優しき風、荒ぶる風


 僕はリーフ様に絶対会うんだ…だから…こんなところで…

 少年は人里離れた山道で、山賊に囲まれて絶体絶命の窮地に落ち入っていた。持っていた魔道書も奪われ、抵抗すらできない。山賊は少年の腕をねじり上げ、あっという間に身の自由を奪った。少年は恐怖と諦観に目を閉じた。その時である。強い風が吹き抜け、少年は解き放たれた。何が起きたのかと目を開けようとするが、風が強くて開けることなどできない。うずくまっているとしばらくして風が凪ぎ、少年はようやく立ち上がり、目を開けることができた。
「これは…」
山賊達は全て意識を失って倒れている。少年は理解できず、呆然と立ち尽くすだけだった。
「ぼんやりしているとまた狙われてしまうよ…」
背後から聞こえる優し気な声に振り向くと、そこには見たこともない魔道書を手にした青年が微笑みながら立っていた。
「怪我はないようだね…」
その言葉にやっと状況を掴んだ少年は慌てて青年の許へ駆け寄る。
「助けていただいてありがとうございます!」
深く頭を下げる少年に青年は思わず苦笑を浮かべる。
「礼など要らないが…どうしてこんなところに?もしかしてさらわれたのか?」
「お願いします!僕をあなたの弟子にして下さい!僕は…どうしても強くなりたいんです!」
「悪いが私は旅の途中なのだ。だから君に教えてあげることはできない…」
「僕も旅をしています。途中まででも構いません!お願いです…僕に力を…」
「まさか…君は一人で旅をしているのか?」
涙を溜めて頷く少年に青年はつい同情してしまった。
「もしよかったら事情を聞かせてくれないか?」
 少年が涙ながらに語ったことは、はぐれてしまった友人を探して二年前から一人で旅をしていること(時には同行者がいたらしい)、そして少年には身寄りがいないこと…。青年はその境遇にますます同情してしまった。
(せめて次の村までは連れていくべきだろう…)
「私はマンスターへ向かうつもりだが、君はどこへ行くつもりだったんだい?」
「…あてはないのです…。ですからマンスターまででも構いません。お供させていただけませんか?」
少年の態度に好感を覚えた青年は、
「それなら一緒に行こうか…。私の名はセティ。君は?」
「アスベルです。どうかよろしくお願いします」
 アスベルは意識を失っている山賊から二冊の魔道書を取り返した。一冊はウインドの魔道書。そしてもう一冊は…それを見たセティの顔色が変わった。
「アスベル、その魔道書は?」
アスベルは少し寂しそうな表情を浮かべて答えた。
「これは僕の家に代々伝えられている魔道書なんですが…。今では祖父の形見となってしまいました。それなのに…僕には使うことができないのです…。グラフカリバーという魔道書だそうです」
「グラフカリバー!」
セティは思わず大声を上げた。彼の故郷シレジアでは伝説の魔道書として知られている。
(…この子はもしかしたら…)
とアスベルに目を移したセティは怯えるような視線とかち合った。セティは安心させるように、微笑を浮かべた。
「すまない。実物にお目にかかれるとは思ってなかったからな。代々伝えられているのなら…きっと君にも使いこなせるようになるさ」
「本当ですか!?」
アスベルは瞳を輝かせた。セティはアスベルの肩をポンと叩いた。
「ただし、私は厳しいぞ。ついて来れるかな?」
「よろしくお願いします!」

 セティという頼もしい同行者を得たアスベルは今までとは比べ物にならないくらい順調で快適な旅を続けることができた。途中、帝国の横暴に出くわすとセティは躊躇なく救いの手を差し出した。そのセティの姿勢にアスベルはますます彼を尊敬するようになった。さらに彼の導きによって、アスベルの魔法の腕に磨きがかかり、ウインドしか使うことができなかったアスベルは、ファイアーやサンダーの他系統の魔法も使えるようになった。
 しかし、グラフカリバーはいつになっても使えるようにはならなかった。セティは焦るアスベルを案じ、励ました。
「グラフカリバーは高位の魔法だ。ファイアーが使えないのにエルファイアーは使えないだろう?だから…」
「でも、セティ様。グラフカリバーを操れるようになってもトルネードやブリザードといった高位の風魔法が使えるとは限らないと祖父は言いました」
「だからちゃんと修行をしなさいと…お祖父様はそうおっしゃったのではないか?」
「………」
俯いてしまったアスベルの肩をセティはポンと叩いた。
「確かにフォルセティを持っている私は無条件に風魔法は操れる。でも、グラフカリバーは風魔法の中でも特殊だと聞いている」
「どういうことですか?」
その言葉に思わず顔を上げたアスベルに微笑みかけながら、セティは言葉を続けた。
「まず、神器といわれる魔法にはやや劣るとはいえ、強力であること。そして使い手を選ぶということだ。使い手であればその者の魔法のレベルは問わないと聞いている。そして使い手を選ぶといっても神器のように厳密に継承がなされるわけでもない。だからむしろ君が使い手の子供だからってそれを使えるとは限らないということだ」
「そんな…」
 再び俯いてしまったアスベルだったが、すぐに顔を上げた。その瞳に決意がみなぎっている。
「使えないって決まった訳ではないですよね。…だったら…僕…諦めません!セティ様、弱音を吐いて申し訳ありませんでした。僕、頑張ります。ですから…」
「わかっているよ。アスベル。今まで一緒に修行して君の実力と素質は十分わかっている。だから、諦めさえしなければ必ずグラフカリバーは君に力を貸すはずだ」
「はい!」
アスベルの瞳に輝きが戻ったのを確認して、セティは笑顔で頷いた。

 それから一月後…やはり、魔道士としての能力はぐんぐん上がるものの、相変わらず、グラフカリバーはアスベルに応えることはなかった。しかし、アスベルとセティの旅の終点、マンスターに到着した。
 冷静沈着だったセティが心なしか興奮していることに気付き、アスベルは驚いた。焦っているようで、城門を守る衛兵とぶつかり一悶着起こしてしまったのだ。
「おい!何をする!」
衛兵達が集まろうとしている。アスベルは領主レイドリックの恐ろしさをよく知っているが故に、慌てて駆け寄り、セティをかばった。
「申し訳ありません。…兄は具合が悪くて…本当にごめんなさい!」
アスベルの真剣な瞳に衛兵も槍をおさめた。
「…仕方ないな。今回は大目に見るが…他の連中も許すとは限らないぜ。…早く兄ちゃんの手当てしてやれや」
「はい!ありがとうございます!」
アスベルはぺこぺこと頭を下げ、セティの腕をとりその場から離れた。
 落ち着ける場所を見つけたアスベルはやっとセティの腕を放し、溜め息を吐いた。
「ふう…。セティ様。兄と言ってしまって申し訳ありませんでした」
またしても頭を下げるアスベルをセティは苦笑を浮かべて制した。
「何を言う…。助けてもらったのは私の方だ。礼を言わねばならないのに…。本当にありがとう。…目的地に着いて、心が浮き足立ってしまった。すまない。それに…兄と呼んでもらえて嬉しかったよ」
「セティ様…」
「…実はこのマンスターに父がいるかもしれないんだ…」
 セティから旅の事情を聞いたアスベルはセティの父レヴィンを探すのを手伝うことにした。二手に別れ、セティは吟遊詩人だったレヴィンが立ち寄りそうな酒場へ、アスベルは
宿屋へ行ってみることにした。別れる間際、アスベルはセティに声をかけた。
「レイドリックは本当に卑劣な男です…。気を付けて下さいね。それから…お父上はきっと見つかりますから!」
セティは子供のような笑顔を浮かべて手を上げた。それを見たアスベルは彼もまた苦労しているのだと初めて気が付いた。
(何でもできる方なのに…だからこそ顔に出さずに必死で努力されてるんだ。僕も見習わなきゃ。…きっと見つけるぞ)
ふと自分の父親のことを思い出し、胸を痛めたが、気を取り直して宿屋へ向かった。

 宿屋に着いたアスベルは店の前で衛兵達に取り囲まれている少女に出会った。
「何すんのよ!」
「だからちょっと付き合えって言ってるだろうが」
「嫌に決まってるでしょ!」
下品な笑いを浮かべながら少女の腕を掴もうとした衛兵は、少女に手を払われ、激高した。
「下手に出りゃつけあがりやがって!」
今度は二、三人で少女を押さえにかかる。遠巻きに見ている街の人間は助ける様子もない。アスベルは恐怖で逃げ出したかったが、衛兵達の前に飛び出した。
「やっ…やめろ!」
 飛び出したものの、声を震わせ、立ちすくんでいるアスベルに、衛兵達はすっかりなめてかかっている。
「へえ。止めないとどうするって?」
衛兵達はどっと笑う。怒りにかられて思わず取り出した魔道書は…
(ぐ…グラフカリバー…)
アスベルは顔面蒼白となった。衛兵達はにやにやしながら近付いてき、ウインドを取り出している余裕はない。
(僕が引き付けている間にあの子は逃げられるかもしれない…だから…)
肚を括ったアスベルは手を天にかざし、子守唄代わりに聞かされてきた呪文を唱えた。
「優しき風よ…我が怒りを刃に替えよ…グラフカリバー!」
 アスベルの周りに穏やかな風が起こったかと思うとたちまちそれは収斂し、大きな刃と化した。その刃は衛兵を斬り付け、衛兵は何が起こったかもわからぬまま倒れた。再び呪文を唱えようと手を上げたアスベルを見た他の衛兵達は蜘蛛の子を散らすように我先にその場から逃げ出した。しかし、無我夢中のアスベルには状況が飲み込めず、詠唱を始めてしまった。
「アスベル!」
大きな声で呼びかけられ、アスベルはやっと我に返った。
「セティ様…」
視線の先には息を切らせたセティと屈強な騎士らしき男女二人が立っていた。騎士達は少女の方へ駆け寄った。
「ラーラ、大丈夫?」
ラーラと呼ばれた少女は笑顔で応えた。
「ええ、危ないところだったけど…。彼に助けてもらったの…。本当に凄い魔法だったわ。それについでにこれいただいちゃった」
と傷薬と鍵を掲げた。それを見た騎士達は苦笑を浮かべた。

「セティ様…僕…」
「アスベルよくやったな。それがグラフカリバーだ」
 セティは呆然としているアスベルの許へ歩み寄り、労った。アスベルはようやく自分がグラフカリバーの力を解き放ったことに気が付いた。無意識のうちに涙が頬を流れた。
「アスベル、嬉しいのはわかるが、これからどうその力を使うか…その方が大事だ」
「はい。セティ様!…ところで、お父上は…?」
セティの表情が少し曇ったが、それは一瞬のことだった。
「…ちょっと前に旅立ったそうだ…」
「そうでしたか…」
「アスベルの方が辛そうだな」
セティは苦笑を浮かべながら、一緒にいた騎士達の方に目をやった。
「父は彼等に世話になっていたらしい」
「お世話になったのはこちらの方です。おかげで子供狩りはしばらく抑えられましたし」
と男の方が答えた。女が言葉を続けた。
「ここで立ち話は危険です。場所を替えましょう」
 セティとアスベルは彼等のアジトらしき民家で、事情を聞かされた。彼等はマギ団というマンスターのレジスタンスで、男はブライトン、女はマチュア。そしてラーラも一員で、彼女はシーフだということだ。レヴィンの助けを得ていた頃は子供狩りも下火だったが、レヴィンが他の地域の様子を見に発った後、再び子供狩りが活発になったらしい。
 話を聞いていたセティは腕組みをしながら呟いた。
「子供狩り…何と卑劣な!父の乗りかかった船です。私も微力ながらお手伝いします」
「本当ですか!」
ブライトン達は手を取り合って喜んだ。
「仲間の多くが投獄されてしまい…。活動もままなりませんでした。レヴィン様のご子息なら我々も歓迎いたします」
「そういうわけだ。アスベル…私はしばらくここに留まることにしようと思う。君はグラフカリバーを身に付けた。もう私の教えることはないよ」
アスベルは首を振った。そして瞳を輝かせながら宣言した。
「僕もご一緒します。セティ様には教えていただきたいことがまだまだたくさんあります。それに…そうすることが僕の友達への近道なんです。帝国と戦って追い出す…それが僕達の夢なんですから!」

 マギ団の一員となってからあっという間に数カ月が過ぎた。帝国の苛烈なレジスタンス狩りにも屈することなく、セティとアスベルは戦いを繰り広げていた。そしてある日、マンスター城にこれまでにない動きが見られた。それに乗じて城内に潜伏したマギ団。そこでアスベルが見たものは…。
「リーフ様!」
「アスベル!」
「共にトラキアを取り戻そう!」

FIN

後書き
『Jamming Pod』(閉鎖されています)の墨様にバナーのお礼に押し付けた作品。アスベルは好きなんだけど…セティが目立ってるような?
それにあろうことか、書き終わった後でふとイラストワークス見てみたら…グラフカリバーってセティがウインド改造したって書いてあったし(号泣)。セティ…改造ってあんた一体何者(^^;)悩みましたが、開き直ってオリジナルのグラフカリバーで押し切っちゃおうと。北トラキアの魔法はやっぱり風魔法でしょうから。竜相手ですからね。…いろいろ謎の設定考えてたのに。
こんなのをご笑納していただいて感謝してもしたりないです。

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