香港・マカオ3泊4日2008103日〜6日〕

今年も昨年と同じメンバーの東京組(二人)神戸組(二人)福岡(企画者)で現地集合〔香港空港とホテル=東京組みは飛行機の遅れで深夜到着、お疲れ様でした〕、現地解散致しました。参加者数によりますが今年もゴルフ無の観光を中心で楽しみました。私は関西空港1055分発全日空 NH0175便乗る。フライト時間は3時間45分、現地時間の1345分に香港空港へ到着した。時差は1時間。101日は国慶節で一週間の大型連休最中であった為、ホテルは割安の郊外とし〔Tsuen Wan駅〕『遠東帝蒙酒店』に三泊しました。お陰でオクトパスカード〔OCTOPUS〕を購入して地下鉄を自由に乗ることが出来た。

ビクトリアピークからの展望〔昼と夜:マウスを当てて下さい〕

10月3日
  文武廟→→ヴィクトリア・ピーク→→→アバディーン〔サンパン船乗船〕→→紫荊花〔返還の花〕

 
スタンレーマーケット→天后廟黄大仙→→→ヴィクトリア・ピーク〔夜景〕→→カフェ・デコ夕食

10月4日
  マカオポルトガル旅情

香港〔中華人民共和国香港特別行政区〕

1) 面 積:1,104Ku
2) 人 口:6,963,100人/2007年 人口密度:6.350人/Ku
3) 宗 教:仏教、道教、キリスト教
4) 通 貨:香港ドル(HKD)
     関空外貨両替所りそな銀行で1万円を600HKDに交換し352円返却された。
        レイトは1HKD当り16.08円であった。
5) 歴 史
      1839年に第一次アヘン戦争が勃発し1842年の南京条約で香港島がイギリス領となる。
      1941年大東亜戦争で日本軍が香港を占領し1945年の敗戦まで統治する。
    〔日本海軍は香港周辺の海賊退治の名目で香港を侵略した?昭和16年12月10日

        イギリス海軍レパリスをマレー沖の開戦で撃沈した?詳細を勉強したいと思っています〕
      その後イギリスの植民地に復帰したが199771日中華人民共和国へ返還された。
6) 高い建物
   @     国際金融中心・第二期〔88階、415.8m〕
   A     セントラルプラザ〔78階、374m〕
   B     中国銀行タワー〔72階、367.4m〕
   C     ザ・センター〔73階、346m〕
      建設中〔2010年完成予定〕で今後最も高いビルは環境貿易廣場〔108階、484m〕だそうです。

こぼれ話

1)ガイドさんから聞きましたが香港では数字や色が意味を持っているそうです。

    色は 赤色:幸せ、黄色:金、緑色:健康、青色:運が良い
         私の好きな色は黄色であったがこれからは緑と赤を好きになろうと思った。
    数字は 1:No1、2:あなたは、3:生きる、4:死ぬ、5:駄目、6:永遠、7:必ず、
       8:金が廻って来る、9:長生き

         好きな数字はこれから『9』にしょう。

2)香港の人口の内13万人がフィリッピン、インドネシアから来た住み込みのメイドさんだそうです。
  給料は
350HKD/月、休みは日曜日のみ。たまたま、日曜日で皆さん集まっていて服装を見たらすぐ判りました。
3)空港の本屋で広兼憲史の課長島耕作が35HKで売っていました。
4)朝ホテルの近くを散策し駅前の食堂で朝粥トコーヒーを飲みました。公園で太極拳をしている人が多くいました。
  香港の出生率は1000人当たり9,6人と少なく、日本と同じく老人が多くいました。
5)スーパーマッケットは日本製の食料や飲み物が多く置かれていました〔写真参照〕。
6)機内食もビールとワインを美味しく頂きました〔写真参照〕。
7)台風が来ており初日は奇跡的に晴れて楽しむことが出来ましたが二日目のマカオは雨に降られ大変でした。


表:空港の書店、裏:台風予報

表:空港の掲示物、裏:香港通貨

表:朝粥、裏:近くの公園からホテルを見る

ホテル近くの公園〔太極拳?〕

マーケット棚〔日本製が多い〕

全日空機内食

表:地下鉄経路、裏:フィリッピン人メイドさん



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