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「ここのとこ、立ち位置逆にならないか?」
フランスに言われて、ん?と演技をやめて、何で?と尋ねる。
「次のはけ口、逆だろ?」
「え、とちょっと待った。」
台本に手を伸ばし、ばらり、とめくる。
「…そうだな。」
「だったら、ロマーノ最後下に寄っといて。」
「……うん、うん。なんとかしてみる」
うなずくけれど、苦手だ。こういうこと決めるのは。忘れる。
まあ、慣れればなんとかなるんだけれど…

「ま。間違えたら演出に怒られるだけだし」
「それが嫌なんだけどな…」
眉をひそめて呟くと、笑われた。
だいぶ慣れてきた。こいつとしゃべるのも。最初は本当に苦手で。(だって変態だ)

けれど今は、共演者の一人として、しゃべることくらいならできる。
「間違えたら俺の方でなんとかするしな。」
「おう。」

役者、としてなら、二年上のこいつは信頼が置ける。頼りがいも、ある。部長選挙で、オーストリアの対立候補に名前が上がったのもうなずける。
「その場合見返りとして熱いベーゼをだなあ」
「…………。」
じとっと嫌そうな顔で見上げてやると、はーい冗談でーすと離れていった。
…こういう態度さえなければ、なあ。
最終的に部長選ぶときも全会一致でオーストリアだった。…当たり前だよな。
ちなみにうちの回生では、イギリスが有力候補だ。

「そういえば、スペインは?」
辺りを見回してもいないから尋ねると、さあ、買い出しとかじゃないか?と返ってきた。
ふうん。つぶやいて、とりあえず立ち位置逆でやってみるぞ、と言う声に、うなずいた。



「あれ?スペインさんは?」
「……俺の顔見て一言目がそれか、カナダ…」

まるでいっつも一緒みたいに……いや結構一緒にいるけど。
イギリスの妹であるカナダは、よく一人でいる。いることに気付かれないからだ。こんなにかわいいのに、とはよく思う。…俺も、今話しかけてこなかったら気づかなかったかもしれないけど…。

「すみません。でも、一緒に帰らないんですか?」
「なんか会議だって。オーストリアと部室。」
「へえ…なんかあったんですかね?」
「さあ…」
知らない。…ということは、大したことじゃないのだろう。なんかあったら、みんなに言うだろうし。
「そういえば、最近帰り一緒にいらっしゃらないですね。」
いきなり言われて、え?と首を巡らせる。

「誰と?」
「スペインさんと。」
…そう、だろうか?考えてみる。最近。
「…そういやそうかも…」
このあいだはスペインが練習に来てなかったし、その前は、装置に呼び出されてん〜と、作業を手伝いに行っていたらしいし、さらに前は。
「…あれ?」
そういえば、そうだ。最近ずっと、忙しい、って。練習では会うからそんな気にならなかったけど、帰り、になるといない。
いや、帰りだけじゃない。練習自体に遅刻してくることも多くて。
何より。スペインと、用事以外の、くだらない話をしていない。

ぎゅ、と胸のあたりが苦しく、なった。
…話もする暇もないほど、忙しい、のか?いや、舞台監督の仕事は忙しいってことは、わかってる、けど…

「どうしたんですかね…」
「さあ…」
知らない。…わからない。胸が、痛む。
「カナダ!」
突然焦った声が聞こえて、振り返る。
がし、とカナダの肩に手が伸びてきた。
「悪い、ちょーっと借りてくな〜」
笑ったフランスがずるずるとカナダを引きずっていって。
ひそひそとしゃべりだす、のが、少し聞こえる。…いや盗み聞きじゃなくて聞こえてるだけで!

「ダメだって…には、…」
「え、でもスペインさ…」
「だから、……」
「……あ、あ!そっか!」

…何だろう。と思っていたら、戻ってきた。
「どうかしたか?」
「う、ううん!何でもない」
…にしては、スペインの名前とか、聞こえた気がしたけど…。
疑いの目でじっと見ると、あ、スペインだけどな、とフランスが言った。
名前に、ぱっと視線を上げる。

「今、プロイセンの扱い話し合ってるらしいぞ」
「プロイセン?…ああ。腰もう大丈夫なのか?」
怪我をして役者を降板した男を思い出す。
「ま、無茶しなきゃ、ってとこだな。本人元気そうだったし…」
「役者は無理でしょうけどね…」
「役者でなくともやる仕事はたくさんあるけどな。挟み込みにポスター張りにパンフ作り…」
こき使ってやる、とフランスが言うから、おまえが無茶させてどうするんだよ、と苦笑した。


家に帰り着く頃には、感じた胸の痛みなんかすっかり忘れて。

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