日本映画の人間像・1

負の烙印にかみつく女

祇園の姉妹

1936年/溝口健二監督/梅村蓉子・山田五十鈴

 『祇園の姉妹』。公開当時の昭和11年、女性の職域は狭かった。そのころの花柳界は、女が自立し活躍できる数少ない職場。持って生まれた女の肉体を生かして働けるのが、何よりの強み。ここの鉄則は、「女と男はオカネがつなぐ」。芸妓は旦那を持ち、相手の我儘勝手をきく代償に世話を受ける。花柳界とお客は五分と五分の商売だ。

 しかし、商売を忘れ男に惚れることもある。その時、花柳界の女を待っているのは三つの道。一つは、愛する者同士の生木を裂く別れ。もう一つ、恋心に殉じてオカネも店もあきらめる。最後の一つ、恋心などさっさと捨てて、手切れ金をバネに男を見返す。いずれにせよ、愛する男と幸せになれる可能性は皆無に等しい。

 女が働きだせば、働く男とは別の苦渋を味わうことがある。それは、連綿と続く男社会が一方的に「女」という性に押し付けた、封建的な負の烙印というほかない。男曰く、女は結婚するから。女は子を生むから。女は仕事を休むから。云々、云々。だから一体どうしたの。自分で着替えの用意も出来ないくせに。あんたはどこから生まれてきたか、ここで説明してごらん。

 世の中の価値観が多様化するにつれ、女が進出できる仕事の分野も拓かれる。

 男の論理に絡め取られ、悔しさに泣き叫ぶ芸妓おもちゃ(山田五十鈴)を、愚かな小娘と言うことも出来よう。だが、男の犠牲に埋もれる女にはなるまいと、体を張って身を興そうとした彼女を嗤うことは出来ない。彼女の向こう見ずなバイタリティーには底力がある。負の烙印に噛み付き、跳ね返してやろうと身構えている。

 アタマを打たれ手練手管を学んだおもちやの10年後を思うと、楽しい心持ちがする。戦争の傷を受けなかった京の花街、艶な容姿で軽々と男たちを手玉にとる、彼女の姿が目に浮かぶ。


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