6.「骸骨は踊る」
「そういえば、気のせいだとは思うんだけど」
歯切れの悪い口調で。
「さっき、庭で骸骨の幽霊を見た。……って言ったら、信じる?」
いったん部屋に帰った雅史がそんなことを言いに帰ってきた。
「はぁ? 骸骨?」
おいおい。雅史は酔っぱらっちゃいねーはずだが。そこに転がる関西人とは違って。
「んなわけねーだろが。見間違いだ見間違い」
「あはは。そうだよね。……でも、確かに人影みたいなのを見たと思うんだけれど。誰か、今庭に出てる人、いるかな?」
「庭って……、誰も出てったやつはいねぇぜ?」
俺達は玄関ホールのすぐ目の前にあるソファに座っていた。いくら調子が悪いと言っても、もし階段を上り下りしたり、玄関を出る人影があれば当然、気がつく。じーさんもいるしな。
「そうだよねえ。こんな時間に、わざわざ表へ出る人がいるはずないし。でも、本当に見たんだよ。リビングに行ったときに」
雅史の話によれば、さっきレミィ達の様子を見に行ったとき、昼にレミィがネイチャーウォッチングをやっていたあの山へと続く庭に、骸骨のような姿が一人立っていたという。
……つーかそんときに言えよ。もう零時になって十分は経ってら。
「暗かったし、そんなにはっきり見えたわけじゃないんだけど、変だなあと思って」
「うーむ」
じーさんは別に雅史の台詞をまじめに聞いてるわけじゃなくて、単に将棋の長考だ。俺の王手をかわす手を探しているらしいが、実は俺の玉もあと一手でたぶんヤバい。
「……よし、一応、見てみるか」
そう言って俺は腰を上げた。少し動いた方が、気分の悪さも変わるかもしれないからな。雅史もついてくる。じーさんは考えている。気づいてくれるなよ……。
リビング。
二人がかりで占めたあの雨戸は幸い開いていたらしく、窓に掛かっていたカーテンを開けるとすぐに外が見えた。部屋から漏れる明かりしか光源がないので暗く、近場以外はほとんどなにも見えないが。むしろ真っ暗で星明かりだけの方が見えたな。こりゃ。
「本当に骸骨がいたのかよ」
「うーん。確かに見たと思ったんだけどなあ」
雅史も自信なさげになってきた。
「やっぱ、ただの見間違いじゃねーのか?」
「幽霊とかだったら、面白いよね」
爽やかに笑いながら言うこっちゃねーだろ。あー。頭痛い。
……さっきからなんか、引っかかってるんだが。なんだろ。
「でも、気になるよね。ひょっとしたら誰か外へ出たのかもしれないし。一応、みんな中にいるかだけでも確認しない?」
「面倒くせぇなー」
ブツブツ言いながら階段へ戻る。あかりは目が覚めてさっきから将棋に口を出したりしていたのだが、「どうして熊はないのかな」「熊がいたら強いと思うよ」「熊の駒。ぷぷっ」等々、俺達が無視するに十分な根拠を持った意見だったので検証されていなかった。
邪険にされた不満からか少しは目の覚めた様子のあかりに比べ、委員長はすっかり酔いつぶれている。こいつが起きてみていたらたぶん俺達の名勝負はメッタクソにけなされているだろうから、正直起きて欲しくない。
「やっぱり、お、お化けかなのかなあ」
雅史の報告を聞いてビクビクするあかり。
「なわけねーだろ」
一つ、ハタいてやった。じーさんの言ってたとおりなら、ここは築20年。別に死人が出たこともねーみてーだし、化けて出る必要性のあるやつがいねーって。
そのじーさんは、どこまで続けても単なる泥仕合の様相を呈してきた将棋を中断する気になったらしい。実は俺は助かる。
「お嬢さまが出ていらしたのかもしれんな」
と早速立ち上がる気配だ。気にしすぎだと思うがなー。
「先輩が降りてきたら気がつくって。ほとんど階段見張ってたようなもんなんだから」
「でも、浩之ちゃん、もし先輩だったら大変だよ」
「だから。俺達ずっとここにいたろーが。どうやって先輩が表へ出られるんだ?」
「えっ、とー。窓から落ちたとか……」
やっぱり酒で頭がやられてたか。まあ、考えがまとまらないのは俺も同じだが。
「まあ、念のためお嬢さまのご様子を見てくるとしよう。もうおやすみだとは思うが」
心配性のじーさんはもう階段を登りはじめている。
「僕は、琴音ちゃんの部屋を見てくるよ」
結局、雅史はさっきからそれが心配なんだろーが。俺はなー。ちらりと横に目をやる。
「あ、浩之ちゃん。秘密の通路があるのかもしれないよ。先輩、ひょっとしたらそれに落っこっちゃってたり」
ま、こいつは大丈夫だろう。委員長は気持ちよさそうに寝息を立ててるし、俺も一応二階へ行ってみるかな。
「山の中だし、熊が出た可能性も捨てきれないよ。熊。会いたいね。熊」
無視、無視。
「琴音ちゃん、部屋にいたよ」
二階に上がると、雅史がわざわざ報告に来た。無事が確認できて嬉しそうだな。
「先輩は?」
「今、セバスチャンさんが」
じーさんは先輩の部屋をノックして外から事情を説明しているようだった。しばらくすると、ピンクの水玉パジャマ姿の先輩が出てくる。
……そーいや、パジャマ着てるのって先輩とじーさんだけか。他のメンツはみんなただの部屋着だな。寝る気ねーのか……。いや、俺もか。
えーと、うん。先輩も無事だな。レミィとマルチはリビングに転がってるし。
「雅史、やっぱりお前の見間違いだな」
まあ、取り越し苦労で済んで良かったけどな。眠そうな先輩に謝りながら、俺が簡単に事情を説明しはじめた時。
「浩之、立ち話もなんだし、みんなでリビングに行こうよ」
と雅史が言った。まあ、それもそうか。立ってるの辛いし。
そんなわけで俺達は階段を降りてあかりと合流し、動くのは嫌やとだだをこねる酔いどれ関西人は打ち捨て、リビングの、雅史が骸骨を見たという窓のところへ集まった。
「あの、何があったんですか?」
すぐに当惑顔の琴音ちゃんもやってきてこれでめでたく全員集合だ。転がってる奴等は除く。
身振り手振りを交えての雅史の説明が終わると、聞いていた先輩が不思議ですね、と呟き、じーさんはやはりそういった幽霊話にはまったく心当たりがないと再度首を傾げた。
「何度も申し上げますが、新しい建物ですし。事件めいたことなど起きたこともございませんでしたから」
「そうなんですか。うーん。やっぱり、僕の見間違いだったみたいだ。お騒がせしちゃって、ごめんなさい」
雅史が申し訳なさそうに謝っている。ま、ちょっとは面白かったから俺は別にいいけどな。さて、寝よ寝よ。
「……あれ? ねえ、レミィは寝てるんだろうけど、マルチちゃんはどうしちゃったの?」
さすがに皆そろそろ休もうかと動き出したとき、あかりがすでに爆睡のレミィの隣のソファで充電中だったマルチに気づいた。俺達が事情を説明している横で、先輩がマルチに近づいていく。
「でも、マルチちゃんってロボットなのに、充電忘れたりするのかなあ」
「いや、わかんねーぞ。なんせマルチだからな。……って、どしたんだ? 先輩。……え? ちょっと調べてみたいことがあるって? なにを?」
先輩は説明するのが不得手なのか、しばらく考えてじーさんになにやら耳打ちした。
「……はっ。かしこまりました」
指示を受けてじーさんが部屋を出ていく。 しばらくして、じーさんはたぶんマルチ用のツールボックスを持って帰ってきた。マルチの耳カバーの外側のパーツを外して、中の端子とリビングのビデオデッキをケーブルで繋ぐ。
「……え? ああ。なるほど。マルチの視覚データ記録を再生するわけか」
成る程な。最後までこのリビングにいた人間の中で、俺とレミィは単に酔いつぶれただけだったが、よく考えてみれば、何の理由もなくマルチがオーバーヒートってのはやっぱおかしい。
先輩は、ひょっとしたらその原因が雅史の見た骸骨にあるのかも、と思ったらしい。幽霊を見てビックリして倒れるマルチ。うーん。言われてみればありそうで仕方がない状況だぜ。
「……え? なんだって? もしマルチの映像記録に骸骨が映ってれば、これはとても貴重な映像です、だって?」
確かに、それはそうだな。……え? 霊が確認できたら皆で黒トンガリ帽を被って(放送コード上不適切なのでカット)べる儀式……。
聞こえない、聞こえない。悪い。先輩。聞こえないことにしてくれ。
……マルチ。オーバーヒート。なんか、思い出しそうなこともあるんだが、考えると吐き気がするのでパス。
じーさんがあかりの証言とカウンタを手がかりに巻き戻して、あかり達が引き上げていったという九時半頃のデータを呼び出す。
俺も気分の悪いのを忘れて最前列で興味津々、映像に見入っていた。
そう。そこに何が写っているかも知らずに。もしそこに映し出されるものを知っていたなら、俺は決してその部屋に留まってはいなかったろう……。
――ああ。地獄の蓋が開く。――