銀天盤9999HIT感謝作品
(※この作品には、Tactics作品「ONE」のネタバレが含まれています。椎名繭周り。それでも構わないという方のみ読み進めてください)
「2010」
なんとも不本意な理由で詳しくなってしまった公園。家の近所というわけでもないのに。
そこのベンチでぼんやりと頬づえをついて、どうしよっかと回らない頭で考える。腕組みしてみたり両足を伸ばしてみたり。とにかく、この状況を打破せねば。
しかし、気がつくと手には棒っきれを握って地面に絵など書いていたりする。意味のない記号。意味のある記号。意味のある方は表意文字。
『椎名繭』
(なにをやってるんだ俺は……)
げしげしと靴の裏で地面に書いた名前を消す。無意識のうちにその名前を刻み込んでいたという事実。末期的症状だ。
そう。
俺は恋をしていた。いつも学校で見かけている彼女に。
計画は単純だった。いや、陳腐だった。そして穴だらけだった。今やそれは認めざるを得ない。
要するに、彼女は犬が好きなのだ。そして自分は幸い犬を飼っている。
学校でさりげなく、そんな話題を振ってみた。話しかける前に掌中のメモを三度確認し、昨晩から鏡の前で練習していた素っ気ない口調で、これ以上なくさりげなく。
クラスメートからは、「お前、バレバレだよ」「また、難儀なのを……」「幼女趣味?」などと後でさんざん茶化されたが、ともかくさりげなく。
そして彼女から、一度見てみたいという一言を引き出すことに成功していた。どしゃ降り。繰り返す、どしゃ降り。タリーホー! 作戦は成功だぁ! そんな喜び大連隊の一斉パレード開始を必死で押しとどめ、「まあ、機会があれば」とクールに流したのが昨日のことだ。
そして今日。日曜日。
まさか学校へ犬を連れて行くわけにはいかない。いきなり犬と共に登校する自分。彼女の前に立って一言。
「これ、うちの犬。こないだ言ってた」
阿呆か俺! なんでいきなり犬連れて学校に!? 考えろよ、俺!
そして思いついた計画はまさに悪魔の精密さ。まずは犬の散歩に出かける。そして彼女に偶然出会い、「これ、うちの犬。こないだ言ってた」。
これだ! まさにこれだ!
学校ではさすがに他人の目が気になって、正直ゆっくり話すこともできないが、外でとなれば話は違う。犬を挟んで立ち話。日が暮れるまで! いやさそれは無理だとしても五分くらいは。
……五分はちょっと弱気か。その辺はまあ流れで。うん。
思い立ったが吉日と、愛犬を連れて飛び出したのが今朝のこと。犬の話をふって昨日の今日ではちょっと早かったかとも思ったが、今日は偵察、偵察気分ということで。
強行偵察に化ける可能性ももちろんあるわけだが。
今日日珍しく律儀に作られているクラスの連絡名簿。ここ数日で暗記してしまった彼女の住所。「ストーカー紛いが!」と世間中から非難をあびているような気分でビクビクしながら、その地区の公園を目指す。
ここを中心にウロウロしながらうっかり彼女に出会うのを待つというサイアクに消極的な作戦。何週間も続ければそのうち……、という自分の度胸の無さが前面に押し出された素敵に失敗しても言い訳一杯で痛くない作戦だ。
ああ、また打たれたときのことばかり考えている。
でもしょうがないじゃないかと開き直る。彼女と、彼女と俺が両想いになることなんて考えられないし、もし凄く幸運に嫌われてない程度には好かれていたとしても、その先へ進むには二人の間には障害がありすぎる……。
などと悲劇ぶっていたのがいけなかったのだろう。久々の遠出散歩でハッスルしていた愛犬は、公園についてちょっと水を飲んでいる間にどこぞへ消えてしまった。そのうち出てくるだろうと、十分待っても二十分待っても帰ってこない。逃げたというのは考えられないが……。
(もしや、迷ったか!?)
あり得る。そんな気が。
急に不安になって名前を呼びながら探し始めた。少し回ると、戻っているのではと期待を持って公園へ帰る。まだだ。では今度はあっちを見てみよう。……いない。公園には……、戻ってないか。じゃあ、向こうを……。
……。
気がつけば、案内図の縮尺に不満が募るほどこの公園に詳しくなってしまっていた。捜索開始から一時間が経とうとしている。
(楽しい出会いどころじゃなくなったなぁ……)
実際にはそれほど動いたわけではないのだろうが、焦りは疲れをいや増す。下手に動くよりは待つしかないと腹を決めてここに座っていたはずなのに、いつの間にか犬のことより彼女のことを考えていた。急に膨らむ罪悪感。
子犬の頃からのつき合いだ。こんな風にいなくなるなんて考えたこともなかった。事故にでも遭っていたらどうしようか。俺が妙な色気を起こしたばっかりにこんなことに……。
……と。
「ワン!」
「おちあい!」
「『おちあい』?」
(今の声!?)
振り向いた視界に確認した、舌を出して嬉しそうに飛び跳ねている「おちあい」。そして、紙袋を小脇にその手綱を握る、サラリと長い髪に眼鏡をかけた、クラス担任でもある古文教師……。
(マズっ! つーかなんでこのタイミングでっ!?)
慌てて踏み消した地面の名前をもう一度確認する。自宅からでは「ちょっと散歩」とは言えない距離にあるこの公園に来ている言い訳も確認。感づかれてはならない。感づかれてはならない……。
「「おちあい」って、この犬? なんでまた人名の、それも名字を……」
漢詩を朗読するときと同じ、重みのある鈴を転がすような声で聞かれると、今は授業中ではないとわかっていてもついつい答えは緊張する。
「ええと、うちの、犬が、子供がその生まれました。それがこう、生まれたばっかで上手く育たなくて、親犬も死んじゃって、あの、出産で。それで、獣医さんが面倒見てくれたんですけど。おちあいの。でも、律儀な人で「おちあいさん家の犬」って呼び名で呼んでたらしいんですよ。そしたら本人、それが自分の名前だと思っちゃって。家では「ケーン」って名前もつけたんですけど、全然反応しないで、それでその、「おちあい」ってことに、なりました……」
通っているだろうか。論旨は。
急に不安になって語尾が小さくなる。俺は今、一人でわけのわからないことを言っているダメさんなんではなかろうか。先生も困っているのではなかろうか。
「そうなんだ。「人に歴史あり」ってやつだね。な? おちあい」
ポン、ポン、と頭をなぜられて気持ちよさげなおちあい。どうやら俺の言っていたことは伝わっていたらしいとホッとする間こそあれ。
「ところで、落合君って三枝町でしょう? なんでこんな遠くまで」
そう。
クラス名簿を作ったのはこの人なのだから、当然知っているのだ。住所は。
「あー、とですね……」
用意してあった、何種類かの言い訳。そのうちの一つをピックアップして、この場を凌げばいい。簡単なことだ。そう、怪しまれることもないだろう。
しかし、何故かそれは躊躇された。答の代わりに聞いてみる。
「つーか先生、なんでおちあいと?」
「ああ。先生の家、この近くでね。日曜はお昼を作るのが面倒だったりで、買ってきて済ませちゃうことが多いんだよ。で、通りを歩いてたらおちあい君が。……っと、犬の方のおちあい君ね。が、ウロウロしてて」
だからといって何故わざわざ、と思っているのが顔に出たのだろう。苦笑しながら、迷い犬の面倒見るのは趣味なんだ。と断って続ける。
「で、飼い主のところまで連れてってあげようと思ったら、おちあい君、ファーストフードの前で動かなくなって。これはお腹がすいてるんだろうと思って、ちょっと買って出たら今度は急に公園へ駆けだしたんだよ」
御飯は君と食べたかったんだろうね、と柔和な笑みを浮かべるその顔。その表情をを見ていると、自然に言葉が口をついて出た。すらすらとはいかなかったけれど。
「実は、その、気になってる人がこの近くに住んでるんですよ。それで、ウロウロしてたら会えるかなー、なんて思ったんですが。それで、家からは遠いんですけど、遠いっていうほど遠くはないんですけど、まあ散歩がてらというか……」
へどもどと、つっかえつっかえ、やっとの思いでそこまでを口にする。
「おお? 恋愛相談? 先生で役に立てるかなあ……」
言いながら、ベンチの隣を指し示す。「あ、どうぞ」と場所を空けると、「このあたりに住んでるうちのクラスの女子は……」と数名の名前を挙げながら紙袋から包みを取り出している。実に、実に楽しそうに。
「いやあ、若い人は良いねえ。先生にも若い頃があったよ……」
「しみじみさを演出しないでくださいよ。まだ若いんですから……」
「いやいや。初々しい恋愛などは遥かに」
「って、先生、初恋、とか、は?」
ほとんど全力を。
振り絞ってのその質問を投げかけた俺には、その時の相手の表情を観察する余裕はほとんどなかった。
ただ。
「あー……」
ほろ苦い微笑、だったように思う。
「私の初恋は……、そう。落合君の参考になるかわからないけれど……。私は、若い頃はとにかく頭が悪くて……。ああ、ダメだな。どこから話そう。……長く、なるよ?」
だから食べながらゆっくり、ね。
そう言って、先ほどから手のひらに乗せていた紙包みを手渡してくる。
「たくさんあるから遠慮しないで食べてね。こっちのおちあい君のぶんもあるし」
何故そんなにもと疑問に思うほど、大きな紙袋から次々に出てくる同じ紙包みを開いて。
「いただきます」
礼儀正しく言ったあと、お行儀悪く一口かぶりつく。
『みゅー……』
思わず漏れたといった感じの、満足げに小さな一言。
「……飲む物ないと、辛いッスね」
幸せそうな笑顔に見とれていた自分が急に恥ずかしく思えて、俺はそんな憎まれ口を叩きながら視線を逸らした。
目の前では、そんな俺の様子をそしらぬ顔でおちあいが、俺達と同じくてりやきバーガーをパクついている。よくぞこの人を連れてきてくれたと、あとで大いに誉めてやらねばなるまい。
袖をそよがす風、一日はまだこれからの、梅雨晴れの空の下。
彼女と二人で。
いやさ、おちあいも。
(Fin)
あとがき
ご本人の希望とはいえ、犬に人間の名字で呼ぶのはなんか抵抗ありました。なんかスマンです。
「彼女」についてですが、頑張って先生になろうと猛勉強して目ぇ悪くして、あと髪は女の子っぽくなりたくて伸ばしたのではないかと。決してyoung属性に合わせたわけでは! おちあいさんが「彼女」のファンだったはずなので、リクエストにあった「おちあい」という名の犬と「彼女」を両方出そうと苦心したりしなかったり。
最初は、繭シナリオの最後の方で繭が飼い主を捜す犬が「おちあい」っていう名前だったという感じで書いていたのですが、ヤツ、確か別な名前がついていやがったような気がしてやめました。
タイトルの意味は……、説明するのも何だし。
仕掛けのチープさに目をつぶるとそこそこ読める駄文になるかと。どうでもよいがこれって初の記念HITリクエスト作品なんだな。今までなにやってたんだ俺。
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