ラストシーンにも無事に終わり、カーテンコールに観客の見送り、それが終わったら即着替えて撤収準備、と仕事をしていたら、イタリアと話をする時間なんてなかった。 ちら、と何か言いたげな目で見られていたのは知っていたが、二人きりになんてなれそうにもなく、終わったぞー!とテンションの高い部員たちをまとめて、舞台装置をばらしていくのに追われる。 「というか遊ぶな!壊れてもいいだろーじゃない!仕事を増やすな!撤収時間が何時かわかってるのかさっさと働け!!!」 「ドイツ顔怖い!」 「生まれつきだ放っておけ!」 怒鳴りつけてなんとか仕事をさせて、片付けていく。くみ上げてあった、装置が、この劇の世界が、無くなっていくのはなんとなく寂しいが、あっちへ呼ばれこっちで手伝い忙しすぎて感傷にひたる暇も無い! なんとか、一区切りつけて、後のばらしはスウェーデンに全権委任して、自分は倉庫に向かう。今回使ったものを元の位置になおさなければいけないのだが、倉庫は少し狭く、収めなければならないものは大量にあるため、一つでも入れる位置を間違うともう入らなくなるのだ。 もう外は真っ暗だ。…当たり前か。夕方始まった公演だが、もうすでに9時を回っている。舞台から少し離れた、電気が煌々と光る倉庫へたどり着くと、すでに運ばれてきていた木材が、場所を考えずに倉庫の前にどちゃあと置いてあって、ちょっと泣きたくなった。大きなため息。いやいや。勝手に倉庫にしまわれていなかっただけマシだ。そうなっていたら二度手間だった。そう言い聞かせて、作業に移る。 木材などを、選り分け、元の位置へとしまっていく。順番と、位置。間違えたらもう一度やり直しだ。それは避けたい。さすがにそこまでする気力はもうない。 「お疲れ様です。これどうします?」 「ああ。そこ置いといてくれ。」 倉庫に次々と物を運んでくる部員達と会話を交わしながら、それを倉庫の中にしまう。 入れ替わり立ち代わり、一人、大きなものは2人以上で運んでくる。また舞台に戻って、運んでくるだろう後姿にお疲れ、と声をかけて、さて重労働だな、と目の前の大きな箱をにらんだ。 その箱をなんとか一人で倉庫の奥に運び、ごと、と置いたところで、後ろから声がかかった。 「ドイツ、」 どきっとした。 振り返る。そこにいたのは…イタリアだった。 何も言えなくなって、というか頭が真っ白になって、黙る。イタリアも、何もしゃべらない。 「…あ、の、これ、どうしよう?」 やっとイタリアが言ったのは、そんな言葉で、その手には、工具の入ったダンボールが持たれていて、ああ、この棚の下に、と勝手に口が動いた。 あ、うん、とイタリアが倉庫に入ってきてしゃがみこむのを、じっと見つめていたことに気がついて、慌てて背中を向けて作業を再開する。この箱を、もう少し奥につめなければ。 「…ねえ、ドイツ。」 「…なんだ。」 あくまで冷静に声を出す。不思議と、昨日まで感じていた胸を押しつぶすような激情は、襲ってこなかった。…一度言ってしまったのがよかったらしい。たった五文字。されど五文字。 「あの、告白、はさ…」 来た。そう思って身構える。誤魔化すつもりだった。セリフだから。本番って怖いな。今まで言えなかったのに。そう笑って。 「ひまわり姫に、だ、よね?」 その言葉が耳に入った途端はじかれたように、振り返る。びくっとしたイタリアと目が合った。ひまわり姫にだよね。驚いたのは、そのセリフじゃ、ない。小さく付け足した、後半。 「あ、や、ごめんね!変なこと言って!」 お、俺、戻るね、と何故か取り繕うように言って背中を向けたイタリアの腕をつかむ。ぐい、と引き寄せる。 なあ、期待して、いいのか?…俺の気持ちに、答えてくれる気があると、思ってもいいのか?そうなんだろう? そうでなかったら。 『…俺に、じゃ、ないよね…』 どうしてそんなに小さく、自信なさそうに、そんなことを言う必要がある? 後ろから抱きしめた体は、いつものように小さい。 もがく体を逃がさないように抱きしめて、え、あの、ドイツ、とパニックになっているイタリアの耳元に口を寄せて、囁いた。 「ああ。ひまわり姫に、だ。」 途端にぴたり、と動きが止まった。 「そ、そうだよね…。」 へこんでます、と言葉にして言うよりも、明らかに落胆した声を上げたイタリアに、頬が緩む。本当に、期待して、いいかもしれない。これは。 「え、えと、じゃ、俺、」 「好きだ。」 告げる。ただ一言。しん、と静まり返る、場。 「…これは、『ドイツ』から『イタリア』に。」 言ってから、心臓がどくどく言い出した。早まったことをしたか、やっぱり。 言わなければ、誤魔化せば今まで通りでいられたのに、なのに。 後悔が胸を満たして、腕を放し、すまない、と言おうとした瞬間、イタリアが振り返った。 「ど、いつ…!」 ぼろぼろ、と涙を流す彼女に、動けなくなる。その美しさに、見惚れてしまって。 「ドイツ…!」 勢いよく抱きつかれる。うーと胸に顔を当てて泣くイタリアに、ど、どうした、と尋ねる声がひっくり返って。 「…き、すき、好き、俺も、ドイツが好き…!」 ぎゅう、と締め付けられて、その感覚と、泣きじゃくりながらのイタリアの言葉を。 俺は一生忘れないだろうと思った。 抱き返して、好きだともう一度囁く。 まさか、この気持ちが通じる日が来るなんて、思いもしなかった。こんな、夢に見たシチュエーションで、彼女を抱きしめられる日が来るなんて! 柔らかい髪を撫で、イタリア、と呼ぶ。 見上げてくる顔。頬に伝う涙を、手で拭って。 す、と閉じられた琥珀に、誘われるように顔を近づけて。 ……じいい、と熱い、視線を、感じた。 がばっと顔を上げると、倉庫前で人垣作ってによによ笑ってる部員達の姿…! 「…ふぇ?わ、み、みんな!?」 イタリアが振り返ってびっくりした声を上げる。 「ほらほら、続き続き。」 「イタリアちゃん待たせてどうするんだよ!」 「俺たちのことは気にしなくていーからいーから!」 ひゅーひゅー、とはやしたてて笑う馬鹿共に、おっまえらあああ!と腹の底から怒鳴った。 ぎゃードイツが怒った!とわらわら逃げていくのを追いかけようとしたら、くん、と服を引かれた。 「ドイツ、」 上目遣いで見上げてくるイタリアが、何かを求めるような、甘えるような、そんな声を出すから。 馬鹿共を追いかけるのは即中止し、その赤い唇を味わうのを優先することにした。 END! 戻る メニューへ |