「姉ちゃん」 ベッドに入ろうとしたら、呼ばれた。何だよ、眠いのに。そう思いながら隣を見る。 明日は本番。最近もう練習も厳しくて、さすがに今日は早く終わったけどもうへとへとで。早く寝たい。このままベッドに身をゆだねたらすぐ眠れるのに。 そう思っていたら、あのね、と首を傾げて。 「キス、って、どんなときにするの?」 「なっ!?」 がばっと体を起こして何言い出すんだいきなり!と怒鳴る。 「だって、さっきしてたでしょ?スペイン兄ちゃんと。」 言われて、かっと頬が火照った。あっいつ何がだれも見てへんよ〜だ…!舌まで入れやがってあの馬鹿…!!まさか、妹に見られてるなんて…! 「ね、どんなとき?」 わくわくした声に、仕方なく、口を開く。 「…いい感じの雰囲気、のときと、か…喧嘩してて、ふって気づいたら顔が近かったときとか…好きだと思ったときとか、寂しいと思ったときとか、いろいろ」 「ヴェ〜」 いいなあ。そう、呟くヴェネチアーノに、キスか、とため息。 …明日は、本番だ。 本番を迎えるのは、うれしくもあるし、…つらくも、ある。 明日は、キス、しないといけない、日。黒騎士と。…フランス、と。 今日の練習とかでも、触れてはいない。少し浮いた状態で止めて、それで芝居続けて。 …わかってる。お客さんに見せるのに、自分の感情だけで中途半端なもの見せたくない。そんなの、絶対後悔する。だから。 …でもそれと、したいかしたくないかは話が別なんだ。 したくない。そりゃあしたくない。絶対。…スペイン以外と、なんて…。 「…そんなにいいもんでもないぞ」 思わずそう呟いた。そう?と不思議そうな妹の声。 「でも、スペイン兄ちゃんとキスしてるときの姉ちゃん、幸せそうだったよ。」 ため息をついて、笑った。…そりゃあ、スペインと、は。…好きやで、ロマーノ。そう囁く、声と、オリーブの瞳が、くしゃ、とかき回す、焦げ茶色の、髪が、あったら。それだけで、幸せ、だけど。 けど、明日は。 「ほら、もう寝ろ。明日起きなかったら置いていくからな」 そう言って、考えることをやめる。今悩み出したら、眠れなくなりそうだ。…クマなんて、残したくない。 「ええ〜!起こしてよ!」 やかましい声に、嫌だ。置いてく。と答えて、おやすみ!と布団を頭までかぶる。 おやすみ、と答える、納得のいかなそうな声。 「…姉ちゃん。」 また呼ばれた。まったくなんなんだよ今日は、と思いながら、そのまま声を出す。 「何だよ」 「隣で寝ちゃダメ?…お願い。」 思わず、呆れた。…まったく。 「おまえは相変わらず子供だな…。」 仕方なく、ベッドの端まで体を寄せる。ばさばさ、と音。隣にもぐりこんでくる、何が楽しいんだかわからないが、うれしそうな笑顔に、苦笑して。 「…馬鹿。寝ろ。」 しょうがないやつ、と呟いて、布団を肩までかけてやった。 「おやすみ。」 そう言って、手を握って、ぎゅ、と指を絡められる。 …温かい。相変わらずの子供体温。 「…おやすみ」 それを離さなかったのはただ。 そうしててくれたら、きっと、悪い夢も見ないですむ気がしたから。 本番前。 そろそろ気合いいれだぞ、そうじゃがいもに声をかけられて、わかった。と呟く。 …こいつ言わないで終わる気かな…ちょっと気になったけれど、まあ俺には関係ないか、と聞かないでおいた。 明らかに妹のことが好きなじゃがいも。…悪い虫だと思っていたのだが、いやいまもそれは変わってないが、…まあ。あの馬鹿妹も、あいつのこと好きみたいだし。だったら、さっさとくっつけよと思うんだけど。…俺が嫌いなことには変わりないけど。泣かしたりしたら承知しないぞ、このやろー。 そんなことを考えて、深く息を吐く。そして、吸い込んで、背筋をしゃんと伸ばした。高いヒールで、身長が伸びる。髪には、茨をモチーフにした髪留めを。手には扇を。 それだけで十分だ。他には何もいらない。…人も、なにも。私さえこの世界にいれば、それでいい。 …それが、茨姫だ。 かつこつ、と部屋を出て、歩く。向かう先は、舞台の上。 気合いいれに集まってきたメンバーの中に、普通にちょっと小奇麗な私服のフランスの姿を見つけて、おまえ着替えは?と眉を寄せる。 「ああ。本番始まってから着替える。…制作の仕事があるからな。」 黒騎士の出番はニ場からだから、余裕で間に合う。そう言われて、そうか、と呟く。 「それより、…今日は、よろしくな。」 そう言われて、ふ、と視線を逸らした。 「…ああ。」 …わかってる。…最後の、キスのことだっていうのは。 「ほら、全員そろったかー?点呼するでー。」 スペインの声がしたから、慌てて意識をそっちに向けた。 「この3ヶ月やってきた自分を信じなさい。そして、共に練習してきた仲間を信じなさい。…今日のできが最高のものであることを祈っていますよ。」 オーストリアはそう笑った。はい!と全員の返事がそろって。 本番の幕が、開く。 次へ 前へ メニューへ |