#01:僕達の未来略奪大作戦 Vol.1 くりこま 悠




私は、幼い頃、この薄暗い、祖父の部屋に度々呼ばれたことがある。

私が何か悪いことをすると、祖父はよく軽めの呪いを掛けて、私を戒めた。

あの日も祖父は、私を薄暗いあの部屋まで呼んだ。


「真樹。今日の呪いはちーとばかしきついぞ。
悪いことをすればするだけ、運が悪くなる呪いじゃ…」

「うん。お爺ちゃん」


我が家では何気ない日常であるハズだった。

しかし、その夜。予期せぬ自体が一家を、というか、私を襲った。


祖父が急逝したのだ。しかも、私に掛けた呪いを解く前に…


結果として、高校生となった今でも、私には呪いが掛かったままだ。





五ツ川高等学校3年   高坂 真樹・談



#01:僕達の未来略奪大作戦 Vol.1

注:この小説はフィクションです。
実在の人物・団体・事件などとは一切関係ありません。
ましてやメディア研究部や六ッ川高校などとは一切関係ありません。

横浜市某所 県立五ツ川高校
情報研究部部長「キノサキ城之崎 涼子」は、部長会が行われた会議室から部室へと向かうまでの
わずか100m程の間に、少なくとも5回位溜息を吐いた。

文化部の法則1:学校というものは、どんなに成績の悪くても、運動部には巨額の予算を    
           提供する。逆にどんなに良い成績を収めても、文化部には運動部よりも
           少量の予算しか提供しないように作られている。
           これは、何をしているのか分からない部活には尚更というわけで…

「だからって予算が少なくちゃ、出来る活動も出来なくなっちゃうよ…」
某光画部しかり、某エイケン部しかり、学校には必ず1つは意図が分からない部活が
作られている。一種の常識である。但し、あくまでも漫画での話。
現実世界では厳しいのである(コレが現実世界かというツッコミは却下)。
ボーダーラインは、せいぜい他校の「TRPG同好部」ぐらいな物だろうか。
部室のドアの前で、6回目の溜息。
窓から中をのぞいて見ると、1人の部員が、パソコンに向かって何かを打ち込んでいる
様子が見える。その様子を伺うように、2人の部員がディスプレイを
覗き込む。どうやら何か作っているようだ(それが小説なのかCGなのかは不明だが)。
せっかく真面目になってくれた部員たちの手前、予算がカットされるなんて口が裂けても
言えるわけが無い。
7回目の溜息の後、涼子は意を決して部室のドアを開けた。
ドアが閉まりきる直前、皮肉の意が込められた8回目の溜息が聞こえた。
4月の始め。新入生の姿が見え始めた時期の出来事である。

「人がお仕事に出かけている間に、君達は何をしていたのかなぁ?」
涼子は皮肉たっぷりの飛びっきりの笑顔で、部室に残っていた精鋭達の顔を見渡した。
副部長「立石 透」、会計「神田 隆介」、そして書記の「コウサカ高坂 真樹」。
情報研究部の誇る精鋭達。全員3年生で、2年生は居ない。
まだ新入生オリエンテーションが始まっていないので、1年生がどれだけ入るかが、この部の存続の鍵を握っている。そんな状況だ。
立石の使っていた台のディスプレイには何やら縦に何本かの線が並び、その下には鍵盤らしき絵が描かれている。
偶にその線の間を長方形のブロックが落ちてゆき、鍵盤の上にある赤い線と重なった
瞬間に、透はキーボードの左端のボタンを叩いていた。
「何でBM98やってるの?」
涼子の手が、透の肩にポンと置かれる。
「BM98じゃない。RDMだ」
ほとんど一緒である。有名な音楽ゲームの練習ソフトだ。
データに互換性があるので、使い易さからRDMを導入している人も多い。
透もその中の一人という事だ。
「この間さ、エキスパートのTECHNOコースで理論値更新してさ、ちょっと練習すれば
 IRに載れるかなとか思って…」
「分かりやすく言ってくれる?」
涼子は指を鳴らしながら、焦りの色が見える透に近づく。
「つまりだ。573『beatmania 7thMIX』のエキスパートコースって言うモードで、
 TECHNOコースをクリアしたら最高得点取れて、ちょっと本気で練習したら
 インターネットランキングに載れないかなぁって…」
「そうじゃなくて…」
「この間なんかSpeedコースを3倍速でプレイしちゃって、素で倒れかけて…」
「え〜と。つまりだ」
涼子はディスプレイの上にあるコケシを、素振りによる風圧でなぎ倒した。
転がるコケシなまくび…
「BM98を止めてって言ってるの☆」
「…ハイ」
透はエスケープキーを押し、速やかにゲームを終了した。
周りにいた二人も、自然と散って行く。
その様子を見ながら、
「えっと、皆。ちょっと良いかな?」
「い良くないです」
隆介が口を挟む。
「何かな?何が不服なのかな?」
涼子は机上に転がっていたスチール缶を手に取ると、片手で潰しはじめた。
どうでもいいけど、何故にこの人は文化部の部長なんかやってるんだろうか。
もっと他の運動部に行った方がいいように感じるのだが…
「それじゃ、本題に入るね」
「異議無し」
透と隆介は、小声で呟いた。

…高台にそびえ立つ複雑怪奇な構造の校舎。その特殊な立地条件により
野球部が作れず、微妙に文化部による活躍が目立ち、初めて来校したものは
誰もが迷ってしまう、一種のラビリンス迷宮として名高い、県立五ツ川高等学校。

五ツ川高等学校は、学校の所在地五ツ川の地名を、そのまま校名としたものです。
五ツ川と言われる地名の由来は明らかではありませんが、以前「押越」と
呼ばれていたころ、この地域には五つの谷戸があり、これより流れ出る谷川が
合流するところから五ツ川と呼ばれるようになったと言われています。
(県立五ツ川高校生徒証序文より抜粋)

そんな五ツ川高校は、文化部の活動が盛んである。
その中でも特に異彩を放っているのが、この情報研究部というわけだ。
主な活動は、校内雑誌の出版とコンピュータを利用した創作活動。
後は、夏場には文化祭に先駆けて、パンフレットの製作といった作業も行う。
通称「CGもMIDIも雑誌も作れるデザイン屋」として、一部の教職員は見ているらしい。
もっとも、ここ最近はそんな雰囲気からは程遠く…

「予算が去年よりも25%カットされました」
「…何ですと?」
3人は面白いぐらい、一斉に反応した。
「そんな!今年の予算でVJソフトを買おうと思ってたのに…」
「ただでさえ、まともに使えるPC少ないんだよ!?」
「せめて全ての台で、『ぽみゅ』…じゃなくて、『Shade』が満足に動く環境が欲しい!!」
一応補足すると、「ぽみゅ」っていうのは、573の「POP’N MUSIC」の練習ソフト。
「Shade」っていうのは、エクスツールス社の定番3DCG製作ソフトの事だ。
「もしかして、部長。あんた、この条件で素直に受諾したのか?」
隆介会計がそういって、涼子に攻め寄る。
「うるさいなぁ。今年の生徒会長、強いんだってば!!」
「生徒会長だって、ただの人間だろ!!お前が色仕掛けなり誘惑なりすれば…」
刹那、会計担当が情報研究部部室を舞った。
「セクハラじみたこと言わないでよ!バカッ!!」という怒号と共に…
涼子は落ち着いて深呼吸をすると、話を続けた。
「まぁとにかく25%カットされる方面で話は続いています。ただし…」
「ただし?」
3人は涼子に詰め寄る。
「えっと、規定数の新入部員を入れて、来年以降も安定した活動が続けられるのならば、
その限りではない…らしいよ」
「規定数って何人?」
真樹が聞いてくる。
「6人。但し幽霊部員は除く…だそうよ」
「6人集まれば、予算は大丈夫なんだな?」
「そういう事。ていうか、そう言ってるじゃん」
部員達のハイテンションぶりに付いていけなくなった涼子は、もはや何回目だか
分からない溜息を吐いた。
「よし。我々の未来のために、目指せ!!6人勧誘!!」
「おー!!」
気が付けば、3人組はハチマキを付けて部室の外へと突貫した。
何処から引っぱり出したのか、手には「来たれ新入部員」と書かれたタスキや、
「新入部員募集中」と書かれたノボリを抱えている。

文化部の法則2:文化部には、得体の知れない物が転がっている。
           粉砕バットや8インチFDドライブなどが良い例だ。

「…おーい。ま、いいか。
真樹ちゃんがいるから、善悪の判断ぐらい容易につくだろうし…」
涼子は冷めた眼差しで、パソコンのディスプレイへと向かった。
「〆切まで、あと3日か…」

「よく考えたら、生徒会の横暴だよね」
真樹がポツリと呟く。
「ただでさえ4人しかいないのに、6人も新入部員を集めろって無理っぽくない?」
透は深く考え込み、ポンと手を叩いた。
「確かに普通に考えれば一筋縄では行かない。
だがしかし!!我々には第3コンピュータ室というまだ見ぬ領域がある!!
コレを餌にすれば…」
「3コンって、やっぱ駄目っていう話に…」
「それじゃ、1コンを…」
「それはパソコン研究部が…」
大いなる野望を持った織田信長の様な表情で打開策を提案する透に、隆介が冷めた様にツッコミを入れまくる。
「…そうだっけ?」
「あんた副部長だろ?しっかりしてくれよ…」
透は再び深く考え込んだ。
「情報研究部という部活があるという事を、派手にアピールできれば良いんじゃない?」
真樹はさらっと提案した。
「そりゃそうだろうけど…具体的に…」
「そうね。例えば…」
真樹は懐から、先月作成した雑誌を取り出した。
「これを活用してみる。1年の各教室の教卓の上に置いておけば、
少しはアピールできるんじゃない?」
「試してみる価値はあるかな?」
「やって無駄ではないと思うけど…」
『うーん』
全員が一斉に考え込む。
「とりあえず、やってみようか?」
「そうだな」
全会一致で、とりあえず方針は決まった。

…現実は厳しかった。
1年生の教室がある4階には、2人の教職員が見回りを続けているようだった。
「そういえば、1年のクラスにPRを貼っていこうとする部活が、毎年のように出て来るって  
話を聞いた事があるけど…」
真樹の言葉に、2人は沈黙した。
「それで、あの警備状況かよ…」
「全く。先公連中も何を考えてるんだか…」
3人の横から、別の声が聞こえてくる。
「…何だ。漫研の武山と、パソ部の金井じゃないか…」
「…漫研じゃなくて、イラストレーション部だ!!」
武山と呼ばれる男子学生が、必死に否定する。
「あー!!そういえば、パソ部が1コンを占拠したらしいじゃないか!!」
「何を言ってるんだ!?早い者勝ちだろ?いい加減にしろ!!」
次々といがみ合いが始まる。

文化部の法則3:基本的に文化部同士での確執は無い。
           あるとすれば、個人的な怨恨である可能性が非常に高い。

言い争いをしている男子連中に紛れて、真樹は溜息を吐いた。
「こらっ!お前達!!そこで何をしている!!」
見回りの教職員に見つかってしまったようだ。
敏捷度ボーナスで2D。目標値は14。
「何だよ?それ」
気にするな。何となく言ってみたかっただけさ。
敵は、現国担当「高柳 昭仁」先生(32)
根っからの熱血教師で、高校時代に応援団長をしていたという事を自慢としている、
なかなかのナイスガイだ。
1メートルほどの竹尺を手に、凄い勢いで5人に向かって走ってくる。
「武山!!俺の為に死んでくれ!!」
透は、横を走っている武山の足に足払いを仕掛ける。
不意の攻撃を受け、体勢を崩した武山は、その場に倒れ込んでしまった。
「グッドラック!TAKE…」
「君のことは忘れないよ…」
透と隆介、そして金井の男子学生3名の目からは、一筋の光が見えたとか見えなかった
とか…

「…城之崎!!アリバイ工作を頼む!!」
4人が大慌てで部室に戻ってきたのを見て、涼子は唖然とした。
「1人、増えてない?」
「いや。むしろ1人犠牲になった」
涼子の問いかけに、隆介が返答をする。
「ていうか、なんで金井君がこんな所にいるの?」
「気にしない方面で」
金井はハンカチで汗を拭いながら、そう言った。
「そういや金井。パソ部も予算カットなのか?」
隆介が金井に聞く。
「ああ。大した成績を上げていない文化部には、全般的に言い渡されたみたいだよ」
「それでも、1コンを奪取できたんだからいいじゃん」
透が、さり気なく毒突く。
「大した成績を上げた文化部なんてあったっけ?」
「え〜と。目立ったことをしたのは放送部…ぐらいかなぁ」
2号館と3号館の間を、まるで大きな川が流れてるような、そんな感覚を透は覚えた。
「あんた達、一体何をしてたの?」
涼子が4人に事情を聞く。
「1年の教室に侵入して、冊子を置いていこうとして…」
「現国の高柳に見つかって、武山が犠牲になった」
ありのままである。
「武山君も可哀想に…」
涼子は遠い目をしながら、そんな事を呟いた。
「さて、とっとと次の作戦を考えよ…」
「貴方達。5時だから、もう部室閉めるわよ」
3人(+α)に、涼子から非情の言葉が投げかけられた。
「ここん所結構残ってたから、たま偶には顧問孝行もしておかないとね」
「確かに。最近ずっと、顧問を泣かせきりだったからな」
3人(+α)は、涼子の提案をあっさりと聞き入れた。
「日誌を書かないといけないね。
金井君。ちょっと名前を書いてくれる?」
「俺も数に入れるんかい!」
真樹の一言に、金井は思わずツッコミを入れた。
「ま、いいけどさ。名前ぐらい」

文化部の法則4:日誌に名前を書いてしまえば、即入部である(少なくともこの部は)

「よっしゃ!まず1人!!」
「大成功!」
「25%カット脱却からの第一歩!!」
「あくまでも新入部員であって、新入生って言ってないから
一応オッケーなんだよね」
部員それぞれ(涼子含む)は、声を大にして盛り上がった。
「貴様らちょっと待て!!何を考えている何を!!」
「如何にして新入部員をゲッチューして…」
「我らの希望である予算をがっぽり貰うかに決まっているだろうが!!」
金井の問いかけに、真樹と透が答える。
この2人、パートナーとしての相性は良いようだ。
まぁ、表向き恋人同士なので、当然相性が良くなければやっていけないのだが…
「あと5人か。よし、俺にいい手がある!!」
「何!もう俺は新入部員なのか!?ちょっと待てぇ!!」
叫く金井を横目に、透は打開策を提案した。
「え?それはちょっとヤバいんじゃないの?」
「確かに、マナーに反する作戦だとは思う。
まぁ、俺と高坂で行って、何も起こらなければ、それは幸運の女神も認める、正しい
行為だという事だ」
透は根拠のない自信満々で力説する。
「そんな無茶な…」
「コーヒー零しただけで天誅な神様が、そんな事認めると思ってるのか」
「でも、まともな方法じゃ、あと5人も集めてられないぜ」
「それもそうだね。試しにやってみようよ」
真樹は乗り気である。
「よし、明日の放課後、1−1の前に集合だ!!」
「おー!!」
やる気満々な透と真樹を見て、隆介と涼子は「勘弁してくれ」と言いたげに溜息を吐いた。

実を言うと、「高坂 真樹」にはノロイが掛けられている。
ノロイ…といっても、大昔のネズミが主人公のアニメに出てくる悪役ではない。
ましてや、動作がのろ鈍いわけでも…あるかも。
とにかくそう言ったことではなく、呪いである。
内容は冒頭で語ったとおりだが、補足しておくと、良い行いをすれば、その分だけ運も
良くなる。逆もまた然り。
彼女の場合は普段からボーっとしていて、自分でも意識しないうちに悪い行動をし、
そして運が悪くなる。そして不幸は雪だるま式に膨らんでいくという、悪循環を
辿っているのである。
彼女が呪いを解くための唯一の方法が、恋人と共に、愛の力で克服するという事らしい。
詳細は、前号のSTANに掲載されている「UNHAPPY GIRL」をご覧頂きたい。

翌日 放課後。
「はいはい。そこの君、もう何処の部活行くか決まった?」
「え?い、いえ…」
「君は情報コースの生徒かい?」
「あ、はい。一応」
「それじゃ、パソコンを使って色んな活動をしている、情報研究部がオススメだよ」
「じょ、情報研究部?」
「ほら、とりあえず、この雑誌を見て。これ、皆部員の手作りなんだけど…」
「へ、へぇ。凄いですね」
「今、部室見学をしたら、素敵なオリジナルCDをプレゼント!!
この機会を是非お見逃…」
刹那、透の頭上を非常口表示が襲った。
「あー、これかぁ。勝柴先生、これですよ。ほら、ネジがゆるまってたんだ…」
1年担当の教職員が、工具箱を持ってその場へやって来た。
「あ、ホントだ。まぁ、1年生に当たらないでやれやれですよ」
どうやら、3年生は大事にされていないらしい。
透にも、言いたいことは沢山あった。だが、体が言うことを聞かない。
(死ぬって、こんな感じなのかな。前号で同じ事があった気がするけど…)
そう思っている(だけの)透の足を引っ張って、真樹はそそくさと撤収した。

数分後、透を担いだ真樹が、部室に帰ってきた。
「幸運の女神様は、透には微笑まなかったみたいね」
「透にも呪いが伝染ったか?」
涼子と隆介は、冷めた眼差しで透を見つめた。
透は先程から「HAHAHAHAHA!グランパ、元気そうで何よりだ!!」と、
訳の分からないことを呟いている。
「充分、逝っちゃってるな」
「ていうかむしろ、『逝ってよし』的な勢い?」
涼子はそう言って、ディスプレイの前で黙々と打ち込みをする。
「おじいちゃんがー、おじいちゃんがー、逃げてー…」
「じゃかあしいわボケェ!!」
透の不可解な独り言が耳についたのか、隆介はついキレてしまった。
「ハッ!俺は今まで、何を…」
隆介の大声で、透の意識が回復した(らしい)。
「えっと。9×6=36、1192作ろう鎌倉幕府、アイウィッシュアイワーバード…
よし!大丈夫!!」
大丈夫な人間は、こういう事で自我が保てているかどうかの確認をしない。
しかも掛け算間違えてるし…
「9×6って54じゃない?」
「…」
真樹の指摘を聞いて、透は荷物を担いだ。
「どうも調子が悪いんで、今日は帰らせてもらいます」
「い、いや。お好きな様にどうぞ…」
透は頭を押さえながら、そそくさと帰っていった。
「1人脱落…か」
金井がポツリと呟く。
「っていうかあんた、いつの間に来た!?」
「最初からいたけど?」
隆一の問いに、金井はケロッとした顔で答えた。
「もしかして俺達、ミステリアスな奴を入れちゃった?」
「…みたいね」
隆一と涼子は溜息を吐いた。
「ところでさぁ。真面目な話、新入生オリエンテーションの対策をしないの?」
落ち込む2人を見ながら、真樹は聞いた。
「…忘れてた!!明日、新入生オリエンテーションがあるじゃん!!」
「これが私達がアピールする、最後のチャンスになりそうね」
さっきから落ち込んだり盛り上がったり、大変な人々である。

同時刻 1号館4階 イラストレーション部部室
「武山君、武山君…」
「ん?どうした、モロマチ諸町?」
高柳氏に捕獲され、昨夜7時頃に釈放された武山は、部室にこもって明日の
オリエンテーションの為に簡単なイラストを描いていたところで、イラスト部部長
「諸町 冴子」に声を掛けられた。
「昨日、高柳さんに捕まったんだって?」
「ああ。パソ部の金井と、情研の3人が、俺を犠牲にして逃げ出しやがって…」
「へぇ…」
諸町は黙って、武山の首を絞め始めた。
「ま、まぁ待てよ諸町。お、俺はむしろ、ひ、被害者…」
「武山君がドジ踏んじゃったお陰で、私達全体のイメージダウンに繋がっちゃったかな
なんて…」
武山、もはや落ちる寸前である。
「さて。この部員総取り合戦は、ほぼ全ての文化部がライバルになっちゃうのか…」
諸町はそう呟いて、武山の首から手を離した。
「面白そうじゃない。イラスト部の意地を見せてあげるわよ…」
“女帝”と呼ばれる由縁となっている不適な笑みを漏らしながら、
諸町はガッツポーズを決めた。

更に同時刻 2号館3階 生徒会室では…
「最近の文化部は全体的に堕落してきているから、今回の件は良い刺激になるだろう。
この五ツ川高校生徒会会長『沢口 武』、学校の体質改善のためなら死ねる!!」
何やら怪しげなオーラを発しつつ暴走している生徒会長に向かって、
副生徒会長「桜井 千鶴」がさらりと一言。
「本心は?」
「仕方なかったんや〜。設備更新とかで、各部活にまで予算を工面出来なかったんや〜」
「…生徒会長。弱すぎです」
桜井は眼鏡を正しながら、静かに呟いた。
「せやかて、1コンの3分の1以上のパソコンが、突如としてぶっ壊れたんやで。
しかも物理的に…」
沢口はそう言って、頭を押さえた。
「信じられませんよね。パソコンが鈍器で粉砕されたなんて…」
「あまりにも阿呆らしゅうて、一部の生徒にしか知れ渡っとらへんし…
 お陰で今回の提案、関係者から相当ブーイング喰ろうとる…」
「私、廊下でイラスト部の部長に睨まれましたもん」
桜井が溜息を吐く。

「生徒会長。そんなに泣かないで下さい」
「うう。かんにんなぁ、桜井クン…」
「いえ。私、生徒会長のためだったら、どんな苦労も辞さない覚悟ですから…」
「さ、桜井クン。わいは…」
「駄目です、生徒会長…ああッ」

「なーんて…」
「桜井クン。どうでもええけど、その妄想癖は何とかしといた方がええで」
顔を赤らめていかがわしい妄想をしている桜井に、沢口はツッコミを入れた。
「とにかくや!!今回の事で文化部は頑張っとるみたいやし、明日の新入生
 オリエンテーションが楽しみやな!!」
ヤケクソになりながら、沢口は言う。
「どうでもいいんですけど、横浜の高校の生徒会長が関西弁喋るのって、
ビジュアル的にちょっと…」
「ええやん、別に。わい、広島出身やし…」
「じゃあ、せめて広島弁で喋って下さい」
桜井が静かに、それでも確実に核心を突く一言を連発している。
「そがぁなこゆわれても、急に変える事なんて出来んけぇのぉ」←広島弁
「…もういいです」

もういいらしいので、もういっちょ。同時刻 3号館3階 パソコン研究部部室
「部長金井は何処に行ったーッ!!」
パソコン研究部副部長「中西 健」が、部屋の中央で大声で叫いている。
何処となく、暴走した某汎用人型決戦兵器っぽい雰囲気である。
その様子を、椅子や段ボール箱で作ったバリケード越しから、2年生の部員「松下 知美」が伺っている。何とも異様な雰囲気である。
「何か用事があるとかで、情研部の方に…」
中西の問いに、松下がバリケードを隔てた反対側から答える。
「部長不在で部会が出来るか!とっとと呼んでこいボケェーッ!!」
「は、はい…」

そんでもって同時刻 3号館2階 情報研究部部室
「金井先輩!部会が始められませんから、早く来て下さい!!」
部室のドアを蹴破りかねない勢いで、松下が登場する。
「おお、松下後輩。今日も元気印だな」
「ありがとうございます!」
松下は反射的に、チェキなポーズをとった。
「…じゃなくて、今日は明日の新歓対策部会ですよ!早く来て下さい!!」
「おっと、長居をしてしまったね。早く行かないと、中西君が怒っちゃうな」
「もうキレてます」
場が沈黙した。
「中西君っていうと、あの無口な中西君だよね?うちのクラスの…」
真樹が口を挟む。
「中西君って普段温厚な分、こういう時になるとキレちゃって…
ここだけの話、1コンのパソが更新されたのも、中西がバットで16台粉砕…」
「か〜な〜い〜せ〜ん〜ぱ〜い〜…」
松下は恨めしそうな声で、金井に攻め寄る。
「何だかんだ言って、文化部って女が強いのね…」
一応言っておくと、そんなことはないのであしからず…
「そ、それじゃ、日誌にも俺の名前を…」
重い音と共に、いつしかドアは閉まっていた。
視界にあるのは、数え切れぬ水たまりだけ(ハルジオン)
「さて。落ち着いたところで、明日の係決めをしちゃおっか」
涼子は手を叩いて、くるりと振り向いた。
「…ステージに立って何か言うのは、私がやるとして…」
「それじゃ、部室のセッティングをしてる」
真樹がそう言って手を挙げる。
「それじゃ、真樹ちゃんは立石君と一緒に、セッティングをしてて」
「は〜い」
「…俺は?」
隆介が涼子に聞く。
「そうね〜。神田君は…私の後で踊ってて♪」
「何ですと!? Σ( ̄ロ ̄|||」
予想もせぬ答えを聞いて、隆介は呆然としている。
「それと、確か立石君が作ったVJ素材があったよね?
いっその事、あれも使っちゃお。情研部が何やっているか、一目で分かると思うし…」
話はトントン拍子で続いて行くが…
「あれ?文化部の紹介は、1回につき1分以内だって…」
「えッ!?」
真樹の一言に、涼子と隆介の表情は瞬間冷却された。

…そんなこんなで、果たして新入生を迎え入れることが出来るのだろうか。
次回、「僕達の未来略奪大作戦 Vol.2 〜新入生オリエンテーションの乱〜」に続く。

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