前半がなんとか終わった。ちょっとこけそうになったりはあったけど、大丈夫。ヒールの低い靴にしといてもらってよかったと思う。 それを考えると姉ちゃんはすごい。高いヒールで威圧感たっぷりにかつかつと歩く。…茨姫、のモードになりきってるからだけど。そうじゃなかったらものすごく派手にこけてる。 隣で一瞬、こっちをにらみ付けてから通り過ぎていく茨姫を見送ると、姫、と白騎士に呼ばれた。 「なあに?」 「…例の襲撃が、茨姫の手のものの犯行とわかりました。」 「え…。ど、どういうこと?」 「……茨姫は、あなたを。」 そこまで言って、白騎士は口を閉ざした。ちら、と見上げると、…動揺してる。ほかの人が見たらわからないかもしれない。でも、俺なら、ずっと隣にいた俺ならわかる。セリフが出て来なくてテンパってる。 すぐに嘘です!と次のセリフを怒鳴る。 「姉上が私を、こ、殺そうと、刺客を仕向けるなんて…!!」 白騎士のセリフも混ぜ込んで、叫べば、さっと視線が俺の方を向いた。 「…残念ですが、本当です。」 続く、会話。つっかえても、それを演技に変えるから、それに対応して、会話をする。 …大丈夫。大丈夫だよ、ドイツ。俺がなんとかできるとこはなんとかするから。大丈夫。緊張しないで。…練習の通りでいいんだから。 泣き出しそうなひまわり姫の目で、見る。蒼い瞳。…少しだけ和らいだのも、きっと。俺にしかわかんないんだろうな。 「参りましょう、姫。」 差し出された手に手を乗せれば、いつもより少し強く、つかまれた。 ありがとう、かな?込められた言葉を思いながら、その背中を見つめた。 入り口近くにたって、さあ。次、だ。そう思ったら、急に不安になってきた。 俺が一番苦手なはけ。出口を間違えたら、その次の出番までに着替えが間に合わない。正しい出口の向こうでハンガリーさん待ってくれてるのに。 …今までも、何回か間違って、間に合わなくて、オーストリアさんに怒られた。 ポーランドとリトアニアは、間違っても俺らが時間もたせるから問題ないし、まあ、がんばるから、あんまり気にしないでねって言ってくれた、けど。 …間違えない方がいいに決まってる。から。 前から二番目、の、正しい出口をにらみつけるみたいにして、見る。間違え、ないように…。 そのとき、ぽん、と肩を叩かれた。 顔を上げると、ドイツが、顔を近づけてきて。 「安心しろ。…大丈夫だ。俺がフォローする。」 そう言われただけで、すっと緊張していた体の力が抜けた。 ドイツがいる。大丈夫って。俺が助けるって、そう言ってくれた。…だったら。心配なんて必要ない。 うん、とうなずいて、ドイツを見上げたら、いくぞ、と背中を叩かれた。 「お逃げください!」 リトアニアのセリフに、うなずいて、後ろを振り返る。 ―ど、こ? 出口を見失って、けれどとにかくはけないと邪魔になるから、目に付いた出口に向かって走り出す。 「姫!」 途端に呼ばれた。そんなのセリフにはなくて、え、と振り返る。 白騎士が、腕を広げるのが見えた。来い。強い光を湛えた瞳が、そう言う。 何か考える前に、駆け出していた。その腕の中に飛び込めば、そのまま抱き寄せられて、近い出口に走っていく。 その向こうにハンガリーさんの姿! 「イタちゃんこっち!」 「はい!」 ぱっとドイツの腕の中から飛び出して、着替えを持ったハンガリーさんの元へ急ぐ。 着替えている間に、ドイツは自分の次の入り口に行ってしまった。 …よし。『お礼なら演技で返してください。』オーストリアさんがよく言う言葉を頭の中に思い浮かべて、深呼吸。ひまわり姫の出番は、まだまだ終わらない! 物語は、佳境を迎える。ひとり、またひとり。いなくなっていく周りの人。いつもこのあたりになると本当に泣きそうになってしまう。ひとりぼっちは寂しい。 でも。だけど。 こつ、こつ、と音がする。視界にいなくても、ちゃんと。音が、する。ここにいる。そばにいるから、とあの人の足音が。 危ないときは、マントを翻して目の前に立つ、大きな体。大丈夫ですか、姫。…口調は違うけれど、いつもかけてくれる言葉。 それを聞くだけで、安心する、強いけれど優しい声。俺をかばう、たくましくて強そうな腕。大きくてとびついても倒れない背中。きらきらと明るく輝く、金髪。 それから。まっすぐに俺を見つめる、蒼い瞳。 ねえ、白騎士。 …ねえ、ドイツ。 ずっと、私の。…俺のそばにいてくれるよね? 「姫、お逃げください!」 叫ぶような声に、いやです!と首を横に振る。 「あなたを置いてなど、逃げられるはずもありません!」 そうだよ。…お願いだから。俺を一人になんてしないで! 「あなたが逃げないのなら、私は、」 「逃げろ!」 怒鳴られて、息が止まった。 「俺は、貴女に死んで欲しくないんだ、生きていて欲しいんだ!」 背中越しに言われる言葉。それが、本当に。…本当に、強くて。聞いたことないくらい強い言葉で。乗せられた、強い想いが胸を締め付ける。息がうまくできない。ねえ、どんな顔をして、そう言ってるの?背中に問いかける。どうして、俺に、そんなに想いをこめて、言うの? 「…どう、して…?」 呆然と、そう尋ねる。 「…貴女を、愛しているから。」 思わず息を飲んだ。動けなくなる。…今、なんて? ねえ、ドイツ、…今。俺に。 愛してるって、言った…? 「早く逃げろ!」 怒鳴られて、はっとして、いつもの場所で、そうセリフをなんとか言う。 「待っています、いつまででも待っています!」 叫んで、走り出す。舞台袖まで、一気に走り抜けて。 壁にぶつかる寸前で、ちょ、イタリア!と後ろに引っ張られた。 「何してるん!危ないし!」 「…、ぽーらんど。」 俺、何、え、だって、ドイツが、俺に、言った? 『貴女を、愛しているから。』 頭の中でリピートされて、ばっと頬を押さえた。 「ど、いつ、が。俺に。」 「あー。あいつセリフやっと言えたしー。遅くね?」 そう言われて、はっとした。 そっか。……セリフか。そうだよ、そうだよね…。 しぼんでいく心をよそに、それよりさー、おもしろいのはじまるから見に行くし!とちょっと強引に引きずっていってくれるポーランドの行動に、少し助かった、と思った。 俺は、やっぱり。ドイツの、好きって言ってくれる唯一には、なれないんだって。…考えなくてすんだから。 次へ 前へ メニューへ |