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庭に出ると、静かだった。
見上げると夜空は綺麗だ。…いつだって、綺麗だ。何があったって。…変わらない。

「ロマーノ、」
後ろから呼ぶ声に振り返る。笑顔のスペインの姿。…でも、満面の笑みではない。寂しそうな、諦めたような、表情。
そんな表情をさせているのは自分だと思うと、胸が痛む。
とす、と何も言わずに隣に座るスペインを見て、前に向きなおる。
「明日から、ロマーノおれへんのかぁ…」
ちょっと寂しいなあ。明るく装った声。なんて言っていいのかわからなくて、うつむく。…何も言えない。言えるわけが、ない。
選んだのは俺だ。彼から離れることを、選んだのは。…他でもない、俺だ。
後悔は、していない。…つもりだ。
思い出すのは、手を掴んだそのときの、弟の笑顔。
『ありがとう兄ちゃん!一緒に、がんばろうね!』
ぎゅう、と抱きついてきたその満面の笑みと、今のスペインの表情を天秤にかけるつもりはないのだけれど。
…後悔は、してない。俺は選んだ。…ただ、それだけだ。

「…あーもう、こんな辛気臭いの似合わへんよな!」
叫んで、どさ、とスペインが寝転んだ。隠れるオリーブを、ちら、と振り返る。
「…ロマーノ、」
ありがとう。と、優しい、穏やかな声で彼は言った。
「一緒におれてよかった。…ほんまに楽しかったで?」
まあ騒がしくてうるさい毎日でもあったけど。偉そうやし。全然親分扱いしてくれへんし。手先は不器用やし。
「最初は、ほんま、一緒にやっていけるんかなあって思った、けど。…そんなん心配する必要全然なかった。ロマーノええ子やから。…それがわかるまで時間かかったけど、でも。」
誰かと一緒に過ごす、っていうの、こんなに楽しかったんやなあって。思えたから。仕事で疲れても、ロマーノがベッドで寝てるのみたらもうそんなん吹っ飛んだし。一緒に農作業するのも、ほんまに楽しかったし。だから。

「ありがとう、ロマーノ。」
まぶたが開く。綺麗なオリーブ。穏やかなその色が、星明りの下で、見えて。

ああ、好きだ。そう心の底から、思った。好きだ、こいつが、好き、だ。
どうしようもないくらい空気読めなくてテンション高くて、変なとこ真剣で、仕事中はちょっとかっこよくて仕事後は情けなくて。農作業してるときはめちゃくちゃ笑顔で、怒るときはやっぱり怖くて。
ロマーノ。そう呼ぶ声だけでも感情豊かで、七変化どころか50変化ぐらいしてしまうような、単純馬鹿で。

そんなスペインが、好き、だ。

「何?」
じっと、見つめてしまっていたらしい。首を傾げて聞かれて、別に、と言いかけて、口を閉じた。
別に、じゃない。言いたいことが、ある。ずっと言いたかったことがある。……どう、する?
今は、チャンス、かもしれない。言ってしまえば、とりあえず引かれても、だって明日から、俺ここにいない、し。でも。…だけど。だって。けど。それでも。……ああもう当たってくだけろ!

「スペイン!!」
「うわびっくりした…何?」
俺もちょっとびっくりした。こんな大声が出るとは思ってなかった。
けどここでくじけたらダメだ!

「俺は、おまえが、おまえのことが…!」
「ん?」
……そこから先は、言え、なかった。どうしても。
だって、怖い。ただでさえ、スペインから離れようとしているのに、その上で今告白して、拒絶されたら?
そうなったら、本当に。
本当に、スペインを失ってしまう!
「…何でも、ない…。」
そう言って、顔をそらす。
「何?気になるやんか!」
けれど、スペインは許してくれなかった。ロマーノ、最後まで聞かせて、と体を起こして言ってくる。
「…別に、大したことじゃ、」
「そんな風には見えへんかった!」
ロマーノ。たしなめるような、促すようなそれに、けれど、一度引っ込めてしまった言葉を、もう一度引き出してくることなんて、できそうになくて。
「ロマーノ!」
ちら、と見やる後ろ。真剣な、まなざしが、まっすぐに俺を見ている。
さあ、何て、言えばいい?


「……俺の方こそ、ありがとう…」
「うるせーよおまえに関係ないだろちくしょー!」