「姉ちゃん」 もぞもぞと隣のベッドに潜り込む姉ちゃんを呼ぶ。なんだよ、ちょっと眠そうな不機嫌そうな、声。 そりゃあそうだ。明日は本番。練習も散々して、さすがに今日は早めに切り上げてくれたけど。遅刻なんかされたらたまったもんじゃないのでって。 ただ、一個だけ聞きたいことがあった。 さっき、ベランダから見ちゃったから。 「キス、って、どんなときにするの?」 「なっ!?」 がばっと体を起こして何言い出すんだいきなり!と怒鳴られた…別に怒らなくてもいいのに… 「だって、さっきしてたでしょ?スペイン兄ちゃんと。」 素直に言えば、あっいつ何がだれも見てへんよ〜だ…!って怒ってた。…顔真っ赤だから照れてる、のかな? 「ね、どんなとき?」 改めて聞くと、しぶしぶ、とばかりに口を開ける。 「…いい感じの雰囲気、のときと、か…喧嘩してて、ふって気づいたら顔が近かったときとか…好きだと思ったときとか、寂しいと思ったときとか、いろいろ」 「ヴェ〜」 いいなあ。素直にそう思った。好きな人とキスするのは、きっと。気持ちいいんだろうな。 想像するのはドイツとの、キス。 …額をこつん、とかは、したことあるけど。ドイツは、どんなキスをするんだろう? …したいな。そう思う。スペイン兄ちゃんが姉ちゃんにしてたみたいに、優しく。甘く。…してほしい、なあ…。 「…そんなにいいもんでもないぞ」 「そう?でも、スペイン兄ちゃんとキスしてるときの姉ちゃん、幸せそうだったよ。」 言うと、何故か。少し寂しそうに笑った。 …何か余計なことを言っちゃったみたい。 「ほら、もう寝ろ。明日起きなかったら置いていくからな」 「ええ〜!起こしてよ!」 「嫌だ。置いてく。」 おやすみ!と布団を頭までかぶってしまう姉ちゃん。 おやすみ、と答えはするけど、さっきの寂しそうな顔が気になって。 「…姉ちゃん。」 「何だよ」 「隣で寝ちゃダメ?」 お願い、と付け足すと、しばらくの沈黙の後、おまえは相変わらず子供だな、と言いながら、ベッドの端に寄ってくれた! ぱっと飛び起きて、空いたスペースに潜り込む。 「えへへへ」 向かい合って、笑う。同じベッドで寝るのなんていつぶりだろう? 「…馬鹿。寝ろ。」 しょうがないやつ、と苦笑して、布団を肩までかけてくれた。おやすみ、そう声をかけて、手を伸ばしてきゅ、と指を絡める。 「…おやすみ」 優しく握り返してくれて、すごくうれしかった。 ふ、と目を閉じる。心の中に思い浮かべるのは、白。 そうすれば、ぐるぐると体の中で巡ってる想いとかがしぼんでいく。 ふわり。体が軽くなる。考えることは、彼女のこと。彼女の世界。……私は、ひまわり姫。今日は、何をして遊ぼうか?白騎士が呼びに来たら、お願いして外に出て。お花をつみにいこうかな?姉上にあげたら、喜んでくれるかしら? ぱちん、とスイッチが入る。ひまわり姫に、なる。少し、寂しいな。と思った。 今日は、本番。だから。…ひまわり姫を演じるのは、最後。今日が、最後。 ちょっと寂しい。もう彼女に会えなくなるのか、と思うと。 後悔しないようにしよう。大失敗とか、しないように。がんばろ。そう心に決めて。 「…姫。」 そう呼ばれた。顔を上げると、鏡越しに、白騎士の、姿が見えて。 その優しげな表情に、なんだかうれしくなって。 笑顔で振り返れば、お迎えに上がりました。そろそろお時間です。と手を差し出された。 「はい。」 その手を取る。がっしりした、大きな男の人の手。手袋越しにそれを感じて、導かれるままに、外にでる。 歩き出せば、後ろを歩くブーツの音。かつかつ、という一定のリズムを聞くと、ほっとした。彼が、いる。…いてくれる。いつも、そばに。 だったら、大丈夫。何があっても平気。どんなことが起こっても。なんとかできる! 心の底からそう思えて、笑った。白騎士がいてくれれば。この足音が聞こえていれば。 何でもできる。だから。 ぴん、と背筋を伸ばして歩く。何も怖くなんて、なかった。 『この3ヶ月やってきた自分を信じなさい。そして、共に練習してきた仲間を信じなさい。…今日のできが最高のものであることを祈っていますよ。』 オーストリアさんはそう笑った。はい!とみんなで返事して。 本番の幕が、開く。 次へ 前へ メニューへ |