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自慢じゃないが。物覚えはいい方ではまっったくない。入試とか。もう本気で死にそうだった。
そんな俺が、台本を簡単に覚えられるわけもなく。
「…そっろそろ覚えないとな…。」
はあ、とため息をついて、鬼みたいな形相だったオーストリアを思い出す。思わず、体が震えた。たぶん、次の練習で覚えてなかったりなんかしたら、本気で説教だろう。…嫌なんだよな、正座で説教…。
仕方が無いのでセリフを覚えないと。…けれど、俺は、読んで覚えていくタイプなので、だれか、他のセリフ読んでくれる人がいないと…。

…一番てっとり早いのは、馬鹿妹、だ。
けれど、急遽代役として入ったじゃがいも野郎との練習で、あいつもそこそこいっぱいいっぱい、みたいだし。……うれしそうにうきうきと練習してやがんのが非常に腹が立つが。昨日だって、今日ねードイツと自主練したんだー日本も手伝ってくれて、なんてにこにこ笑顔で言うから、うるさいと怒鳴ってやった。

だったら、次に適任なのは。
「…スペイン。」
「何?」
…練習、つきあって。…とはいえなくて、口を閉ざした。
言ったら、こいつは笑うだろう。
『なんや、ロマーノ。相変わらず覚えるの下手やなあ…』
くしゃくしゃ、と子供にするみたいに頭を撫でて、ええで、先輩が付き合ったろ、とか、……言うんだろう。
子供扱いされるのは、あんまり好きじゃない。ただでさえこいつは、俺の方が年上やもんとかいいながら、子供に接するみたいに、してくるから。…頼りたく、ない。ただでさえ縮まるわけのない年齢差に、距離、みたいの、感じてるのに。

むう、と唇を尖らせて、なんでもない、と呟いたら、そう?と首を傾げて、前を向いた。
…仕方がない。明日カナダか、ハンガリーでもつかまえて練習しよう。そう決めて、帰ろう、とスペインに声をかける。


いつもどおりの帰り道。うちはだいたい、わいわいと部活の全員で帰る。隣にいるのは、いつもスペイン。
「あ。そうや。ロマーノ、今日うち来る?」
「…え?」
「そろそろ、台本覚えなあかんやろ?練習せな。」
にこ、と笑って言われて、なんで、と呟く。
今日怒られたとき、スペインは別のとこでイタリアとかの練習見てたから、セリフ覚えてないのとか、知らないはずなのに。
目を丸くしていたら、あれ、違う?と首を傾げられた。
「やってロマーノ、授業中台本読んでちっさい声で練習してたやろ?」
「!!!何で知って………ああ、再々履修か…。」
「うっ……言わんといてや…。」

俺の学年の授業、何個かスペインもとっているのだ。…おととし、去年、と二回落としているらしい。そんなんで卒業できんのか?と聞いてやると、あははははと渇いた声で笑ったあとで、肩を落とした。
「こ、今期めっちゃがんばれば…。」
「…ふうん。」
俺は、いまのとここいつほどひどくはない。…というかこいつが泣きそうになりながらやってるのを見て、こうはなるまい、とテスト前だけ、とかちょっとずつがんばっているのだ。

「…まあそれはおいといて…どうする?来る?」
「…アイス食いたい。」
「はいはい、わがままお姫様用に常備してありますよ〜。」
「チョコな。」
「バニラ、チョコ、ストロベリーなんでもござれ、や。」
じゃ、イタちゃんに言っときや、と言われて、うなずき、後ろの方にいるはずの妹を探した。




一人暮らしが長いのだという、スペインの料理はいつもうまい。…本人には言ってやらないけど。調子に乗るから。
そんな彼の手料理に大満足して、風呂に入った後、要望したチョコのアイス片手に台本広げたら、ちょうど風呂から上がってきたスペインが机の向かい側に座った。

「んじゃ、練習しよか。…ロマーノが眠くならへんうちに。」
「平気だ。」
子供扱いされた気がしてむ、と口をへの字にすると、ほんま〜?と指でつつかれた。
「十二時過ぎたらうとうとし出すくせに…」
「っ!うっせぇ!」
ぷい、とそっぽを向けば、怒らんといてや〜と声。
「ほら。どこ練習したいん?」
「…ラスト」
「ラスト、…ああ。黒騎士と二人きりのとこ?」
うなずいて、台本をめくる。

…キスがある、シーンだ。どうしてもそう思うと、練習できなくて、胸がずしりと重くなって。
「えーと、ここやね。了解。んじゃ、やろか」
スペインと一緒なら、がんばれるかと思ったんだ。…言わないけど。

「…姫、」
へらへらしていたスペインが真剣な表情で黒騎士のセリフを読み出す。
この顔、実は嫌いじゃない。…めったに見れるものじゃない、し、ちょっと、ほんのちょっとだけど!…かっこいい。
ちら、ちらとその表情を盗み見ながら、セリフを言った。…最初のあたりは大丈夫。のはず。


「今度こそ、」
そう言ったスペインに眉をひそめて顔を上げた。
「何?」
「イントネーションおかしい。」
今度、今度?こ、ん、ど!……こんど、よし。そうやって直す。
彼がふつうの役をもらったときはだいたいするやりとりだ。標準語は難しいなあ…とスペインが困った顔をするのも。
「やっぱセリフ覚えるのは大変やな…」
イントネーションめ、と頭をかくスペインに、何言ってるんだよ馬鹿、と呟く。

「おまえは役者じゃないんだから覚えなくてもいいだろうが」
「え。」
「…なんだよその反応?」
びっくり、という顔をした彼に、キャストを思い出す。…いや。いやいや。いないいない。役者じゃない、絶対。

「え、あ、ほら、練習見るのも台本片手やと見づらいから、覚えなって〜」
「…ふうん?」
「ほらほらロマーノ、とにかく覚えなあかんやろ?練習練習!」
なんか誤魔化されたような気がするけど…まあいいか、と台本をめくった。聞き出すのはいつでもできる。今は、台本覚える方が、優先。


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