暗夜涼気 満月の章・第弐夜 「閉じられた未来、開かれた扉3」


月明かりのもと、寂れた廃校が不気味な存在感をみせている。
その廃校を目指して、男女の二人連れが山を登ってくる。

「龍姫、車でも登れたんじゃないか? この程度の山なら・・・」
「かもしれないね・・けど、私とハイキングじゃつまらないかな?」
歩きつかれた私の問いに、あいつは微笑を浮かべて応える。
まるで悪戯を思いついた子供の様な表情で言う、
あいつの言葉と微笑みに私の鼓動が速まるのを感じる。
あいつとの再会から一つの季節が流れた頃、
あいつは私の前では幾らか表情を見せるようになっていた。
たぶん、二人の思いの距離が一歩は近づいたのだろう。
「あれだ・・・。」
龍姫が突然立ち止まり木々の切れ目から指差した。
そこには全てのときの流れから忘れ去られたように、校舎のようなものが存在している。
「あれ・・・?」
「そ。」
「そ。・・・って廃棄された廃校があるだけじゃないか。」
「クスクス・・面白い奴だね、刹那はさ。」
私が疑惑の眼差しで尋ねると、あいつはさも可笑しそうに笑っている。
「何故だぃ?」
何故に自分が笑われたのか解らず尋ねる私に、あいつはパタパタと手を振ると笑うのを止める。
「廃棄されたから廃校なんだろう。 じゃあ、廃棄された廃校なんて言葉的に可笑しいだろ・・
荒れない荒野があるかい? 廃校なんだから、廃棄されているに決まっている。」
私の問いに、あいつは笑みを零しつつそう応えた。
「は・・・ははははっ。そういわれればそうだな。」
「だろ?・・・・でも、廃棄されていないんだよ。」
あいつはその表情を一転させ真面目な眼付きをで私を見つめた。
「あそこは、いまある機関が研究、養成を続けてるんだ。」
「養成、何を?」
「話しただろ、門を通って来るって・・・・。」
「その・・・・奴等がか?」
「そう、進入者、インベーダー、呼び名は様々だけどそれだ。」
あいつはゆっくりと廃校を指差す。
「あそこで前回の攻防の再に採取した細胞で培養を続けてるんだ。」
「細胞?培養?何のためにだ?」
「それは言うまでもないだろ、人間は自分のことだけ考えるもんさ。」
龍姫は大袈裟に両手を広げあきれたというジェスチャーをつくる。
「・・・・・兵器利用か。」
「正解、さすがは人間・・・・・いや、そういう意味じゃないよ。」
「いいよ、間違ってはいないしね。」
「・・・・・・・さぁ、行こう。」
私たちは闇夜の中、薄暗い月夜の下を進み廃校に向かった。

「・・・何をですか、澪さんの甘さの清算ですわ」
桜は無線機にナイフを無造作に打ち立てた。
「後は掃除屋さんにまかせましょう」
指揮車の中は血の臭いが立ちこめ、3人の死体が倒れている
どの死体も一撃で急所を貫かれ抵抗した後すら無い。
満足そうに指揮車の中を見渡すとドアのカギを空けた。
桜は外に出ると立ち止まり呟く。
「一人、二人、二人ですわね」
「任務を続行しますわ」
月明かりに照らされた口元は、ほころんでいた。

叢を踏み分ける刹那の背中に龍姫は声をかけた。
「刹那、ゴメン」
「何度も言うな、気にする事は無いよ。私は龍姫と私の為にここに来たのだから」
「ありがとう」
「龍姫が頼ってくれるのが嬉しいんだ。それに私はただの足手まといだ」
「そんな事は無い。刹那が居ないと、刹那が居てくれな・・・危ない!」
私の目の前には矢を握った龍姫の手が有った。
「刹那!、伏せて!」
「ウッ」
何が起きたか判らず呆然としていた私を龍姫が突き飛ばした。
「あらあら…飛来する矢を掴むなんて、何て非常識な人なのかしら…」
草むらを分け入って、私や龍姫よりも幼く見える少女が現れた。
「なっ…」
龍姫が何かを言おうとすると、彼女が先に言葉を続ける。
「嫌…存在そのものが非常識でしたわね。」
その言葉と同時に背後から飛来した矢を龍姫は飛び退いて回避した。
「何をする!」
龍姫が顔を上げた時には、少女の姿は消えていた。
『遠距離からのボウガンの矢を掴み』
何処からとも無く少女の声が聞こえる。
『わたくしが注意を奪ったにも関わらず、背後からの攻撃を回避する』
刹那を守るように龍姫が移動する。
『久しぶりの強敵のようですわね。本気を出させていただきます』
その声を最後に辺りは静寂に包まれた。
「・・・龍姫」
「静かに」
龍姫は、油断無く辺りを見回した。
「隙だらけですわ」
!?
ハッとして飛び退く龍姫…が、時すでに遅く、肩の辺りを軽く斬りつけられていた。
私は想わず声を掛ける。
「龍姫…」
「大丈夫だ、さがっていろ…。」
明らかに強がりなのが窺えた。
肩から流れる血液が夥しい血痕となり、大地に付着していた。
龍族がどれほど強固か解らないが、楽観できる状況じゃなさそうだ。
…くそぉ、俺に力が在れば………
「力など求めるな、ワタシが護ってやるから。」
龍姫は私を守ろうと傷ついた細い腕を広げて立っている。
何処から撃ってくるんだ、躍起になって周囲を見渡す。
人より何倍も感覚が鋭い龍姫に見つけられないのだ、私に見つけられるられるはずが無い。
明らめるな…何か、何か方法が有るはずだ。
何も見落とすな、神経を集中させて、感じるんだ。
索敵が出来れば、反撃が出来る。
私を護るだけで精一杯の、龍姫の代わりに何処からなのか見分けなければ。
私はそう思った。
「せめてここから離れられたら」
ここは、見通しがいいわけでは無いが、四方から私達を狙う事ができる。
背面だけでも壁があれば龍姫の負担を減らせる。
いつ、どこから撃ってくるか判らないんだ、龍姫の疲労は限界だろう。
「だめだ、敵が何人いるか判らない。隙を見せたら防ぎきれない」
「あの子、1人じゃないのか?」
「ワタシも最初はそう思った。だけど、あれがいるとき後ろから撃たれた」
「そうだった」
「それに、四方から撃たれている。気配は感じないが完全に囲まれたな」
何か、引っかかった。
私はともかく、龍姫が気配を感じられないのはおかしくないか?
「龍姫、2回目に撃って来た場所は判るか?」
「だいたい」
「そこへ行く」
「・・・判らないが、判った。こっちだ」
龍姫が身をひるがえし叢に飛び込んだ、私も続いて飛び込む。
矢が私達を掠めるが動いているんだ、そうそう当たる訳がない。
それに、きっと射手は一人しかいない。
「刹那!」
龍姫が見つけたのは、三脚のようなものにボウガンを固定したものだ。
固定する金具にリモコンが付いていて、微調整が出来るようになっている。
「これは?」
「こんなのが、いくつも仕掛けてあったんだろう。」
「こんな、おもちゃに惑わされるなんて!」
龍姫はそういいながらリモコンを足で蹴落とすようにして叩き壊した。
だが、まだ四方八方にこれが・・・いや私たちは見られているのか?
「・・・・・・」
静寂が辺りを包む。
敵は予想どうり、あの子独りだったのだろうか?
伏兵は本当に居ないのだろうか?
逃げて、もう誰も居ないのか?
まだ見られているのか?
疑念が渦巻く。

突如、静寂は破られた。
「そこだ!」
龍姫は、背後から飛来した矢を振り向いて掴むとそのまま矢を投げ付けた。
その時だった。
「危ない!」
投げたままの姿勢の龍姫の足元に少女が現れた。
私の声で少女に気付いた龍姫は、少女の繰り出すナイフを避ける。
だが、無理な姿勢で避けたせいで倒れこんだ。
「クゥッ」
それでも、少女にケリを入れようとするが余裕で避けられる。
そして、間合いを詰めた少女のナイフが深く龍姫に沈んでゆく。
「龍姫!」
私には、力の限り叫ぶ事しか出来きなかった。

「閉じられた未来、開かれた扉4」へ続く・・・

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