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白騎士との最後のシーンは、セリフがない。ただ、音楽が流れている。

ただ、待つ。舞台の真ん中で、目を閉じて。彼が来てくれることを、…無事でいてくれることだけを祈って。
こつ、と足音が、した。こつ、こつ、と…泣きそうになるくらい、大好きな人の、足音が。

振り返る。…ぼろぼろになった、白騎士の姿。ふわ、と大きくなる音楽に、もう耐え切れなくて、涙がこぼれて、その愛しい姿も見えなくなって、つまずきそうになる。
倒れこむ前に、抱きしめられる体。
蒼い瞳が、にじんだ視界の向こうに見えて。
ぎゅうう、と抱きついたところで、音楽がさらに大きくなって、ゆっくりと、照明が消えていった。


暗闇の中、抱きしめていた腕を、離す。本当は離れたくないけど、でも。まだ役者の仕事は終わりじゃない。腕を、手をつなぐのに変えて、舞台からとりあえずはけた。



カーテンコールも無事に……うん、無事に終わって、きてくれたお客様を送り出しに玄関ホールへ向かう。
呼んで来てくれた友達とか、ひまわり姫かわいかったです、と言ってくれる人も多くて、すごくうれしくてありがとうございました!とお礼を言って、その合間を縫って、ちら、とドイツを見た。…目が合う。
けれど、次の瞬間また声をかけられて、慌ててそっちを向いた。
もう一度見たときには、ドイツはもういなかった。…先に片付け始めに行っちゃったみたいだった。


片付けがはじまってしまうと、ドイツは装置をばらすので大変だし、俺はハンガリーさんのお手伝いでメイク道具とか衣装とか片付けるので忙しくて、話す暇なんかなかった。
その間に、ぐるぐる考えちゃって。

あれは、やっぱり、セリフ、だよね。
でも、ドイツ好きって言うのは、本当に好きな人だけだって、そう言ってた。
…けど。…期待しないほうが、いい、よね。きっと。
俺は、ドイツの、好きな人、にはなれないんだよね、きっと…。

ため息をついたら、こらこら、似合わないぞ?とハンガリーさんに抱きつかれた。
「ヴェ、」
「気になることがあるなら、聞いちゃえばいいのよ。」
「…でも。」
「悩むなんてイタちゃんらしくないぞ!」
わしゃわしゃ、と頭をかき回されて、わわ、と声を上げる。

「ね?」
ばっちん、とウィンクされて、そうだよね、と思う。
聞いてみないとわからない。ドイツがどう思ってるのか、なんて。ドイツが考えてることは、ドイツに聞いてみないとわからない!よし、と決心した。
「俺、がんばる!」
ドイツにちゃんと聞く!とそう宣言したら、がんばれ!と笑顔で言ってくれた。


…とは言ったものの。
あの告白は、俺に言ったの?…なんて。
「聞きづらい…な…。」
もし、違うって言われたら。
……もう明日からドイツにどんな顔して会ったらいいのかわかんないよ…。

「う、う…。」
考えていたら、足が重くなる。どうしよう。もう、倉庫の明かりは見え始めてる。ドイツまでの距離が、どんどん短くなる。
「…ああもう!」
とりあえず行ってから考えるもん!とだだだと走った。

その背中が、目に入ったら、どいつ、と何も考えずに呼んでしまった。
振り返る。蛍光灯の光が入り、きらきらした目が、俺の方を向いて。
…何を言っていいのか、わからなくなる。

ど、うしよう、と思って、うろ、と視線を動かしたら、自分が持っているものに目がいった。
「あ、の、これ、どうしよう?」
ダンボールをちょっと持ち直してみると、ああ、この棚の下に、と言われた。中に入って、空いているところにがざがざと入れる。
顔を上げると、ドイツはまた、背中を向けていた。

…ぎゅうって、したいな。
そう思うのを押さえて、ねえ、ドイツ、と呼ぶ。
「なんだ。」
普通に返事が返ってきて、少しほっとした。
こくん、と唾を飲み込んで、よし、とうなずく。

「あの、告白、はさ…ひまわり姫に、だ、よね?」
…俺に、じゃ、ないよね…。

…あまりに自信がなくて、本当に聞きたいことが小声になっちゃった。
けど、落ち込んでる暇もなく、ドイツが振り返るから、怖くなって、笑ってみせる。
「あ、や、ごめんね!変なこと言って!俺戻るね!」

慌てて焦って、逃げ出そうと出口へ向かって走り出す。今なら、まだ。言わなかったことにできるかもしれない。

何にもなかったように、明日からも一緒に、過ごせるかもしれない。


そう思って、足を前に踏み出したら、ぐ、と腕を引かれた。
前へ行こうとする俺の力なんて、ドイツの力には全然敵わなくて、あっという間にドイツの腕の中。
大慌てで逃げようとするのに、強く腕を回されて、動けなくなる。

「え、あの、ドイツ…」
「ああ。ひまわり姫に、だ。」
耳元で囁かれた言葉に、体が硬直した。

……やっぱり、そうだよね…俺は、ドイツの、『恋人』なんかになれないよね…

「そ、そうだよね…」
ああもう!普通にしてたいのに!出したいのより沈んだ声が出た。


とにかくドイツのそばにいたくなくて、そうでないと泣いてしまいそうで、なんとかして逃げようと明るい声を出す。
「え、えと、じゃ、俺、」

「好きだ。」

……え?
息が、止まる。

「これは、『ドイツ』から『イタリア』に。」

う、そ、…嘘、嘘…っ!
何も言えなくて、ただ胸の中でぐちゃぐちゃとうずまく感情が、目尻にたまっていく涙に変わる。
うそ、でもだって、ドイツ、俺に好きだって…!

回されていた腕がはずされるのと同時に振り返る。大きく見開かれた青い瞳!
「ど、いつ…!」
それを見た途端たまっていた涙がこぼれ落ちた。ぼろぼろとこぼれて止まらなくなる。
「ドイツ…!」
その胸にしがみついて、泣いた。止まらない、止め方なんて知らない!
「ど、どうした…?」
変な声でドイツが言う。それを聞いて、言わなきゃ、と思って、必死に息を整える。
「すき…すき、好き、俺も、ドイツが好き…!」

ぎゅ、と大きな背中に腕を回して抱きしめる。好き、好き、と何度も繰り返すと、息が止まるくらい強く抱き返された。

「好きだ、イタリア…!」

強い声に、また涙があふれ出す。うーと言いながら泣いて、ドイツの体にしがみついて、その感覚を確かめる。
夢じゃ、ない、夢じゃない!ドイツが、俺に好きだって!俺も好きだって、言えた!

髪を撫でられる。優しい手付き。名前を呼ばれて、顔を上げる。頬を流れる涙を、指で拭ってくれた。

近い距離に、これ、って、キスする場面?とどきどきしながら、目を閉じた。
少し、時間がたって。
何も起きなくて、おかしいな、と目を開けたら、ドイツがまっすぐに何かを見てた。

「ふぇ?」
その視線を追って振り返ると、倉庫の入り口で笑いながらこっち見てるみんな!み、みんな!?と叫ぶと、ぱっと俺の前にドイツが立った。自然な動作。そうするのが当たり前のように。
俺をみんなの視線から遮るように、まるで。

姫を守る騎士のように。

どきん、と心臓が高鳴った。

やいやいとはやし立てるみんなに、ドイツがおっまえらあああ!と怒鳴って、蜘蛛の子散らすみたいに逃げ出すのをドイツが追いかけようと足を踏み出して。

行かないで、ほしくて。服に手を伸ばして引くと、ドイツが振り返った。

「ドイツ、」
思ったよりずっと甘い声が出てびっくりして口を閉じたら、一歩で距離を詰めたドイツが、腰に手を回した。
「ヴェっ」
「目を、閉じろ」

聞いたことない低くて熱い声に、ゆっくり目を閉じる。
震えた口付けは、もう絶対忘れられない、泣きそうになるほど甘かった。

End!


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