(前編) あんなに夜遅くまで起きていたのに、朝はいつもより早く起きることが出来た、なんでだろう。だから僕は寝る前に決めたようにパパとママに謝ることにした。 パパはなんか頭が痛いみたいで、 「ああ、もういいよ。これからは気をつけろよ。」 でもママとは僕が学校に行く時間のギリギリまでお話した。昨日もそうだけど、こんなにママと話したのは小学校に入ってから初めてじゃないかな。怒られてるのはわかってるんだけどなんか嬉しくなっちゃった。 それにママは怒ってる時に僕にこんなことを言ってくれた。 「ママは貴方が嫌いでこんなことを言ってるんじゃないのよ。」 「ユウちゃんが好きだから…」 「大事なユウちゃんが…」 寝る前にあんなにいっぱい考えて、あんなにいっぱい心配したのに、ママは僕の事を好きだって言ってくれた。僕は捨てられないでこの家にいられる。そう思ったらさっきよりもっと嬉しくなっちゃった。 学校に遅刻しそうになっちゃって、走って行かなきゃなんなかったけどその間、僕はずっと笑ってたみたい。すれ違った人が僕のことを不思議そうに見てた。でもこんなに嬉しかったんだからしかたないよね。 でも学校に近づくと嬉しい気分がだんだんなくなっていって、何でかなって思ったらイサム君に会いたくないってことに気がついたんだ。 それがわかったら今度は学校に行きたくなくなっちゃった。でも、ちゃんと学校に行かないと、パパやママに嫌われちゃうから、捨てられちゃうから、ゆっくり行くことにした。 そのうちに学校に着いちゃって、しょうがないから教室に入ったんだ。 できるだけいつもと同じようにして、マーちゃんやチーちゃんに 「おはよー」 って言ったんだけど、僕のほうを向いてくれなかった。聞こえなかったのかな。 もう一回しっかりあいさつをしようかなって思ったら先生が来ちゃって、結局、二人には“おはよー”って言えなかった。なんかイヤだな。 朝の会で先生に呼ばれて、みんなの前でイサム君と握手して仲直りした。僕はほっとしたんだけど、イサム君は僕のことをずっとにらんでた。まだ怒ってるのかな。 僕はその日は誰とも話さなかった。休み時間とか給食のときに、イサム君の所に行って 「これからはなかよくしよう。」 って言おうとしたけど他の子と話してて僕のほうを向こうともしなかった。まだ仲直りはちゃんと出来ないみたい。 そういえば、マーちゃんとチーちゃんも気がつくとどっかに行ってて、今日は僕はずっと一人だった。 あっ、帰りは僕一人じゃなかったっけ。久しぶりにフィーに会った。通学路の途中にある小さな公園のベンチの上で、丸くなってるのを見つけたんだ。 「久しぶり、元気だった。」 フィーに近づくと僕なんか嬉しくなって、フィーの喉のところを撫でてやって、その次に頭を撫でてあげて、そしてフィーを抱いてフィーの匂いを嗅いだ。いつもと同じお日様の匂いだった。 フィーは前に会ったときよりもずっと痩せていた。抱き上げるとすごく軽くて、身体を撫でてみると、骨が浮かび上がってぼこぼこした感じだった。何か食べるものはないかなって思って、ランドセルの中やポケットの中を捜してみたけどフィーに上げられるような物は何にもなかった。 「ちょっと待っててね、フィー。お家に帰って美味しいものを取ってくるからね。」 僕はお家に帰って、フィーが食べられそうなものをいくつか見つけて、それから大急ぎでフィーがいる公園に戻ったんだ。 その途中でイサム君に会ったんだけど、学校にいたときと違って、僕のほうを見てニヤニヤ笑ってた。何かあったのかな。 公園についてみるとフィーはベンチの上にいなかった。 「フィー、どこにいるの。ご飯もってきたよ。おいでー」 呼んでみたけどフィーは出てこなかった。公園の中を捜してみたんだけど、フィーは見つからなかった。 そのかわりに、学校にあるはずの僕の道具入れの巾着袋が公園の一番見えにくい所で見つかった。何でここにあるんだろうって思って、近づいてみたら下のほうが水に濡れて、袋の口はガムテープでぐるぐる巻にしてあった。 もっと近くに行ってみると、道具袋は水に濡れてるんじゃなくって、血が滲み出てることに気がついたんだ。 地面が赤く色が変わってて、錆びた鉄のような匂いがここまで匂ってきた。 袋にはいっぱい足跡がついてて、後ろのほうには彫刻刀が刺さってた。 気持ちが悪かったけど、僕の道具袋に何が入っているのかがすごく気になって、勇気を出して摘み上げてみたんだ。 持ってみると結構重たいものが入ってて、ズシッときた。 つっついてみると何か柔らかい物だった。 凄く嫌な感じがして、彫刻刀を抜いてガムテープを剥がして、袋の端っこを持って中身を出してみた。 ドサッ 音を立てて地面に落ちたのは赤く染まった茶色い毛の猫だった。 「フィー!」 僕の道具袋に入っていたのは、さっきまで僕と一緒にいた、フィーだった。僕がご飯を持ってくる間に、誰がこんなことをやったんだろう。 「フィー、誰がこんなことをしたの。ごめんね。僕が君を家に連れて行けばこんなに酷いことをされなくて済んだかも知れないのに。ごめんね。」 僕はいつの間にか涙を流してた。泣きながらずっとフィーに謝ってた。泣いたら怒られるってことも忘れて泣いてた。 どのくらい泣いてたんだろう。いつの間にか公園をオレンジ色の光が包んでいた。公園にいた人もずいぶん少なくなっていた。 まだ公園にいた人は、僕のほうを気持ち悪そうに見ていた。 「このままじゃいけないよね。フィー、ちゃんとお墓作らなきゃね。いつもいたベンチの近くに作ってあげるから、もうちょっと待っててね。」 僕はベンチの近くの木の根元に穴を掘ってフィーのお墓を作ってあげた。道具がなかったから時間がかかったけど、周りが暗くなるころには何とか出来上がった。 フィーと一緒に、持ってきたフィーのご飯をお墓に入れてあげた。お腹の空くことがないように。 石を積んでお墓が出来上がるとまた悲しくなっちゃって、また涙が出てきてた。 「毎日会いに来るからね。」 フィーのお墓にそう言ってから、僕は家に帰った。 |