ご注意:十六夜記の知盛EDではありません。
また、望美が暴言を吐いたり、知盛が動揺(?)したりしていますので、お気を付け下さい。

「……そうだったな」
 私の答えに彼は苦笑を漏らす。
「それほどまでに慧眼でいらっしゃるとは……」
 皮肉まじりの言葉も呑み込んでしまうほど私の顔が深刻だったのだろう。彼の手が私の頬を包んだ。
「あ……」
 気が付いた以上、放置はできない。後悔は運命から逃げ出す種となる。増やしたくない……芽吹かせたくない。今はこのことに集中するべきだ。
 思い切りきつく目を閉じてぱっと開く。まず目に入ったのは彼の戸惑った表情で、少し得した気分になるが、もちろんこれも雑念だから振り払う。
「置いて行ったにしろ、残るって言ったにしろ……大人しくしててはくれないよね?」
「ああ……無理だな、あれには……」
 再び彼の目が翳ったことも無視して、私は続けた。
「荼吉尼天に呑まれてしまうかもしれない」
「荼吉尼天……? ああ、鎌倉にいるという化け物か……くっ、怨霊まで案じて下さるとは……神子殿は本当に慈悲深いな」
 全方向に刺を剥き出しにしたその言葉に一瞬たじろぐが、気付かない振りをする。
「離れてるから大丈夫だと思ってるかもしれないけど、荼吉尼天は政子さんに憑いてるんだよ。頼朝さんと一緒に来てるの知ってるでしょ」
「何……!」
 やっと現実味が湧いてきたのか彼の表情も硬くなる。
「清盛と……黒龍の逆鱗を呑み込んでしまったら……」
「……別にもう……どうでもよいことだ」
 くつくつと嘲笑う彼の瞳はすっかり絶望の闇に覆われていた。私に散々絶望を打ち付けた目だ。
「落ち延びようとしてる人達にも追い付くよ?」
 彼が顔を強張らせたのは一瞬で、あっという間に嘲笑を貼り付けた。
「……それを神子殿が憂う必要がどこに? 怨霊を使った……報い……なのだろう?」

 ――ああ、この人は……。

「……本当に同類なのね、私達」
 今度は私が嘲笑い、彼が真顔に戻る。
「神子……?」
 彼の問いには答えず、私は大きく溜め息を吐くと、思いきり息を吸い込む。
「本当に腹が立ってきちゃった。この世に思いを残した人たちの心を弄んで怨霊を生み出しておいて、散々利用して苦しめて……。その挙げ句に清盛を置き去り? こっちに怨霊発生装置置いて行くなんて、本当にいい気なものね。どうせ……他の怨霊達も追っ手の足止めに使ってるんでしょ? あっちで制御できなくなったら大変だしね」
「…………」
「怨霊も一門だって清盛は言った! この世界を怨霊だらけにして栄華を永遠にしたいんだったら、さっさとみんなで怨霊になればよかったじゃない! やってること……意味わかんないよ……」
 無茶苦茶ことを言っているのはわかっていたが、辿ってきた色んな運命を思い出すともう止められなかった。
「将臣くんも将臣くんだ……譲くんや私を見捨てて、助けたい人だけ助かったら後はどうでもいいの?」
 吐き出してしまった自分の言葉にいたたまれなくなって両手で顔を覆う。

 ――私にはそれを言う資格なんてない。ずっと悪質なのに。

「お前も……矛盾を抱えているのだな」
 掠れた彼の声がとても優しかったから、思わず顔を上げた。彼は海をじっと見つめて誰に言うでもなく呟いた。
「慈悲深さと苛烈な怒りがお前の剣を……清冽にした」
「え……?」
「そして……お前は俺が打ち付けたと言うが、俺から絶望を削いでいった……」
 思いもかけない言葉に何も返せない。
「だから俺は……死ねる……と……思った」
 何かがぱりんと割れたような気がした。割れたところから温かいものが吹き出し、染み渡っていく。初めて会った時の恐怖と憎悪、何度も打ち合う中で味わった絶望――私は彼に何もできなかった訳ではなかったのだ。
「……知盛……」
 彼はびくりと身を震わすと、苦笑混じりの視線を私に向けた。
「お前に名を呼ばれるのは初めてではないが……」
 彼の眼差しから苦笑がさっと消えた。
「お前の名を……呼んでも……いいか?」
「私の名は……」
「望美……」
 私の言葉は塞がれた。

*****

 まだ惚けている私を後目に、彼は立ち上がると波打ち際に近寄った。
「まだ日は……沈まぬか……」
 その言葉にようやく放り投げていた問題を思い出す。
「行かなきゃ……!」
 駆け出した私は彼を追い越そうとしたところで、腕を捕まれ動きを止められた。
「……泳いで行くつもりか?」
 呆れとからかいはあっても、その声音からは嘲りは感じられない。
「お前の矛盾はお前を前に進ませる……か」
「え?」
 またあの顔だ。不意にこれが彼の顔なのだと思い至る。私は彼の名と顔を初めて得たのかもしれない。もっと……。
「じゃあ、あなたの矛盾はあなたを後始末に駆り立てる……かな?」
 彼はしばらく呆気に取られていたようだが、声を上げて笑い出す。こっちの方が驚いた。
「そのようだ。……だが、どうする? 神子殿なれば奇跡すら必然か……?」
「……私の龍は哀しいくらいに優しいから」
「そうだ……な」
 彼は自分の脇腹を押さえた。私が与えた傷はすでに消えていた。
「!……あれ……か」
 彼の視線の先、沈まない夕日の向こうに小さな船影が浮かんでいた。
「みんな……!」

 ――来てくれた……。

 安堵に包まれる前に一瞬感じた落胆は素直に認めておこう。誘惑に負けてしまったけど、私はこれで前に進めるのだから。

 ――私は、白龍の神子……。

Fin

後書き
三点リーダだらけになってしまいました。一人称だし、知盛も喋ってるし、仕方ないと言い聞かせながら「……」打ってました(笑)。大団円EDを迎えられるくらいのベテラン神子が帰還ED寸前で脇道に逸れた感じです。何度も同じことを繰り返してやけになった神子が平家への鬱憤をぶちまける話になってしまいました。続きはいつか書けるといいのですが……。十六夜記Ver.もいずれ。

ひとことどうぞ。足跡代わりにもお使い下さい。

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