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「…俺の方こそ…ありがとう…」
肝心のセリフは風にかき消されそうなくらいに小さかったけど。風に揺れる畑の方に視線を逸らす。

…本当に言いたかったこととは違う、けれど二番目に、言いたかったことだ。
不安だったしいろいろつらかったし、でも楽しかった。落ち着けた。心穏やかな日々を、過ごせた。それはどう考えたって、こいつのおかげ、だから。
だから。

………なんか言えよこのやろ、居心地悪いだろうが…!
そう思いながら、視線を戻せないでいると、いきなり目の前に現れるスペイン。
ぎょっとして体を引く、前に肩を掴まれて。
引き寄せられて、そのまま胸の中にダイブ!
「わ、…スペ、イン…?」
ぎゅーっと抱きしめられて少し苦しい。
強い腕の力。香る、太陽みたいな匂い。
こんな近い距離にもうどうしていいやらわからなくて、ただ心臓を高鳴らせていると、ロマーノ、と呼ばれた。
「何だよ、」
「…ロマーノでよかった。」
…こいつが何を考えてそう言ったのかはわからない。けれど。
…ずるい、それは、ずるすぎる!
俺の心に一番響くのを、わかってるかの、ように。
「…っ…」
ずび、と鼻を鳴らしたのは、俺でなく、スペイン。
「何でおまえが、泣くんだよ…!」
「だって、明日から、おれへんと思ったら…!」
「っるせーこのやろ!…っ、引き止めもしなかったくせに…!」
言ってから、気づいた。意外と気に、してたんだ、俺。独立を告げたら、そっか、って、すんなり言ったこいつ、のこと。
「やって…!ロマーノの、邪魔したあかん、よなって…!」
その声に、かっとなって顔を上げる。
ぼろぼろ泣くスペイン。泣くな馬鹿このやろ!俺まで泣けてくるだろ!
「うっせー馬鹿、変なとこで気を使うな!っこのやろう!いっつもそんな気使ったりしないくせに!言えよ!」
一回息を吸って、吐く。涙があふれて、くるけど、言いたいことがあるから、き、とにらみつける。
「言えばいいだろうが、おまえが何言おうと、俺がそうしたいと思ったらうるせーって言う!そんなん気にすんなちくしょー!言わなきゃ、」
息を吸ったら、ひ、と鳴った。ぐちゃぐちゃな顔してるのはわかってるけどもう知るか!
「言わなきゃわかんねーだろうが!やっぱ俺のこと迷惑だったのかなとかいなくなってせいせいしたとか思ってんのかなって思うだろうがこのやろー…っ!」
わかってる、わかってるんだ、こいつがそんな奴じゃないんだって、知ってるんだ!でも不安は募ってて。…こんなにみっともなく泣くくらいになってたとは、気づかなかったけど。
「そんなこと思う訳ないやん!」
「だっておまえが言わない、」
から、と言いかけて、息が足りなくて吸い込んで、ぐい、と手のひらで涙をぬぐって、にらみつけたスペインの顔は。
…まあ、俺も鏡見てないから人のことなんか言えないのだろうけれど、そりゃあひどい、顔、だった。こいつが泣くのは、数えるほどしか見たことがない上に。…本当に人に見せられる顔じゃ、ない。
涙やらなんやらでぐしゃぐしゃの、その顔を一瞬ぽかんと見上げて。
「…っぶっ!」
「!!笑わんでもええやんか!」
「だ、って、変な、顔…っ!」
一度笑い出したら止まらなくて。あははははと声をたてて笑うと、つられたのは、スペインまで泣き笑いの顔になって。
「…、ふ、はは、ロマーノ、やって、ひっどい顔!」
「うっせ、…く、あ、あははは!」
やべーとまんねーと目を閉じて、腹を抱えて笑っていると、ちゅ、とまぶたに触れる、あたたかい。
「!!」
目を開ければ、目の前にスペインの顔!
「…また、遊びにきてな?」
優しい声。…最後にずび、なんて鼻ならさなきゃかっこよかったのにな。
「ん。」
小さくうなずいて、抱きしめてくる腕を甘受して。


そして、俺は独立、した。

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