SUZUKI GSXR1100 ’87

88年式GSXR1100 初期型






愛知県最南端の伊良湖岬。
この野郎が 持ち主です。(すぐ下の弟)
このエンジンをカウルで隠すのはもったいないのひとこと。
今見ても最高にかっこいい一台です。
向こうに見えるのがもう一人の弟の愛車だったZX10最初期型。
GSXRを持ってしても追いつけなかった、世界最速の市販車。
この2台は必ず手に入れるつもりです。






GSXR1100 87年式 130PS  89年に59万円で購入 現在もかろうじて生息中。
写真は前の仕事をやめて今の仕事に就く前に、瀬戸大橋へ行ったときのものです。(淡路島から和歌山へ向かうフェリー)
じつはこれ、弟のものなんですが、このバイクが私に大型自動二輪の免許を取らせたといっても過言ではありますまい。
だのに、私が免許に合格する前に弟も免許を取りに行き、しかも私より早く受かってしまい、よりによってこのバイクを買ってしまったのでした。
そのせいで私は、合格した後もしばらくVFR400Rとつきあい続けることとなったのです。
しかし今でもこのバイクはベストワンです。
130psのパワーは使い切れるエンジン性格のおかげで必要十分。5速ミッションでも不満はなし。
3000回転以下の目盛りがないタコメーターは、通常まったく動きません。
速度にして80km/hを越したあたりからかろうじて動き出すのですが、動き出したからと言って、ZX10のようにしがみつかないといけないような事態は起こりません。フロントタイヤが地面からすーっと離れたことさえ気づかないほど、アクセルに忠実にトルクを出してきます。一度交差点で左折して、アクセルをあけていったら、バンクしたまま前輪が浮き上がり、後輪だけで曲がってしまいました。普通だったらパニックです。でもそのとき、ヘルメットの中で、満面笑みをたたえていました。ガッツポーズをしたかったぐらい。
全開しても怖くありません。400ccのトルクをそのまま3倍ぐらい図太くしたようなエンジンです。
ゆっくり走れば燃費もいいしね。このときはリッター24km走りました。
ずごごごというエンジン音も空冷らしくて最高。
軽い車体、強力なブレーキ、楽なポジション、(ただし2型以降は前傾がきつくなり400みたいでかっこわるい。絶対初期型です)信号で2速でさえウィリーするトルク。・・・くそっ、チャンスがあったらうばいとってやる。
ただし、ひとこけ5万円のカウリングはもう手に入りません。部品交換会だけがたよりです。
現在、1型の市場価格は30万円前後。程度のよいものがあれば買いです。(特にカウルのきれいなものは前記した理由により貴重です。)

初期型1100の特徴
と、まあ、わたしにとって、1988年モデルまでがGSXR1100なので、それ以降のモデルにはには触れません。
現況報告

現在このバイクはナンバーを返却して冬眠中。なぜかと言うと、1発(たぶん3番)死んで3気筒なんです。原因不明のまま車検が切れ、弟もあまり乗る気がないみたいで(それなのに、人に譲る気もない。手放さないつもりらしい。)とりあえず、廃車しました。一度キャブを疑ってオーバーホールしたけど、だめ。このときキャブが外れず、大変苦労しました。エアクリーナーボックスがフレームに食い込んでいて、前方にしか動かせないんです。前方には当然エンジンがあるから、エンジンをおろさないとはずれない。この時は、強引にキャブを横に引きぬいたんですが、整備性は考慮されてません。バイク屋で見かけたら、一度どうやれば外れるのか、じっくり考えてみてください。楽しめますよ。
改造は、不細工なマフラーをヨシムラのサイクロンに交換しただけです。このバイクに限って言えば、マフラー以外ノーマルが一番。
ただ、一度だけ、もっとパワーを、と言うシーンがありました。このころ家にカワサキZX10があり、いっしょにツーリングに行ったときのこと。湾岸道路で長いストレートがあったため、競争が始まりました。こちらは130馬力。あちらは137馬力。車重はこっちが軽いから(ZX10は210kgぐらいか)当然互角、と思いきや、ZX10がどんどん前へ逃げていくではありませんか。気がつくと、レッドゾーン。リッターバイクでもパワーが足りないと感じると言うことを、初めて知りました。人間の「なれ」と言う物はすごいですねー。
外観から受ける印象と実際の感触はZX10とまったく逆です。GSXRの空油冷エンジンは最高のツアラー向けエンジンではないでしょうか。逆にZX10のエンジンは7000回転までは400並、7000から9000回転までは750cc並、9000回転以上はロケットみたいで、2サイクルのレーシングエンジンのよう。
購入時の注意点
ツーリングの思いで
上のフェリーの写真のツーリングでの出来事。
時は1月14日。冬なのに関が原に雪がない。
ちょうど仕事をやめ、次の仕事の初出勤まで1週間ほどあったため、瀬戸大橋を見に行くことにし、滋賀県内の名神高速を80km/hでまじめにはしってました。
さきほどから、バックミラーにパンダ模様の車がちらちらしてたから。
ちょっと前に、馬鹿にするように追い越し車線をかっとんでいった、当時出たばっかりのポルシェカレラ2と追いかけっこをしていたため、つかまらなくてよかったあ、と胸をなでおろしながらです。
もうすぐ京都と言うところで、走行車線を80km以下で走っている乗用車をゆっくり抜いた瞬間。
後ろから猛スピードでかっとんできたパトカーが、追いぬきざまに停止命令をだしたんです。
なんと99km/hでつかまってしまったのです。パトカーがついているのを知ってたので、ゆっくり追いぬいたのに。
「いやあ、うまいねえ。1台抜いちゃ走行車線にちゃんともどるんだもんな。違反するのをずっと待ってたんだよ。」
このパトカー、私が滋賀県内に入ってからずっと、3台くらい後をついてきたらしい。約30kmも。
ふ、ふざけんなよ。前行くポルシェは180km/hぐらいでそのままいっちまったんだぞおっ。
滋賀県警。おまえだ。おまえ。70km/hで走ってる車抜くのに80km/hで抜けるかっ。GSX1100だとタコメーターも0をさしてんだぞ。(このころのスズキ車は3000回転以下の目盛りがない。)
一生名神高速の滋賀県内はのらないからなっ。
で、めでたく取ったばかりの大型自動二輪は免停となったとさ。
その日、瀬戸大橋の本州側の鷲羽山ユースホステルに泊まり、一夜空けると、同室だった方々の態度がそっけない。
原因は、それから1年ほどして弟とレースに行き、車中泊したときわかったのですが・・・。私がいびきをかくなんて。
そう言えば、いままでも、同室の人が冷たかった覚えが。
このとき以来、ユースホステルを使えなくなりました。
私が野宿を得意とするのは、こんな理由があったのです。
翌日、馬鹿高い橋の料金にびびり、フェリーで、橋を下から見上げながら、四国へ。
目的は、う・ど・ん。
1杯のうどんを食べたいため、高速代を払い、フェリー代を払い、宿代を払い、払いたくない罰金を払いやってきた四国。
わたって、3時間後、淡路島のフェリー乗り場から四国に別れを告げる私。
もっと予算を持ってくるんだった。しくしく。
結局1杯のうどんの味だけを思い出に、昨日とはうってかわって、雪のちらつく大阪、奈良、三重を震えながら帰ったのでした。
気温0度だとカウリングも役に立たないことを勉強し、1本のホットコーヒーがどれほど暖かいものかを学んだツーリングとなりましたとさ。
めでたしめでたし。

99年5月についに自分のを買ってしまいました。88年式の3本スポークのです。近いうちに紹介します。

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