとイサム君は急におとなしく黙り込んじゃった。

僕が今日学校に来てやった準備は三つ。まずこの用具置き場の準備。次にイサム君の道具袋を持ち出すこと。最後にチーちゃんの字を真似て、チーちゃんの名前でイサム君に手紙を出す事だった。

この中の一つでも上手くいかなかったら、僕はこの計画をあきらめるつもりだったけど、上手くいっちゃったから、こうなったら最後までやるつもりだ。

「こうして君を呼んだのは、聞きたいことがあるからなんだ。」

「何なんだよ、聞きたいことって。早く言えよ。」

さっきよりもずっと小さな声だった。

「聞きたいことは二つ。一つは何で僕のことが嫌いなのか。まあ、これは大体解るけどね。もう一つはなんで、どうやってフィーを殺したのかってこと。」

「それを言えば俺をここから出してくれるのか。」

「さあ、それは君の答え次第だね。でもここからは出してあげられると思うよ。」

信じられないのかイサム君は黙って考え込んでるみたいだった。

「大丈夫だよ、僕は君と違ってあまりうそはつかないからね。」

この言葉をイサム君は信じたみたいで少しづつ話し始めた。

「俺がお前のことを嫌ってるのは、お前が考え通りの理由だよ。」

まあこれは、ちょっと考えれば誰でも解る事、僕への嫉妬。問題はもう一つの方。

「それで、もう一つの方はどうなの。」

またイサム君は黙ってしまったから、もう一回お腹を蹴ってみたら、呻き声をあげたあとで半分泣いたような声で話し始めた。

「なあユウト、もう勘弁してよ。あの猫を殺したのは悪かったよ。」

「そんなこと僕は聞いてないよ。」

「解ったよ、あの猫を殺したのはお前が可愛がってたからだよ。俺が結城に嫌われないでお前が傷つき、お前が嫌われる様にするにはあの猫を殺してお前の所為にするのが一番だと思ったんだよ。実際そうなったろ。」

そんなことでフィーは殺されたって言うのか。イサム君が僕に一言“チーちゃんが好きだ”って言えば済むことをイサム君の臆病の所為でフィーは殺され、パパとママからは信じて貰えなくなって、友達から嫌われなきゃならなかったの。

そう思ったら昨日心の中にできた、暗くて熱くて重いものが身体中に広がって行くのが解った。





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