空からの贈り物

 イルミネーションの淡い光が街中に溢れ、幻想的な雰囲気を醸し出している。時折歩みを止めて電飾に見入るカップル、包みを小脇に抱えて走り抜ける者と、ナーガ通りは普段以上にごった返しているが、どの顔も寒さなどどこ吹く風と幸せそうである。
 だからであろうか、初雪がまず舞い降りたのは彼女の許だった。
「あ……」
 喧噪に背を向け、デパートのウインドウ越しに電飾を見つめていた彼女は、目の前でひらひらと舞う雪に気付き手を差し出した。しばらく存在を主張した後、手のひらに同化するように融けていった。それを何度か繰り返し、我に返ったのか彼女は寂しそうな笑みを夜空に向ける。雪が舞う。
 その後も雪はどんどん降り積もり、頭や肩を白く染めていく。さすがに人通りも減り、あれほど騒がしかった周辺もひっそりとしている。彼女は携帯電話を取り出し、ボタンを押そうとしたがすぐにポケットに入れた。

『ごめん……仕事なんだ。どうしても抜けられなくなった』
 数時間前にかかってきた電話の声が頭の中でリフレインする。
『もういい……バカ!!』
 感情のままにぶつけた自分の言葉も蘇り、頭を振る。
「バカなのは……私よ」
 そう呟くと、彼女は頭上の時計に目をやった。
 午後十一時五十七分。
 溜め息を吐いて、もう戻ろうと後ろを向いた。
「え……」

 必死に走る男性の姿が彼女の目に飛び込んできた。男性は彼女の側まで来ると速度を緩め、息を整えながら歩く。
「はぁはぁはぁ……間に……合った。……メリー……クリスマス」
 そう言ってコートのポケットから小さな包みを差し出した。同時に時計が十二時を指した。しかし、もはや彼女にはどうでもよかった。
「バカ……」
 もう言葉にはならない。涙を浮かべた彼女は男性の許へ飛び込む。彼は彼女を抱きしめると彼女にかかっていた雪を払い、自分が巻いていたマフラーを彼女に巻いてやる。
 彼女は受け取った包みをそっと開ける。そこには光り輝くダイヤの指輪が……。

『永遠の愛をこめて……ジュエリー……』

* * * * *

 ぷつんと画面が消えた。
 ラケシスはテレビのリモコンを放り投げると、ソファに倒れ込んだ。
「もうこのCMオンエアし過ぎよ! 何回すれば気が済むのよ!!」
とスポンサーが聞けば卒倒しそうなことを口にする。自分の出演したCMで、非常に評判がよく次回作も決定している上に、使われた曲も年明け早々シングルカットが決定したのだから、今の言葉は八つ当たりに他ならない。それでも言わずにいられないのは、例年ならとうに休暇に入っているのに歌番組のクリスマス生放送とやらで今日まで仕事をする羽目になったからである。
「いつもなら今頃は兄様と海でのんびりとリゾートしてるはずなのに……」
 ただでさえ自分以外の女優のマネージャーになってしまった兄と会うのは月に一、二度ほどしかない。年末年始の休暇だけが兄と水入らずで過ごせる貴重な時間なのに邪魔が入り、腹立たしくて仕方ないのにこれでもかとばかりに流れる自分のCM。自分とは逆の幸せな結末とロケの寒さの両方を思い出し、苛立ちは募るばかりである。
「それなのにこんな仕事入れて……エリオットのバカ!!」

 ラケシスはがばっと起き上がると、傍らにあったクッションを楽屋の扉目がけて投げつけた。しかし、タレントランクの高いラケシスに与えられた楽屋は広く、扉に届くことはなかった。さらに苛立ったラケシスは、立ち上がるとクッションを拾いに行き、至近距離で扉を狙う。
 とんとん。
 ノックの音に構わずラケシスは振りかぶる。扉の向こうにいるのはマネージャーのエリオットに違いない。忌わしいことだが、よほどのことがない限り十分以上ラケシスから離れることなどないのだから。
「どうぞ」
 つっけんどんに返事をすると、ノブががちゃりと動いた。扉が開いた瞬間、ラケシスは躊躇うことなく渾身の力を込めてクッションをぶつけた。

* * * * *

 その後のラケシスはずっと上の空だった。なぜか握りしめていた兄からのファックスもラケシスの心には届かなかったようだ。
 本番に入っても噛み合わない会話に司会者も途方に暮れるばかりである。しかし、歌う段になるとラケシスの表情は一変した。
 ファンの間では最高のバラードと評判のこの曲を、ラケシス自身は詞を理解できず、「暗い曲」と切って捨てていた。CMに使われることになって何度も耳に入り、その都度胸をかき回される思いをするようになったラケシスにとっては「嫌いな曲」のはずだった。
 だが、モニタに映るのは溢れんばかりの涙をため、切々と恋心を訴えるラケシスの姿である。歌の最中も仕事のあるスタジオ内の人間も我を忘れ、目の前の、もしくはモニタの彼女に惹き付けられていた。

 同じテレビ局にいるはずなのにクランクアップした途端すれ違いもせず、幻だったのかと思い始めた相手が今確実に同じ建物内にいる。それだけで熱くなる胸……。

 ずっと胸の中でくすぶっていたこの気持ちに名があることにやっと気付いたラケシスは、その想いを表すことができる喜びを噛み締めながら心を込めて歌う。
『わたしはここにいる……』
 最後のフレーズと同時に閉じられた瞳から零れる涙はスポットライトに照らされてきらきらと輝いて落ちた。
 伴奏も終わり、スタジオ内は静寂に包まれる。ラケシスは今までと全く異なる反応に戸惑い、周囲を見渡した。
 ぱちぱちぱち……。
 一人の拍手が呼び水になったのか、スタジオ中に拍手と歓声が響き渡った。ラケシスが最後だったため、その歌番組は感動のうちにフィナーレを迎えることとなった。

* * * * *

「ラケシス、すっごくよかったよ♪ せっかくのイブだし、食事に行こう。レストランとかいろいろ押さえてあるしさ……」
 幸せな気分で楽屋に戻ったラケシスを迎えたのはマネージャーの下卑た笑いであった。気分を台無しにされたラケシスは、一大決心を胸にとりあえずは無言で彼を追い出す。
「おいおい、ラケシス〜、店もっと高級なところに変えようか?」
 エリオットの問いかけにはいっさい答えず、衣装を着替え、メイクを落とし、最後の仕上げにメイクボックスを床にひっくり返した。
「あら〜!」
 わざとらしい声もエリオットにとってはちょうどいい口実である。
「ラケシス、どうしたんだい?」
 猫なで声に猫なで声で返す。
「メイクボックスを引っくり返しちゃったの。拾うの手伝ってくれる?」
「もちろんだよ」
 返事よりも早く扉が開き、再び下卑た顔と対面する。顔だけはにこやかにラケシスは続けた。
「お気に入りのブランドばかりなの。絶対全部見つけてね」
「拾い終わったら、楽しみだね……♪」
 腰を屈めて拾い始めたエリオットには気付かれないように、ラケシスはハンドバッグを持ち、扉へと近付く。そのまま楽屋を出るとそっと扉を閉め、足跡をたてないように階段へと向かう。そして階段を全速力で駆け上がった。

「はぁはぁはぁ……」
 テレビ局内を迷いに迷ってやっと辿り着いたとある部屋。こうこうと明かりのつく中、眠りこけている数人の若者達の中に探し人の顔を見たラケシスは、今まで以上に息をひそめ、ゆっくりと近付く。どことなく他のADよりもこぎれいに見えるのはひいき目だろうかと笑みを漏らす。
「う……うん?」
 ぱちりと開いた目が、覗き込んでいたラケシスを凝視する。しばらくしてその状況に気付いたのか、真っ赤になって跳ね起きた。
「ラ……」
「しー……。みんな起きてしまうわ」
 ラケシスの人さし指に制され、慌てて口を噤む。そして、周囲の様子を窺うと、
「屋上でも構いませんか?」
と小声で尋ねた。ラケシスは笑顔で頷いた。

* * * * *

 屋上に出るとさすがに寒い。ぶるっと震えたラケシスに、
「こんなので申し訳ありませんが、冷えるよりましなので」
と持って出ていたジャンパーをかける。
「ありがとう。でも、フィンは……?」
「昨日までシレジア取材だったので、このくらいは平気です」
 その笑顔が自然だったので、ラケシスも自然と、
「これ大きいから、一緒に入れるわ」
と片側を開けて招き寄せた。
「えっ…でも……」
「早く。寒いから」
 狼狽するフィンを強引にジャンパーの中に入れるとさすがに窮屈だった。しかし、ラケシスには心地よい空間だった。
「ね、あったかいでしょ?」
「……はい」
 
 しばらくはお互い無言だったが、珍しくフィンが先に口を開いた。
「今日の特番、とても素敵でした。本当に素晴らしくて……感動しました」
「ありがとう」
 ラケシスには何よりの褒め言葉だった。フィンの口数が微妙に多いのも喜びを増す要因となった。
「初めてちゃんと歌えた気がするの……」
 今までなおざりにしてきたつもりはないが、歌の心を理解しきれていなかったラケシスは俯いて足下に目を落とした。
「そんなことありませんよ」
「でもっ……!」
 反論はフィンの穏やかな微笑みによって遮られた。
「今までのあなたも素敵です。でも、あなたも僕も知らないことがたくさんあります。きっと今夜のあなたはそのうちの一つを得ることができたのでしょう。だからといってそれまでのあなたを否定すべきではないと思います。今までのあなたがあって今のあなたがある。僕もあなたのように成長したい……あっ」
 いつしか真剣に語っていたフィンが視線を上げた。ラケシスもつられて空を見上げる。
「雪……」
 二人同時に声を発すると顔を見合わせて微笑んだ。
「ホワイトクリスマスになりそうですね……」
「そうね……」
「そろそろ戻りましょうか? 風邪を引いてはいけませんし」
「うん」
 フィンはジャンパーから出ると屋内への入り口に向かって歩き出した。ラケシスはそれに続きながら、名残惜しそうに夜空を見上げる。
(今日私が得たものは一つじゃないわ……。いいえ、何よりも大切なもの……)
 本格的に降り始めた雪は二人の足跡を残し、すぐに消していった。

FIN

後書きというか言い訳
べたなタイトルですみません……。最初にお断りした通り、「ニュースなオ・ト・コ」がこういう展開になるとは限りません。パラレルのパラレルという変な話になってしまいましたが、クリスマスものにしたかったので……。冒頭のCMも実際のCMの時間には収まりそうにもありませんし(汗)。久しぶりにこの二人を書いたような気がします(^^;) いろいろ端折ったところもありますが、書いていてとても楽しかったです。よろしければご感想お聞かせくださいませ。

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