必見の映画「アクト・オブ・キリング」と「ルック・オブ・サイレンス」

 「ルック・オブ・サイレンス」は2014年に公開された「アクト・オブ・キリング」の続編ともいうべき映画です。
 この二つの映画は、1960年代のインドネシアにおける、共産主義撲滅に名を借りた大量虐殺事件を、ドキュメンタリー風に取り上げています。200万人を超える人々が殺され、殺人者たちは罰されることなく、いまでも権力の座に居座っています。観客は、あらためてその事実を知り、驚愕します。
 1965年、スカルノ大統領の親衛隊の一部がクーデターを起こしました。次期を狙うスハルト少将は、事件は共産主義者が起こしたものとして軍を動かし、事態を収拾しましたが、その後スカルノを追い落として大統領となりました。その背景には、共産主義の拡散を恐れる西側諸国の、暗黙の支援がありました。勿論、殺された人々の全てが共産主義者だったわけではありません。多くの無関係で無実な人々も巻き込まれました。そして、いまもなお、この国では共産主義は非合法であり、殺された人々の子孫は、公けの職に就くことができません。世界最大のイスラム教徒の国インドネシアでは、宗教を否定する共産主義者を背教徒として、排斥しようとする風土が根強く存在します。
 監督のジョシュア・オッペンハイマーによると、被害者に対する取材を始めた当初から、政府や軍当局からの妨害工作があり、製作を断念しかけたところ、加害者側を取材してはどうかという被害者側からの示唆があり、「アクト・オブ・キリング」を完成させたということです。加害者側の取材は、予想以上に順調に運びました。なぜなら、彼らは虐殺行為を恥じていないからです。どのように被害者をかり集めて殺したかと、彼らはむしろ自慢げにとくとくと語ります。
 「ルック・オブ・サイレンス」は、この時の被害者の弟…兄が殺された後生まれた…アディが、加害者を訪れ問いただす過程を、ドキュメンタリー風に収録しています。アディは、眼鏡技師で、視力の衰えた老人たちに眼鏡を作るという名目で近づきます。加害者たちは、すでに映画監督のジョシュアとは顔なじみですが、アディとは初対面です。眼鏡を作っていく過程で信頼を得ながら、注意深く核心に触れる質問をしていきます。訊ね方によっては、自らの命を危機にさらすことになります。なまじかのサスペンス映画では味わえないようなスリルです。質問を続けるアディの、並外れた忍耐力と賢明さに圧倒されます。そして、加害者の家族が示す、とりつくろったような親密さに寒気を覚えます。
 仏教の輪廻では、人は死後六道のいずれか、天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道に生まれ変わるとされています。この映画に描かれたように、人は容易に修羅になり、人間に戻るのすら難しく、まして天道に達するなど到底望みえないことに思い至ります。
 そして唯一救いとも思えるのは、彼の家庭の暖かさでしょうか。父は既に記憶を失い、母はいまでも恐怖の中に暮らしていますが、生きる意欲は失っていません。何よりも心揺さぶられるのは、二人の子供たちとの交流です。
 私は、2008年にインドネシアを旅しています。スカルノやスハルトの独裁は知っていましたが、この事件にはまったく無関心でした。旅行記には、この国と日本の神話の共通性とか、ボロブドール遺跡についてしか記述していません。恥じ入るばかりです。

2015.08.11.記


もとに戻ります。