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何日か、経った。練習では相変わらずスペインと会って、でも怖くて怖くて聞けなかった。
聞いたら、それだけで。今の関係が壊れてしまいそうで。
スペインの口から、決定的な言葉なんて聞けなくて。

練習に打ち込んだ。…そうすれば、余計なこと、考えないですんだし。
これじゃ、…逃げてるだけだって、わかってたけど。


そして、逃げていたつけが、回ってくる。



スペインの家の前の、公園のベンチに座って、待つ。
練習が終わってからだったから、もうだいぶ遅い。日付が変わっているかもしれない。
それでも、帰る気はなかった。
今日も、スペインは一緒ではなかった。…気づかないうちに、どこかへ行ってしまって。
でも今日、わかってしまった。
どこに行っているのか、わかってしまったんだ。
もう泣きそうだ。…それでも、言わなきゃ、いけない。話さなきゃ、いけない。例え。
…それが、別れるとかそういう結果に、行き着くとしても。
溢れてきそうな涙を、必死で耐える。

いきなり、携帯が鳴った。慌てて見ると、妹からのメール。『今日泊まってきまーす。』誰の家にだ。…まあ、今はどうでもいいけど。

携帯を閉じて、ため息。
「ロマーノ?」
呼ばれて、はっと顔を上げた。
「…!スペ、イン…」
目を丸くしたスペインが、どないしたん、と寄ってくる。
「いつから待ってたん?女の子がこんな時間に一人でおったらあかんで。もー…連絡くれたらすぐ帰ってきたのに」
「どこ行ってた。」
「え。」
「どこ、行ってた。」

もう一度尋ねると、あーその、と視線が逸らされる。
…隠すんだ。ああ、やっぱりそうなんだ。間違いないんだ!
「……う、…!」
「えっ!な、何で泣くん!?」
頬に伸びてきた手を、触るな!とはたき落とす。触ってほしくない。…嫌だ。

他の女の人抱きしめてた手で、触ってなんかほしくない!

「どないしたん…何かあった?」
「なんかあったのはおまえの方だろうがちくしょー…っ!」
俺が扱いづらい性格なのは知ってる。だから、みんな離れてくのも。
こいつだけは違うと思ってた。でも、こいつは、鈍感だから。それに気づくのが遅かっただけだったんだ!

「お…れはどうせ茨姫だよこのやろーっ!」
「ロマーノ?」
「わがままで、人嫌いで、手に負えなくて…っ!」
そうだ。みんな、茨姫が俺だって知ったら、やっぱりって。スペインだってそう、言った。それって、俺がわがままでどうしようもない茨姫が、ぴったりって話だろ?なあ!

「俺なんかの相手するのもう嫌なんだろ!だから、」
声が、出なくなった。脳裏に蘇る、映像。


昼間見た、スペインの姿。…すごい美人な女の人抱きしめてた、スペインの姿!


「っもうあの人と付き合ってるんだろ、みんな知ってるんだろ!」
「ちょ、何の話、」
「誤魔化すな!」
だから、みんな俺には秘密にしてたんだ。…よってたかって隠してたんだ!
「…っ言えよ、なあ、早く!俺と別れるなら別れるって…!」
「ロマーノ!」
がば、と抱きしめられた。嫌だ、ともがくけれど、逃れられなくて。

「ロマーノ、」
ちゅ、とつむじにキスされた。なだめるように。それに腹が立って、暴れる。
「ロマ、聞いて」
「!言い訳なんか」
言いかけた口が、ふさがれる。肩に押しつけられた顔。…歯ぶつけた。痛い…
「何の話してんのかようわからへんのやけど…あの人、って?」
「、今更」
「教えて。」
強く言われて、一度口を閉じ、昼間、抱きしめてた、とつぶやく。
「昼?昼休み?」
うなずくと、あれは、こけそうになったのを支えただけやで、と言われた。
…そんな言い訳で納得するとでも…!
怒りできっとにらみあげたら、真剣な深い色の瞳とかちあって、戸惑った。
「嘘やない。…信じられへん?」
まっすぐ、見つめられる。

…ずるい。そんな目で見られたら、信じられないなんて言えない。

「俺がこんな真剣に嘘つけるような人間やと思う?」
…思わない。首を横に、振った。
「やろ?」
「…ほんと、か…?」
「ほんま。…俺がロマーノを好きで好きでたまらへんっていうのも、ほんま。」
微笑まれて、額に、キスされて、また涙がこぼれた。
「もー…アホなこと考えるなぁ…」
ぐしゃぐしゃ。頭を撫でられる。ありえへんで?俺がロマーノと別れたいなんて。そう囁かれる。

「毎度のことやからそろそろやろうなぁとは思っとったけど…まさかこうくるとは思わへんかった。」
毎度、という言葉に顔を上げると、公演前になるといっつもやん、と笑われた。
…そうかも、しれない。公演の度に、一回は。当たり散らしたり。泣きわめいたり…。


「ロマーノは苦手やもんな、人と一緒におるのも…それに役も、思い詰めるようなのが多いし。」
しんどいやんな。頭を撫でられ、しがみつく。
…優しい手。ほんとに、どうかしてたのかもしれない。…こんなに、俺のこと好きって言ってくれる人を、疑うなんて…
「…ごめん。」
素直に言ったら、許さへん、と言われた。
え、と顔を上げる。…頬を、包み込まれた。顔をのぞきこんでくる、その瞳から、目が離せなくなる。

「今日は帰さへん。…ロマに俺がどんだけ好きかわからせなあかんから。イタちゃんは?」
「誰かんち、泊まるって…」
口が勝手に動いた。どくどく、と脈が早くなっていく。口の中が渇いて、息が苦しくなる。
「やったらちょうどええやん。」
今日は、朝まで体に教え込んだる。なあ、ロマーノ?
そんな、熱く、囁かれたら。

真っ赤になってうつむいて、それでも、小さくうなずいたら、腰を抱いたまま歩き出した。



だるい腕をベッドから下ろし、鞄の中から携帯を捜し当てる。電池は…まだ二本ある。電話帳から、『馬鹿妹』を選んで、かける。…今何時だ?二限か。…あいつ確か二限は授業ないはず…そう思っていたら、はい、姉ちゃん?と明るい声。
『おはよー。どうしたの?』
「…はよ…今日、練習休む…フランスとかにも言っとけ…」
『えっ大丈夫?どしたの?』
どうした、か。

「…とりあえず、疑うなんてとんでもないってことがわかった…。」
『??…なんの話?』
じゃあそれだけだから、と無理矢理電話を切って鞄の中に放り投げる。
…全身がだるい…もうほんとに立ち上がるなんてできないくらいに。…それでも無理矢理、家までは帰ってきたんだけど…。
でないとあいつもう一回とか言い出しそうだったんだ…!
でも。ちょっと思う。…よかった。んじゃないか、な。
スペインが、あれだけ好きなんだって。わかった、から。本当はフランスと二人きりも嫌なんやでって、言ってくれたから。何度も好きだって、言ってくれたから。

「…よし。」
…もうちょっと、練習がんばろうって思った。俺に、あいつがいてくれるように、茨姫にも、一緒にいてくれる人ができる。…そのラストをちゃんと、迎えられるように。
「…ああでもフランスとキスはやだなぁ…」
するなら、スペインと。
『ロマーノ、』
思った途端に昨日のあんなことやこんなこと全部思い出して、ベッドに熱くなった顔を突っ伏した。

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