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明日は、本番だ。
…イタリアとは、なんとか目をあわせられるようになった。
以前の通りに。自分に言い聞かせて、せめて明日が無事に終わるまでは、と、彼女と毎日稽古をした。くしゃくしゃと頭を撫でて。抱きついてくるのを受け止めて。
けれど、イタリアがたまにする、寂しそうな表情を見ると、うまく誤魔化せていないのかもしれないけれど。
それでも、表面上は問題なかったし、一端練習が始まり、ひまわり姫と白騎士になってしまえば、自然とその手をとり、目を合わせることができる自分が、少し不思議だった。

それでも、きっと。明日が終われば。
今までのような、一緒に過ごす日常は帰ってこないのだろう。
部活を辞める覚悟をしていた。
…これ以上、彼女のそばに立っていられる自信が、なかったから。
だから、これで最後だと。そう思えば、彼女のそばにいる時間を、悔いの残らないようにすごそうと、そう思えた。


今日はいつもにくらべれば比較的早めに練習を切り上げ、明日は遅刻などしないように特にスペイン!と本来なら時間管理が仕事の舞台監督がオーストリアに怒られるというまあ、うちではよくある光景を最後に、解散した。

そして、我が家に帰ってきたのだが。
「お、ヴェストんち久しぶりだなあ。」
「…自宅に帰れよ兄さん…。」
呆れて言えば、だって家帰っても食べるもんねーし。とけろっと笑う。
…食料目当てか。ため息。

本来白騎士役だったプロイセンは、怪我の関係もあって、明日は舞台裏にスタンバって、着替えの手伝いやら緊急時の対応役を務めることになっている。

まあ実の兄に気遣いも何もいらないだろうと、さっさと食事の用意をして遅い夕食を食べ、風呂に入って、お兄ちゃんと一緒に寝るか?なんてベッドでふざけてるのを白けた目で見て、床に敷いた布団に寝転がった。


しん、と静まる部屋。
「…なあ。」
「んー?」
「悔しく、ないのか。」
本当は、彼がするはずだったのだ。白騎士を。
「…悔しい、ってよりは、残念、だな。…怪我は俺の不注意だし。まあ、仕方ない。」
返ってくる返事に、そうか、と呟く。
「それに、おまえだったら、俺より上手に白騎士演じられるだろう、って思ったしな。」
「……それは、買いかぶりすぎだ。」

単純に役者をやった回数だけ見ても、一年上のプロイセンの方が多い。…対して俺は、一年も役者をしていないのに。
「役者の経験だけじゃない。…人生の経験で、って意味だよ。」
「………それも、兄さんの方が上な気がするが?」
「うるっせ。」
片想いしたり振られたりいじめたりいじめられたり。俺が知っているだけでも、兄さんの方が人生経験は豊富だ。というかネタがつきない、というのだろうな、こういうのを。

「…なあ。」
「なんだ?」
「たった五文字じゃねえか。言えば?」
そういわれて、何のことだか、すぐにわかってしまった。


愛してる。たった五文字。…重い、五文字だ。


「…俺が言ったら、何をもらえるんだ?」
いきなりそんなことを言い出すからには何かあるんだろうとカマをかけて見ると。
「えーとオーストリアと2人で分けるから…一人250円?」
「……。」
「ヴェストが本番で愛の告白をできるかどうか。一口50円。」
賭けるなよ、と呆れて呟く。しかも安い。

ちら、と見上げると、楽しげな赤い瞳と目があった。
「ま、言わないで後悔するより言ってから後悔した方が、人生経験つめるしな。」
「……それは自分の経験談か?」
「うるせーよほっとけ!」

くる、と背中を向けるプロイセンに、小さく笑った。…わかっている。不器用な兄は、これでも、心配してくれているのだ。
「だから、まあ……おまえの好きにやればいいんじゃねーか?」
とりあえず演じきれば本番は終わるしな〜。もぞもぞと布団の中に入っていく音を聞いて、そうだな、と声に出さずに呟いた。好きに…後で悔やまないように。やってみよう。


「んじゃおやすみ。」
「…おやすみ。」




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