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剣をはじく。にらみつける。辺りを囲む、敵。
「姫、お逃げください!」
後ろにいるはずの彼女に叫ぶ。
いやです、あなたを置いてなど、と声が飛んでくる。けれど、だめだ。ここに彼女がいることは、許せない。だって、誓った。

姫は。…姫だけは。
たとえ世界中が敵に回ったって。
俺が守ると。


重なる、理由。重なる、誓い。想いが、こみ上げてくる。


「逃げろ!」
怒鳴りつける。言葉が溢れる。セリフではない。既に。これは、白騎士の言葉。
「俺は、貴女に死んで欲しくないんだ、生きていて欲しいんだ!」
そう、生きていて。俺が守るから。必ず。
どうして。呆然とした声でそう尋ねられて。

「…貴女を、愛しているから」

言えなかった言葉が、口から滑り落ちた。自然に。す、と溢れた言葉。ひゅ、と後ろで息を飲む声が聞こえた。けれど、気にしない。目の前にいる黒騎士が、楽しげに笑った。やるじゃん。とでも言わんばかりの顔。

「必ず、迎えに。約束します。…早く逃げろ!」

怒鳴って、動かない彼女を追い立てる。慌ててセリフを言って走っていく。抜く剣。まっすぐに、目の前の敵に向けて。
「…わざわざ死ににくるとはな。」
「…死なないさ。約束したからな。」
そう言って、剣を振り上げた。




出番が終わって暗転した中、舞台袖までなんとか歩いてきて、思わず。
どさ、と座り込んでしまった。

………言って、しまった。彼女に、他でもない、イタリアに向かって、愛しているから、だって!?

どくどく速く打つ心臓に手を当てて、真っ白になる頭を落ち着けと必死に冷やそうと深呼吸するが効果はなく。
どうする。だってまだイタリアと出番があるのに。今は、向こう側の袖にいるあいつとは会わないで済むが、だって。カーテンコールだって、片付けだってある、なのに。

ぐるぐると考えていたら、ぺし、と頭をはたかれた。
顔を上げると、いつもどおり、怒った表情のオーストリア。…役者ではないのに何故か俺の着ている騎士服に似た服を着ているのが気になるが。

「お馬鹿さんが。…まだ劇は終わっていません。悩むのならば後でになさい。」
ほらそんなところにいたら邪魔です。追い立てられて、その、あまりにもいつもどおりの様子に、パニックに陥っていた頭が落ち着いた。

「…すまない。」
「謝る気持ちがあるならそれを演技で見せなさい。」
背筋を伸ばし、堂々と立つ彼は、本当にいつも通りにそう言う。
そうだ。まだ終わっていない。そう思い直して、舞台に目を向ける。

この劇のもう一組の主役、茨姫と黒騎士のラストシーンが演じられている。…ロマーノが、心底驚いた顔をしているのが見えて、小さく笑った。あいつら本当にやったのか。
…それで、緊張で固まっていた体がほぐれた。
ゆっくりと立ち上がり、音を立てないように移動する。

さあ、次は本当に、この劇のラストだ。いかなければ。白騎士の考えに切り替える。…その後のことは後で考えよう。今は。目の前のことを。

姫を、必ず迎えにいくと、約束したのだから。





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