57 無礼者!

1999.3


 マナーなんぞについて語り始めたらおしまいだと思いつつ、語りたくなるときもある。そういうときは、素直に欲求に従うほうがいいのかもしれない。歳には勝てない。

 というのも、先日、小渕総理大臣の記者会見の中継を見ていて、最前列で質問をしている記者がみんな足を組んでいるのに非常な違和感をもったからなのだ。総理は、立って質問に答えている。記者は、座ったまま、足を組んで、椅子にふんぞり返って質問している。どっちが偉いかということを問題にしているわけではない。総理が無条件に偉いなどとも思っていない。しかし、人権をいい、公正を主張するマスコミ人のこのエラソウな態度は一体なんなのだ。

 悲しみをこらえて、空港から沖縄へ飛び立とうとする安室奈美恵に向かって、「アムロさん、大変なことになりましたけど、今のお気持ちは!」と絶叫するニュースキャスター。今まで、何千回と繰り返されてきたこの無礼に対する批判がそれこそ何万回となされてきたのに、まったく改善される兆しもない。挙げ句の果てに、その同じ番組の最後に、メインキャスターがにこやかにまとめる。「今はアムロさんをそっとしておいてあげたいですね。」絶句するしかない。自分たちのやっていることのエゲツナサに少しでも気づいているのなら、せめてこういうキレイゴトは言わないだけの節度がほしい。

 「世界ウルルン滞在記」という番組があるが、先日ある若手の俳優が中国に書道を習いにいくという企画があった。たった5日間の彼の上達ぶりにも驚いたのだが、その中で、中国人の先生が彼の練習している机のそばにきて、注意を与える場面が印象的だった。彼は何の気なしに、その注意を机の前に座ったまま聞こうとしたのだが、先生はまず「目上の人の話を聞くときは、立ちなさい」と優しく諭したのだ。彼はアッと言って、すばやく立ったのだが、その時の先生の諭し方と若い俳優の素直さに心を打たれた。こんなふうにものを教えることのできる大人、そしてこんなふうに学べる若者が、日本には少なくなっているのかもしれないと思ったら、ちょっと恥ずかしくなった。

 無礼者が氾濫し、世の中はますます刺々しくなっている。マナーというものは、人間の上下関係の強化を促すためにではなく、穏やかな人間関係を築くためにこそ必要なものだと思うのだが。