「貧困のない世界を創る」(ムハマド・ユヌス著)のもたらす感動

 著者ムハマド・ユヌスは、2006年ノーベル平和賞を受賞している。彼の創出したマイクロ・クレジット(無担保小額融資)は、バングラデシュ農村の貧しい人々の自立を支援し同国の貧困軽減に寄与したばかりではなく、世界各国に同種の金融機関を誕生させている。
 彼は、この書の中でソーシャル・ビジネスという企業形態を提唱している。既にダノン社(フランス)と組んでヨーグルト生産を開始し、栄養が不足がちな家庭に格安な価格で届けている。このほか、眼科医療チェーンで白内障手術を始めたと述べている。
 ソーシャル・ビジネスの概念は、まだ定義が確定していない。社会に貢献し、利益の配当を期待しない(出資金は回収できる)事業であればなんでも該当しそうである。換言すれば、あくまでも性善説の世界の話のように思える。
 格安のヨーグルトにしても、購入者が最終消費者かどうか、転売目的で購入するものが将来出てこないかと不安を抱く。事業を拡大して利益を追求したいという誘惑に、将来経営者がかられないだろうか、とも思う。
 ムハマド・ユヌス氏の高潔な人格を疑う者ではない。だが、後継者が彼の高邁な理想を継承していけるだろうか。人間は、彼が思っているほど善良だろうか。だが、この書を読んでいる間ほとんど説得されていた。ユヌス氏の興した事業は、新銀行東京で失敗した石原都知事の対極にある。都知事は一ツ橋を出ていながら経済を勉強しなかったらしい。
 ユヌス氏に対するノーベル賞は当然だとしても、経済賞ではなく平和賞であるところに大きな意義がある。テロは武力では解消し得ないと彼は述べている。豊かな社会からはテロは発生しない。貧困解消が第一優先事項であるという意見に心から賛同する。
 もう一つ、痛快なことがある。
 マイクロ・クレジットという、これまでの社会常識を超えた事業が成功したのは、女性を対象に選んだからである。イスラム教徒の国バングラデシュで、女性を主役にした事業が成功した……ことは、男性優位の概念が単に男性の思い上がりに過ぎないことを証明しているようである。預言者ムハンマドの最初の妻は、彼の雇い主だったことを思い出させる。宗教に救いを求めることを否定はしない。一心に祈る姿は美しくさえある。だが、いかに多くの欺瞞行為が神の権威を借りて世に蔓延っていることか。
 繰り返す。ムハマド・ユヌス氏の高潔な人格を疑う者ではない。彼の提唱するソーシャル・ビジネスの発展を心から祈っている。

2009.01.28.記


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