三章 … 崩壊 …
(後編)

帰り道でもなかなか涙が止まらなかったけど、泣いてるとまたパパとママに叱られるから一生懸命泣かないようにしたら、家の前でやっと涙が止まってくれた。

「ただいま。」

できるだけ明るくそう言うと、ママが飛び出してきた。そして泥と血で汚れた僕の格好を見て凄く驚いたみたいで、座り込んで泣き出したんだ。

何で泣くのか解らなかったけど、とりあえず何で僕の服が汚れてるのか説明することにしたんだ。

「どうしたの、ママ。あのね、この服はね、公園で…」

「知ってるわよ!!」

急に僕のほうを見て大きな声でそう言ったから、今度は僕のほうがびっくりした。ママはフィーのこと知ってたんだ。

「あのね、今日公園に行ったらフィーっていう猫がいてね、それで…」

「その猫を殺したんでしょ。」

えっ。ママは何を言ってるんだろう。僕がフィーを殺した? 何でそうなるの、何で僕がフィーをあんな目にしたっていうの。

「あなたが公園で血だらけになった猫を道具袋に入れて遊んでるのを見たって人がいるのよ。私だってそんなこと信じてなかったわ。でもなに、あなたのその格好、血と泥でそんなに汚れて。今朝あんなに話したんだから大丈夫だと思ってたのに、猫を殺して憂さを晴らしたの。そんなに明るい声出して、よっぽど気分が良かったようね。」

ちがう…僕はフィーを殺したりなんかしてない。フィーは大事な友達なんだから何で僕が殺さなきゃなんないの。

ちがう…気分が良いんじゃない、泣いてるとママが怒るから、だから無理して明るい声をだしたのに。

違う、違うよママ、言ってることがみんな違うよ。

「違う、ちがう、ちがう! フィーは僕が公園に行ったらもう死んでて、それで僕はお墓を作ってあげて、その時に血とか土とかがついたんだよ。」

「じゃあその手に持ってる血だらけの道具袋は何なのよ。それはあなたのものでしょ。あなたがやったんじゃないんなら、何でそんなふうになってるのよ。」

「これは…これは誰かが持ってきたんだ。フィーはこれに入ってたけど僕がやったんじゃない。ママ信じてよ。」

ママは今朝僕に大事だって言ってくれたじゃない。大好きだって言ってくれたじゃない。僕が大事なら、大好きなら信じてくれるよね、ママ。僕を信じて。

「じゃあ何、その道具袋を誰かが盗んで、それを使って猫を殺して、公園に捨てておいたところにあなたがたまたまやってきて、それを見たあなたは猫にお墓を作ってあげたって言うの。」

「うん、そうだよ。公園に行ったのはね、フィーにご飯をあげるために行ったんだ。」

ママは悲しそうな目で僕を見て、静かに頭を横に振った。

「その猫はいつもあそこの公園にいるの?」

「違うよ、いつもはどこにいるのか知らないけど、今日は学校の帰りにあそこにいるのに気がついて、見たらお腹が空いてるみたいだったから、家にご飯を取りに行ったんだ。その間に…」

「あの猫は殺されたの。」

僕は力一杯頷いた。けどママはまた横に頭を振った。

「もう言い訳は十分。そんな偶然が一遍に起こるなんてとても信じられないわ。」

ママは僕を信じてくれない。何を言ってもママは聞いてくれない。どんなに一生懸命説明してもママは理解ってくれない。

このとき、僕の中で何かが音を立てて崩れた。

ママは泣き崩れたまんまだった。僕はその前で立ち竦んでいた。

しばらくそうしていたら電話が鳴った。ママは黙ったまま立ち上がったけど、僕は動くことができなかった。涙が出ないようにこらえるのが精一杯だった。

「ユウト、イサム君からよ。」

中からママの呼ぶ声がした。いつもならその声を聞くだけで嬉しいんだけどその時は何にも感じなかった。

僕は泥を払い落として、手を洗ってから電話に出たんだ。

『なにやってんだよ、こんなに待たせて。まあ、いいや。それよりお前、おれからのプレゼント気に入ってくれた。』

「プレゼントって何、僕なんにも貰ってないよ。」

『嘘つくなよ。公園に置いてあったろ。あれだよ、あれ。』

「公園って、まさかフィー!」

『ああ、あれそういう名前なの、結構手間がかかってるんだぜ。あんなノラ猫でもなかなか死なないもんだよな。』

イサム君がフィーにあんなことをした。それを聞いたとき、僕の心の中に暗くて熱くて重たいものができた。

『あっ、あとな、お前に新しいアダナ作ってやったから。猫殺し。どうだ、カッコイイだろ。クラス中のみんなに猫をお前が殺したって教えといたから、皆きっとそう呼ぶぜ。もっとも、誰もお前とは話さないかもしれないけどな。勿論、お前のお友だちのチーちゃんもな。』

「なんで、なんでそんなひどいことするんだよ。」

『そんなこともわかんないのか。お前が嫌いだからだよ。』

僕が嫌いだからフィーを殺した。僕が嫌いだっていうそれだけの理由で。

今度は僕の中で何かが壊れる音が聞こえた。

『明日、学校休むなよ。お前の泣き顔を見るの楽しみなんだから。じゃあな。』

「うん、必ず行くよ。かならず。」

出てきた僕の声はとっても低く掠れた声だった。





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