今まで、特に問題はない。順調に劇は進む。半分、終わった。…まあ、問題は後半なんだが。 殺陣や長ゼリフの多い、後半こそ、少し間違うと…恐ろしいことになる。 「茨姫は、あなたを。」 ふ、とセリフが出てこなくなった。 まずい、とさ、と血の気が落ちる。 もともと苦手だったところだが、最近は平気だったから大丈夫だと思っていた。まずい。頭が真っ白になる。こういうハプニングには、もともと弱い。 さ、と、世界が白く染まっていくような気がして。 動けなくなった俺の前で、がた!とイタリアが立ち上がった。 「嘘です!姉上が私を、こ、殺そうと、刺客を仕向けるなんて…!」 泣きそうな表情で怒鳴られる。どくん、と心臓が鳴って、世界に色が戻った。 「…残念ですが、本当です。」 その説明は、本来ならば俺が言わなければならないもの。イタリアのセリフは、嘘です、だけだ。そのアドリブに救われて、会話が続く。セリフが出てくる。つっかえても、それを演技に変える。それにすぐ対応するイタリアの演技。まっすぐに、彼女の目を見る。今にも泣き出しそうに涙のたまった目。 いつもなら、頼りないその琥珀が、今は何より、頼れるものに思えた。 大丈夫。彼女と、ずっと練習を重ねてきたんだ。白騎士として、ひまわり姫として、今度の劇のだれよりずっと長くそばにいたんだ。 大丈夫。心の底からそう思って、立ち上がった。 「参りましょう、姫。」 乗せられる手の細さを、誰よりよく知っているから。 後で礼を言わなければと頭の片隅で思って、歩き出す。 もうすぐ次の出番、というときに、袖口で隣にいるイタリアが、少し不安げな表情になったことに気がついた。どうした、と尋ねかけて、気づく。 次の、舞台からはけるところが、イタリアは苦手なのだ。この舞台は、出入り口が多く、舞台袖につながる構造もひとつひとつ違うため、間違うとやっかいだ。 イタリアが入らなければならないのは手前から二つ目。だが、それは少しわかりずらく、狭い。ぱっと目に入る出口は、手前から三つ目。 そこに入ってしまうとやっかいだった。着替えをしなければならないのだ。その後すぐに、一番手前の出入り口から舞台に戻らなければいけないイタリアが、間に合わなくなる。そうなると、一瞬、劇が止まってしまう。舞台上から誰もいなくなってしまうのだ。 40%くらいで間違えているこのシーンに、不安になるのも当たり前。 肩を叩いて、顔を上げたイタリアの耳に口を寄せる。 「安心しろ。…大丈夫だ。俺がフォローする。」 そう、囁いて。 こくん、と信頼のまなざしでうなずいたイタリアの背中を、軽く叩いた。 「お逃げください!」 そう言うリトアニアのセリフを聞きながら、ぱっと視線をイタリアにやる。うなずいて、視線の先にある出口が、やはり違う!俺の立っている方を見なくてはいけない視線は、舞台の後ろを向いていて。 「姫!」 本来セリフのないそこで怒鳴り、驚いて立ち止まったイタリアに腕を広げる。 心得たように飛び込んでくるイタリアを抱き寄せ、そのまま正しい出口から舞台を降りる。本来の俺の出口ではないが、問題はない。俺の出番までなら、急げば間に合う! 「イタちゃんこっち!」 「はい!」 小声で交わされる会話を聞きながら、正しい出口前にいた、ナイスフォロー、と言わんばかりに笑ったプロイセンが差し出す剣を受け取って、自分の次の入り口へと急いだ。 物語は進む。ひまわり姫を囲むまわりの変化。孤立していく姫に、それでもただ後ろに控え、彼女の味方が自分ひとりになっても、自分だけは。絶対に。 そんな白騎士の心と、それに伴う行動に、ふと、思い出す。あれは1年の夏に行った海。 『じゃあー、友達になってください!』 そう言って握手ーと握られた手を、覚えている。うなずいたら飛び跳ねて喜んで、バランスを崩してこけそうになったところを慌てて受け止めて。海に反射した光の入った琥珀は、何より美しかった。きらきら輝いて、闇など知らない、と光の中で顔をくしゃくしゃにして笑う彼女を。覚えている。 …そうだ。あのときに誓った。俺は。 こいつを、守るって。 次へ 戻る メニューへ |