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衣装あわせ。というのは、役者が、衣装の部署の面々が作ってくれた衣装を着てみて、どういう感じかを確認する。というもの。

今回のようなファンタジーな、非現実的な劇では、まあ仮装パーティみたいな状況になるのは、当然なのかもしれない。もちろんまだ完成していない衣装もあるから、安全ピンがささっていたり装飾が中途半端だったりすることもあるが。
大事な行事ではあるのだが、メインが役者ではなく、着ている衣装になるからか、途端に遊びだす連中が増えるのも、特徴かもしれない。

そんな中で、何故か、途中で交代して、採寸からしなおしたはずの自分の衣装が完璧に出来上がっている(らしい)のを見て、小さく呟いた。
「白いな。」
「当たり前だろ白騎士!」
ばん、と背中を叩かれて、ちら、と後ろを見やる。おー、なかなかな衣装だなあと腕の中を覗きこむフランスの姿。既に着替え終わったらしい。黒騎士の、黒と紫の衣装。手に抱えたかぶとをかぶれば、完成だ。
「…おまえが着るのか。」
尋ねると、ああ。とうなずかれた。
「ロマーノがいるからな。」
「……。おまえら、本当に、」
眉をひそめて前々から言おうと思っていたことを口にしようとしたら、ほら早く着替えないと迷惑だろ、と急かされた。
…誤魔化された。けれど、迷惑がかかるのは本当だから、衣装を着てしまう。

「…白い。」
「へー!ほー。ふーん…。」
白、なんて着慣れない色だから、少し戸惑った。白に、黄色をメインとする明るい色の装飾。…なんだか、フランスの視線が痛い。
「…何だ。」
「うーん…お兄さんには負けるけど、そこそこ似合ってるじゃん。」
へー。これなら、黒騎士のライバルとして合格レベル、と親指を突き出されて、喜んでいいのか悪いのか。
悩んでいたら、がちゃん、とドアが開かれた。
「2人遅い!演出が怒り出すからはよ…へー!ドイツ似合うなあ!」

ドアからひょっこり顔を出したスペインのあっけらかんとした声に、何だか居心地が悪くなって、早く行かないといけないんだろう!と2人を置いて、部屋を後にした。


部屋を出ると、離れたところに白い影と黒い影が見えた。…イタリアとロマーノだな。と思った瞬間。

「ドイツ!」
高い声で鋭く呼ばれ、反射的に両手が伸びた。

自分の両脇を走り抜けようとしたど変態二人の首根っこをがっちり押さえて、引きずり戻す。

「ちょ、ろま、ロマーノ!ロマーノ!」
「離せドイツ!あれは愛でなければいけないものだと俺の本能が告げている!」

じたばた暴れる二人を押さえ込み、ちら、ともう一度さっきちら、と見えた二人を見る。
白いふわふわとしたドレス。淡い黄色のレースが、じっとしているのが苦手なイタリアが動く度に揺れる。
…綺麗だ。

思った途端、左手で捕まえていたスペインが逃げ出した。
あっ、と思うが、向かう先が一直線で叫んでいる言葉がろぉまーのー!だからまあいいかと見送る。
右手で捕まえてる変態は離すと危険だが、スペインはロマーノの(一応)恋人だし。変態には違いないのだが、まあ。
抱きつかれて顔を真っ赤にしているロマーノを見やって、ため息。

「うらやましいか?」
間近で言われて、はっと顔を上げると、にやにや笑ったフランスがこっちを見ていた。
「…何だ。」
「スペインみたいに、抱きしめにいったらどうだ?」
愛しいイタリアにさあ。
そんな風に言われて、口を閉ざす。
「…放っておけ」
「やれやれ。素直じゃないな。じゃあお兄さんが抱きつきに」

明るくそこまで言った時点で、がっちりと首に腕を回してホールドしておいた。く、苦しいギブギブとか聞こえるが、知ったことか。こいつをイタリアに近づけるわけにはいかない。

「はいそこ!仲良くじゃれてないで、フランスの番!」
遠くからハンガリーの声がしたので、手を離してやる。衣装チーフと演出による服のチェックをしないといけないからだ。それをしなければ衣装合わせの意味がない。
「やれやれ。お兄さんの番かあ。」
「さっさと行け。」
「その前にイタリアの…」
「さっさと来いって言ってるのが聞こえないの!?」
寄り道をしようとしたところでハンガリーの怒声が響いて、はあい、とフランスはやる気なさげに走っていった。

ちゃんと、イタリアには指一本ふれずに行くか監視して、投げキッスしたところでしびれを切らしたハンガリーに引きずられていくのを見て、ため息。あいつの相手は疲れる。


「ドイツー!」
呼ばれて、顔を上げると、イタリアの姿。満面の笑顔で走ってきて、いきなり跳ぶから、慌てて両腕を広げる。飛び込んでくる、軽い体を受け止める。

「ドイツすっごいかっこいい!」
「…ありがとう。」
目をきらきらさせたイタリアの言葉にため息をついて、ぱたぱたと足をばたつかせるのを、たしなめて下ろす。一歩体を引くのを忘れないが、腕にしがみつかれて、意味がなくなる。

じ、と見上げられていることにふと気づく。その目に浮かぶ、純粋な期待の感情に、ああ、と気づいて頭を撫でた。
「綺麗だ。…よく、似合ってる。」
「わはー!やったー!」
ほめられたードイツにほめられたー!と顔をすり付けてくるイタリアを、衣装が汚れる、と腕から離す。
はあい、と離れてもにこにことこっちを見上げてくるイタリアは、凶器だ。思わずぎゅう、と抱きしめて、お持ち帰りしたくなるかわいさ。
くらくらする頭を深呼吸でなんとか冷静に保って、イタリアから視線をはずす。

遠くを見ると、未だスペインに抱きつかれたままのロマーノが見えた。
首のあたりまで隠れ、足首までの長さのあるふわふわなデザインのイタリアのドレスとは対照的に、黒い、ざっくりと胸元まで開き、裾にも大胆にスリットの入ったドレス。
ロマーノの肌の白が、よく映える。
「…あれでいいのか?おまえの姉は…」
思わず呟く。似合うのは似合う。とても。だけれど。

「まずいだろ、さすがに…」
見回せば、男性陣の視線がほぼロマーノ一人に向けられている。あの姿でなくても、ロマーノは、イタリアと姉妹なだけあって、美人なのだ。いつも不機嫌そうに顔をしかめているから、忘れがちだけれど。
スペインに蹴りを入れるために振り上げられた足。なかなかきわどいところまで見えてしまって、思わず目をそらす。

その途端、ぎゅう、と腕を掴まれた。
「?どうした、イタリ…お、おい!?」
何気なく見下ろしたら、今すぐ泣き出しそうな瞳と目があって、ぎょっとした。
「イタリア?」
「…やだ…」

そんな泣きそうな声でやだ、と言われても。何のことだかわからなくて、どうしたんだ、と尋ねるが、首を横に振るばかりで、何も答えてくれなかった。かわりにぎゅうぎゅうとしがみつくように抱きつかれて、どうしていいやらさっぱりわからなかった。


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