

白と黒の闘い	冴樹翼
～プロローグⅣ～『白と黒の闘い』ウィングロードとグランブルーが対峙している。ウィングロードの全身からは光が溢れ出ている。グランブルーは黒い闇を身体に鎧のように纏っている。「グランブルー、貴様を…倒す！」ウィングロードが跳んだ。「それでこそだ！ウィングロードッ！！」グランブルーは右腕の剣状の闇を構えた。「ぁぁぁああああ！！」地面ギリギリで足が着かないぐらいの場所をウィングロードが駆ける。互いに得物を振り下ろす。フリューゲルとグランブルーの闇が交差し、弾ける。辺りが白に黒にとフラッシュする。「くらえぇ！！」弾かれてもなお勢いを止めないウィングロード。その突撃はグランブルーを通り抜けた。「隙だらけだ」黒い泡となったグランブルーの一部が剣を形作り、斬りかかる。左前方に倒れこむようにしてその一撃をかろうじて避ける。次の瞬間の、黒い泡がグランブルーの形に具現化するのと、起き上がりざまのウィングロードの斬り上げは、ほぼ同時だった。見事に右肩の部分の黒い泡が飛沫となって飛び散る。その黒い泡は地面に溶け込み、グランブルーに返る事はなかった。「ふフ、フフ、ふ、ハはははハはハハハはハハはハはハハはハハハは！！」グランブルーが心底可笑しいといった感じに笑う。「ソレの斬れ味ハ相変わらずだナ、ウィングロード！！」一瞬前の笑いが嘘の様に、全てを凍り付かせる様に場の空気が変わる。ウィングロードが剣をグッと力を込めて握った。工事途中のドーム内に入ってきていた陽の光が、グランブルーの周囲に渦巻く闇で完全に遮断された。「ククク、アノ時にはあった月ガ、今は完全ではナイ。さあドウスル！？ウィングロードッ！！」周囲の闇が千の槍となり、次々にウィングロードへと襲い掛かる。まず、一番早く飛び出した右の二本を払い落とし、左から来る三本を僅かに身体を後方に逸らしてやり過ごす。真正面から来る一本を剣で打つように跳ね返し、左の二本と混ざって軌道がズレる。「…ツバサよ！！」フリューゲルの輝きが増し、左から来た五本の闇が取り込まれるようにその光に吸い寄せられていく。そのまま右から来た三本の闇と共に散らす。「ぐッ！？」そこで後ろから二つの闇がウィングロードに刺さる。痛みと、その傷から身体中が侵蝕されるような感覚に一瞬自分の状況を忘れそうになる。その直後、二つの闇をさらに上回る大きさの闇が襲い、再び現実に戻された。「ちッ、見逃した奴か！！」ウィングロードが自分の失態を悔いると、目を閉じた。刺さった闇が抜け落ち、変わりに背中には翼状の光が出来上がった。「…手抜きは駄目か、なら本気で行くぜ！　この『赤の世界』で終わりにしてやる！！」第四章『新木文将』 ……… ちゅんちゅん、と鳥の囀りが聞こえてくる。辺りは夜の暗さからは当の昔に抜け出し、朝になっていた。布団で横になったまま、眠るように目を閉じている。あくまで、『眠るように』だ。いや、『眠れるように』の方が正しいかもしれない。実を言うと俺こと新木文将は寝ていない、というか寝れないでいた。何故か？それは簡単、昨日やったゲームの続きが気になるのだ。話はそろそろ終わり頃に差し掛かった辺りだと思うのだが、主人公と共に戦場を生き抜いた戦友が立ちはだかってきた。戦友は敵の肩を持つ主人公を「他の奴には殺させたくない」と言い、自分が乗り出してきたらしい。いかにもアイツらしい考えだと思う。さすがにこの展開は予想できなかったが。っと、違う違う。寝なきゃいけない、なにせ時間がもう朝の… 「６時半！？」ピピピピピピピピ… 飛び起きると同時に時計が鳴り出した。う～む、寝た実感は無いが、時間が飛んでるような気もする。たしかやめた時間が２時半頃だから… ぼんやりと考えながらも時計を止めて、さっと着替えを済ませた。洗面台に行き、パシャリと水を顔にかける。今日はこれで目が覚めた。 …やっぱり寝てないかもな。そう思いつつ居間に入ると、焼き魚の微妙な臭いがした。想像通り、食卓には鮭がのっていた。「そういえばあんた、もう少ししたら社会見学じゃないの？」嫌いな鮭を一刺ししたら、母さんがそんなことを聞いてきた。「社会見学？聞いてないけど…」記憶中に社会見学という言葉は…ある。しかも今日だ。「…忘れてたでしょ？」顔色を見て、母さんはこっちの心情を察したようだ。「はい、これ。机の上に置きっ放しだったわよ」一枚の『社会見学について』とでかでかと書かれたくしゃくしゃになったプリントをテーブルの上に出す。「…えーっと、なになに？」一通り目を通し、大体を把握する。時間は９時、集合場所は駅の改札口、行き先は八子浜と言う街だそうだ。行動はグループで自由（前以って計画し、計画案を提出すること）帰りは八子浜駅２時集合。これだけ知っていればいい。「これ、用意しといたよ…っと！」母さんが椅子の後ろから旅行用の大きな、いや巨大なバッグを出した。「ま、これぐらいは必要よね。あとは遭難した時のためにカンパンとか、毒蛇に噛まれた時のために解毒剤とか、逆に撃退するために毒ナイフとか…他にもいろいろ用意できるけど？」「いや、これ以上必要ないよ。そもそもこのバッグはない思う」「そう？これでも厳選されたサヴァイヴァルグッズが入ってるのよ？」 …これまでの話で察している人もいるだろうが、母さんの趣味の欄には『サヴァイヴァル』と書かれている。父さんは父さんで現在、秘境探検の真っ最中だそうだ。ここ１年位連絡が途絶えている辺り、またどこかで行き倒れになってるかもしれない。なんでこんな変な両親から俺のような奴が生まれたのだろうか、と真剣に悩んだこともあった。結局答えは『親と自分は他人でしかない』で落ち着く。別に血が繋がってない訳ではない。本当の親子のはずだ。『他人』というのは自分の考えに干渉しない人のことである。親の影響を受けずに自分で独自に育った、という感じである。そのため、若干ひねくれた性格になった俺がいる。「じゃあもう一度、８時半まで寝るよ。用意は自分でするから」「…これは持って行かないの？」さも当然の疑問のように旅行用バッグを指差している。「ふわぁぁあ、ねむ」母さんの言葉を無視し、欠伸して部屋に戻った。「…はぁっ、はぁっ」走る、走る、走る、ちょっと休む、走る、走る、休む、歩く、走る…。時計はじき９時を指す。まあ、強いて言えば寝過ごしそうになったって事。寝る前に持っていくバッグの準備をしていて良かった。あんなもの、持っていける訳がない。走りながら簡単に持ち物チェックする。時計…ＯＫ、財布…ＯＫ、家の鍵…ＯＫ、ＭＤ…ＯＫ？「あ、しまった！」持ってきたＭＤはボタンを押しても反応しない。「…いわゆる電池切れという奴だ」ちょっとゲーム中の男の声真似をしながら心の中で密かに笑った。かなりの渋さを誇るあのキャラが電池切れとか言っているのだ。これが笑わずにいられるかってもんだ。 …ふぅ、街中の見学が暇なものでなければ良いがな。さて、駅が見えてきたぞ。駅に着いても、生徒は疎らだった。「…遅いで、新木クン」「すいません、遅れました…」関西弁の外人と陽と他３名の生徒がすでに待っていた。驚くべきことに、その中には女子が２名もいた。「あんまりに生徒が早く来るから、集まった班はもう向こうに行ってる」陽が静かにこの状況を説明してくれた。なるほど、納得。「ほな、行くでー」さっさかさー、という効果音でもつきそうな勢いで先をいくロバートを追って改札を通る。「何してるんや！走れ！電車もう来てるんや！」ロバートがこっち来いというジェスチャーを遠目に見ても分かるくらい大振りにやっている。はぁ、走り通しで疲れてるのに…。「そういえば、僕らはどこに行くんですか？」「そりゃ、もちろん『紅堂』や！」電車に乗った途端、微妙に隅に追いやっていた疑問を口にする。とりあえず、来てた電車には乗れた。「紅堂と言えば、『隠れた中華料理の名店だ！』と君が騒いでいたあの紅堂の事？」「せや。紅堂にわいはずっと行きたかったんや！」ロバート、お前の意見か…。「ロバートがあんな剣幕で力説するから、俺らまで気になってきてさ」グループの一人が言うが、俺はどんな剣幕か知らない。放課後に行き先について話し合っていたらしいが、電子科学部の方に行っていて、しかも決定したという事すら聞いていなかった。まぁ、俺は睦革とは違う街並みを見ることができるという事自体が楽しみなので行き先なんて何処でもいいのである。「ここが八子浜や！！」「あんまり大声だすな。田舎者丸出しだぜ」すかさず、グループの一人が叩く。「いや、あんまりにも嬉しいんでつい…」「紅堂はこっちだ」冷静に陽が歩いていく。「なぁ陽、ここに来たことあるのか？」隣を歩きながら、変な事を聞いたな、と思う。高校生ならば、まぁここぐらい来ていても不思議ではない。というか、俺でもない限り来た事無い奴なんていないと思うが。「オレは初めてだが？」へ！？まじ？と言いたいところをグッと堪えて、「そうなんだ。実は俺も」なんて当たり障りのない会話に仕立て上げる。「わいも初挑戦や！」「何に挑戦するんだ？え、おい」すかさず、クラスメイトの一人が叩く。「もちろん紅堂や！」ケタケタ笑っている、満面の笑みのロバートはそうそう拝めないだろう。そこは中華料理店よろしく、赤色にまとめられた店だった。内装は八角形のホール型の大部屋に壁に沿って七つ、真ん中に二つの、木で出来た、これまた八角形のテーブルが置いてある。当然椅子も八つあり、座る部分が八角形になっていた。注文は済んだ。後は料理が来るのを待つだけ。中央が回転するテーブルで、料理も多人数向けのが多かった。続々と料理が揃う。マーボー豆腐、餃子、焼売、老麺（ロバートの単品）、炒飯などなど。最後に饂飩が置かれ、全て揃ったところで皆で手を合わせる。「「「「いただきます」」」」ロバートは皆が「い」と言った瞬間に老麺に口をつけていた。麺を一頻り啜ると、そのまま俯いた姿勢で固まった。 …これはお約束と心で分かりつつも声をかける。「大丈夫ですか？」ロバートが顔を上げた。「うまいっ！！」「そうですか、それは良かった」炒飯を椀に盛ってから、一口食べる。瞬間、背筋が凍るように冷たくなった。それから周りの音がだんだん遠退いていくように耳に届かなくなっていく。湧き上がる感覚は吐き気。コノリョウリハナニカオカシイただその言葉だけが脳を支配する。決して『美味い』という感覚ではない。これは圧倒的な違和感。現実では有る筈の無い、異世界の産物。現実では有ってはならない、異次元の異物。このままではマズイ、自分が犯しくなってしまう。この状況の打破を最優先に――――… 急に周囲に音が戻り始める。「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」荒い息遣いが聞こえる。それが自分のものだと気づいたのはそれからどれ位経った後だろうか。「大丈夫か？文将」陽の声だけが唯一はっきりと聞こえる。まるで陽の声の音量だけが上がっているみたいに。パシッ、と頭の上で静電気が弾ける。それで脳が通常と同じように機能し始める。ガバッ起き上がると、皆なにも気にしない様子で食を進めている。 …いや、一心不乱に食べている？つまり、他の事を気に出来ないでいるようだ。「なぁ、陽？」陽はまったく箸を持っていなかった。「どうした？文将。この状況についての説明は不要だろう？」「…陽？」今の陽の台詞に何か違和感を感じる。口調？発音？速度？だが、今は内容に注目しなければ。 …それで思い出した。 ―――湧き上がる感覚は吐き気。 ―――コノリョウリハナニカオカシイ ―――これは圧倒的な違和感。そうだ、今の状況といい、さっきの込み上げてきた感覚といい、なんなんだ！？この料理は！？「お気づきになりましたか…」後ろを向くとシェフ帽を被った小太りの中年男性が立っていた。ガタン、と思わず席を立った。「一体何なんです？この料理は」「あなたが初めてですよ。私の料理を食べて、自力で立ち直った人間は」「つまり、料理に何か毒でも仕込んだって事ですか？」なら母さんから解毒剤ぐらい貰ってくれば良かった。「まぁ、そうなります。厳密に言えば物ではありませんが。そしてその事を知ってしまったあなたの記憶を…」男性が妙なポーズを取る。足を蟹股にし、手を中途半端に頭の辺りに万歳の間隔で上げている。あと、微妙に猫背。「操作させていただきます！！」ナニカの意思が流れ込んでくる。物凄い吐き気がする。物凄い耳鳴りがする。物凄い頭痛がする。三つの違和感に身体がオカシクナル。 ――ダメダ、ダメダ、ダメダ！！介入を阻止、相手の感覚を逆に―――… 目を開けると、目の前に俺がいた。その事柄に驚くより先に、身体に違和感を感じる。先ほどではないが、妙に重いというか…。この身体の手を見て気が付いた。この格好はさっきの男性の物だ。つまり、俺の意思が男性に移っているということか。なら、この男性を通して皆を元に戻せるのか？ポーズを思い出す。蟹股で、手を頭の辺りに万歳の間隔で上げて、猫背にする。 …この後どうすればいいのだろう？記憶が流れ込んできた。この身体を操っているという事は脳の機能も自分と連結している状態ってことか。では、さっそく実行―――… バタン、と俺の椅子の後ろで男性が倒れた。「ん？なんや？」食べる手を止めてロバートがこちらを見る。「さぁ？分からないな。貧血持ちのコックさんかもしれない」「それにしても急に倒れはしないやろ」もう一度、老麺を口に含む。「しっかし、噂って案外当てにならんなぁ。この程度だったなんて…」料理は『まぁ、普通』程度のものだった。
～あ・と・が・き～ども、自分勝手な冴樹翼です。前号では休止って言ったんですが、都合、この回で一区切りがつくので短期間の締め切りの中、書き上げました。今度こそ、休止にするので『続く』とは書きません。書いてるうちに文将の能力はどんどん曖昧さを増す一方。中年男性「紅　空円（ほん　くうぇん）」さんは名前すら出なかったし。能力について詳しく語ろうとも思ったんですが、ページが足りない。というより、初めの部分が長くなりすぎた。プロローグの方も最後がいっぱいいっぱいなんですよ。こんな適当な文章を「好きだ」と言ってくださる方はまずいないだろう。なんだか、最近「空の境界」読んでるせいか、大分影響を受けてるし。では、またきたる日を期待しないで待っていてくれたら嬉しいな…。冴樹翼 Music　ダ・カーポ～第2ボタンの誓い～／D.C.

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白と黒の闘い	冴樹翼
～プロローグⅣ～『白と黒の闘い』ウィングロードとグランブルーが対峙している。ウィングロードの全身からは光が溢れ出ている。グランブルーは黒い闇を身体に鎧のように纏っている。「グランブルー、貴様を…倒す！」ウィングロードが跳んだ。「それでこそだ！ウィングロードッ！！」グランブルーは右腕の剣状の闇を構えた。「ぁぁぁああああ！！」地面ギリギリで足が着かないぐらいの場所をウィングロードが駆ける。互いに得物を振り下ろす。フリューゲルとグランブルーの闇が交差し、弾ける。辺りが白に黒にとフラッシュする。「くらえぇ！！」弾かれてもなお勢いを止めないウィングロード。その突撃はグランブルーを通り抜けた。「隙だらけだ」黒い泡となったグランブルーの一部が剣を形作り、斬りかかる。左前方に倒れこむようにしてその一撃をかろうじて避ける。次の瞬間の、黒い泡がグランブルーの形に具現化するのと、起き上がりざまのウィングロードの斬り上げは、ほぼ同時だった。見事に右肩の部分の黒い泡が飛沫となって飛び散る。その黒い泡は地面に溶け込み、グランブルーに返る事はなかった。「ふフ、フフ、ふ、ハはははハはハハハはハハはハはハハはハハハは！！」グランブルーが心底可笑しいといった感じに笑う。「ソレの斬れ味ハ相変わらずだナ、ウィングロード！！」一瞬前の笑いが嘘の様に、全てを凍り付かせる様に場の空気が変わる。ウィングロードが剣をグッと力を込めて握った。工事途中のドーム内に入ってきていた陽の光が、グランブルーの周囲に渦巻く闇で完全に遮断された。「ククク、アノ時にはあった月ガ、今は完全ではナイ。さあドウスル！？ウィングロードッ！！」周囲の闇が千の槍となり、次々にウィングロードへと襲い掛かる。まず、一番早く飛び出した右の二本を払い落とし、左から来る三本を僅かに身体を後方に逸らしてやり過ごす。真正面から来る一本を剣で打つように跳ね返し、左の二本と混ざって軌道がズレる。「…ツバサよ！！」フリューゲルの輝きが増し、左から来た五本の闇が取り込まれるようにその光に吸い寄せられていく。そのまま右から来た三本の闇と共に散らす。「ぐッ！？」そこで後ろから二つの闇がウィングロードに刺さる。痛みと、その傷から身体中が侵蝕されるような感覚に一瞬自分の状況を忘れそうになる。その直後、二つの闇をさらに上回る大きさの闇が襲い、再び現実に戻された。「ちッ、見逃した奴か！！」ウィングロードが自分の失態を悔いると、目を閉じた。刺さった闇が抜け落ち、変わりに背中には翼状の光が出来上がった。「…手抜きは駄目か、なら本気で行くぜ！　この『赤の世界』で終わりにしてやる！！」第四章『新木文将』 ……… ちゅんちゅん、と鳥の囀りが聞こえてくる。辺りは夜の暗さからは当の昔に抜け出し、朝になっていた。布団で横になったまま、眠るように目を閉じている。あくまで、『眠るように』だ。いや、『眠れるように』の方が正しいかもしれない。実を言うと俺こと新木文将は寝ていない、というか寝れないでいた。何故か？それは簡単、昨日やったゲームの続きが気になるのだ。話はそろそろ終わり頃に差し掛かった辺りだと思うのだが、主人公と共に戦場を生き抜いた戦友が立ちはだかってきた。戦友は敵の肩を持つ主人公を「他の奴には殺させたくない」と言い、自分が乗り出してきたらしい。いかにもアイツらしい考えだと思う。さすがにこの展開は予想できなかったが。っと、違う違う。寝なきゃいけない、なにせ時間がもう朝の… 「６時半！？」ピピピピピピピピ… 飛び起きると同時に時計が鳴り出した。う～む、寝た実感は無いが、時間が飛んでるような気もする。たしかやめた時間が２時半頃だから… ぼんやりと考えながらも時計を止めて、さっと着替えを済ませた。洗面台に行き、パシャリと水を顔にかける。今日はこれで目が覚めた。 …やっぱり寝てないかもな。そう思いつつ居間に入ると、焼き魚の微妙な臭いがした。想像通り、食卓には鮭がのっていた。「そういえばあんた、もう少ししたら社会見学じゃないの？」嫌いな鮭を一刺ししたら、母さんがそんなことを聞いてきた。「社会見学？聞いてないけど…」記憶中に社会見学という言葉は…ある。しかも今日だ。「…忘れてたでしょ？」顔色を見て、母さんはこっちの心情を察したようだ。「はい、これ。机の上に置きっ放しだったわよ」一枚の『社会見学について』とでかでかと書かれたくしゃくしゃになったプリントをテーブルの上に出す。「…えーっと、なになに？」一通り目を通し、大体を把握する。時間は９時、集合場所は駅の改札口、行き先は八子浜と言う街だそうだ。行動はグループで自由（前以って計画し、計画案を提出すること）帰りは八子浜駅２時集合。これだけ知っていればいい。「これ、用意しといたよ…っと！」母さんが椅子の後ろから旅行用の大きな、いや巨大なバッグを出した。「ま、これぐらいは必要よね。あとは遭難した時のためにカンパンとか、毒蛇に噛まれた時のために解毒剤とか、逆に撃退するために毒ナイフとか…他にもいろいろ用意できるけど？」「いや、これ以上必要ないよ。そもそもこのバッグはない思う」「そう？これでも厳選されたサヴァイヴァルグッズが入ってるのよ？」 …これまでの話で察している人もいるだろうが、母さんの趣味の欄には『サヴァイヴァル』と書かれている。父さんは父さんで現在、秘境探検の真っ最中だそうだ。ここ１年位連絡が途絶えている辺り、またどこかで行き倒れになってるかもしれない。なんでこんな変な両親から俺のような奴が生まれたのだろうか、と真剣に悩んだこともあった。結局答えは『親と自分は他人でしかない』で落ち着く。別に血が繋がってない訳ではない。本当の親子のはずだ。『他人』というのは自分の考えに干渉しない人のことである。親の影響を受けずに自分で独自に育った、という感じである。そのため、若干ひねくれた性格になった俺がいる。「じゃあもう一度、８時半まで寝るよ。用意は自分でするから」「…これは持って行かないの？」さも当然の疑問のように旅行用バッグを指差している。「ふわぁぁあ、ねむ」母さんの言葉を無視し、欠伸して部屋に戻った。「…はぁっ、はぁっ」走る、走る、走る、ちょっと休む、走る、走る、休む、歩く、走る…。時計はじき９時を指す。まあ、強いて言えば寝過ごしそうになったって事。寝る前に持っていくバッグの準備をしていて良かった。あんなもの、持っていける訳がない。走りながら簡単に持ち物チェックする。時計…ＯＫ、財布…ＯＫ、家の鍵…ＯＫ、ＭＤ…ＯＫ？「あ、しまった！」持ってきたＭＤはボタンを押しても反応しない。「…いわゆる電池切れという奴だ」ちょっとゲーム中の男の声真似をしながら心の中で密かに笑った。かなりの渋さを誇るあのキャラが電池切れとか言っているのだ。これが笑わずにいられるかってもんだ。 …ふぅ、街中の見学が暇なものでなければ良いがな。さて、駅が見えてきたぞ。駅に着いても、生徒は疎らだった。「…遅いで、新木クン」「すいません、遅れました…」関西弁の外人と陽と他３名の生徒がすでに待っていた。驚くべきことに、その中には女子が２名もいた。「あんまりに生徒が早く来るから、集まった班はもう向こうに行ってる」陽が静かにこの状況を説明してくれた。なるほど、納得。「ほな、行くでー」さっさかさー、という効果音でもつきそうな勢いで先をいくロバートを追って改札を通る。「何してるんや！走れ！電車もう来てるんや！」ロバートがこっち来いというジェスチャーを遠目に見ても分かるくらい大振りにやっている。はぁ、走り通しで疲れてるのに…。「そういえば、僕らはどこに行くんですか？」「そりゃ、もちろん『紅堂』や！」電車に乗った途端、微妙に隅に追いやっていた疑問を口にする。とりあえず、来てた電車には乗れた。「紅堂と言えば、『隠れた中華料理の名店だ！』と君が騒いでいたあの紅堂の事？」「せや。紅堂にわいはずっと行きたかったんや！」ロバート、お前の意見か…。「ロバートがあんな剣幕で力説するから、俺らまで気になってきてさ」グループの一人が言うが、俺はどんな剣幕か知らない。放課後に行き先について話し合っていたらしいが、電子科学部の方に行っていて、しかも決定したという事すら聞いていなかった。まぁ、俺は睦革とは違う街並みを見ることができるという事自体が楽しみなので行き先なんて何処でもいいのである。「ここが八子浜や！！」「あんまり大声だすな。田舎者丸出しだぜ」すかさず、グループの一人が叩く。「いや、あんまりにも嬉しいんでつい…」「紅堂はこっちだ」冷静に陽が歩いていく。「なぁ陽、ここに来たことあるのか？」隣を歩きながら、変な事を聞いたな、と思う。高校生ならば、まぁここぐらい来ていても不思議ではない。というか、俺でもない限り来た事無い奴なんていないと思うが。「オレは初めてだが？」へ！？まじ？と言いたいところをグッと堪えて、「そうなんだ。実は俺も」なんて当たり障りのない会話に仕立て上げる。「わいも初挑戦や！」「何に挑戦するんだ？え、おい」すかさず、クラスメイトの一人が叩く。「もちろん紅堂や！」ケタケタ笑っている、満面の笑みのロバートはそうそう拝めないだろう。そこは中華料理店よろしく、赤色にまとめられた店だった。内装は八角形のホール型の大部屋に壁に沿って七つ、真ん中に二つの、木で出来た、これまた八角形のテーブルが置いてある。当然椅子も八つあり、座る部分が八角形になっていた。注文は済んだ。後は料理が来るのを待つだけ。中央が回転するテーブルで、料理も多人数向けのが多かった。続々と料理が揃う。マーボー豆腐、餃子、焼売、老麺（ロバートの単品）、炒飯などなど。最後に饂飩が置かれ、全て揃ったところで皆で手を合わせる。「「「「いただきます」」」」ロバートは皆が「い」と言った瞬間に老麺に口をつけていた。麺を一頻り啜ると、そのまま俯いた姿勢で固まった。 …これはお約束と心で分かりつつも声をかける。「大丈夫ですか？」ロバートが顔を上げた。「うまいっ！！」「そうですか、それは良かった」炒飯を椀に盛ってから、一口食べる。瞬間、背筋が凍るように冷たくなった。それから周りの音がだんだん遠退いていくように耳に届かなくなっていく。湧き上がる感覚は吐き気。コノリョウリハナニカオカシイただその言葉だけが脳を支配する。決して『美味い』という感覚ではない。これは圧倒的な違和感。現実では有る筈の無い、異世界の産物。現実では有ってはならない、異次元の異物。このままではマズイ、自分が犯しくなってしまう。この状況の打破を最優先に――――… 急に周囲に音が戻り始める。「はぁっ…はぁっ…はぁっ…」荒い息遣いが聞こえる。それが自分のものだと気づいたのはそれからどれ位経った後だろうか。「大丈夫か？文将」陽の声だけが唯一はっきりと聞こえる。まるで陽の声の音量だけが上がっているみたいに。パシッ、と頭の上で静電気が弾ける。それで脳が通常と同じように機能し始める。ガバッ起き上がると、皆なにも気にしない様子で食を進めている。 …いや、一心不乱に食べている？つまり、他の事を気に出来ないでいるようだ。「なぁ、陽？」陽はまったく箸を持っていなかった。「どうした？文将。この状況についての説明は不要だろう？」「…陽？」今の陽の台詞に何か違和感を感じる。口調？発音？速度？だが、今は内容に注目しなければ。 …それで思い出した。 ―――湧き上がる感覚は吐き気。 ―――コノリョウリハナニカオカシイ ―――これは圧倒的な違和感。そうだ、今の状況といい、さっきの込み上げてきた感覚といい、なんなんだ！？この料理は！？「お気づきになりましたか…」後ろを向くとシェフ帽を被った小太りの中年男性が立っていた。ガタン、と思わず席を立った。「一体何なんです？この料理は」「あなたが初めてですよ。私の料理を食べて、自力で立ち直った人間は」「つまり、料理に何か毒でも仕込んだって事ですか？」なら母さんから解毒剤ぐらい貰ってくれば良かった。「まぁ、そうなります。厳密に言えば物ではありませんが。そしてその事を知ってしまったあなたの記憶を…」男性が妙なポーズを取る。足を蟹股にし、手を中途半端に頭の辺りに万歳の間隔で上げている。あと、微妙に猫背。「操作させていただきます！！」ナニカの意思が流れ込んでくる。物凄い吐き気がする。物凄い耳鳴りがする。物凄い頭痛がする。三つの違和感に身体がオカシクナル。 ――ダメダ、ダメダ、ダメダ！！介入を阻止、相手の感覚を逆に―――… 目を開けると、目の前に俺がいた。その事柄に驚くより先に、身体に違和感を感じる。先ほどではないが、妙に重いというか…。この身体の手を見て気が付いた。この格好はさっきの男性の物だ。つまり、俺の意思が男性に移っているということか。なら、この男性を通して皆を元に戻せるのか？ポーズを思い出す。蟹股で、手を頭の辺りに万歳の間隔で上げて、猫背にする。 …この後どうすればいいのだろう？記憶が流れ込んできた。この身体を操っているという事は脳の機能も自分と連結している状態ってことか。では、さっそく実行―――… バタン、と俺の椅子の後ろで男性が倒れた。「ん？なんや？」食べる手を止めてロバートがこちらを見る。「さぁ？分からないな。貧血持ちのコックさんかもしれない」「それにしても急に倒れはしないやろ」もう一度、老麺を口に含む。「しっかし、噂って案外当てにならんなぁ。この程度だったなんて…」料理は『まぁ、普通』程度のものだった。
～あ・と・が・き～ども、自分勝手な冴樹翼です。前号では休止って言ったんですが、都合、この回で一区切りがつくので短期間の締め切りの中、書き上げました。今度こそ、休止にするので『続く』とは書きません。書いてるうちに文将の能力はどんどん曖昧さを増す一方。中年男性「紅　空円（ほん　くうぇん）」さんは名前すら出なかったし。能力について詳しく語ろうとも思ったんですが、ページが足りない。というより、初めの部分が長くなりすぎた。プロローグの方も最後がいっぱいいっぱいなんですよ。こんな適当な文章を「好きだ」と言ってくださる方はまずいないだろう。なんだか、最近「空の境界」読んでるせいか、大分影響を受けてるし。では、またきたる日を期待しないで待っていてくれたら嬉しいな…。冴樹翼 Music　ダ・カーポ～第2ボタンの誓い～／D.C.

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