決意
俺は整理できない思いを抱えたまま2瓶のワインと2個のグラスを持って父の居室のドアの前に立った。
気持ちを落ち着かせようと深呼吸を何度もして、ようやくノックをしようと右手で拳を作ったとき。
不意に目の前のドアが開いて、父が顔を見せた。
「…」
ふと見れば、父もワインとグラスを2組、手に持っていた。
父も俺の手に何があるかを見ると、苦笑して顎をしゃくった。
父の部屋で、父と俺は静かにワインを体に流し込んでいる。
言葉はなかった。
無くてもよかった。
ただひたすら、アルコールを体内に取り込むだけだ。
その先は何も考えなかった。
ひたすら酩酊するまで、飲むだけだ。
空瓶が足下を我が物顔で占領し始めた頃、父が不意に言った。
「こんな私を、女々しい、と思うか」
酔眼、ではなかった。
いつのことであったか、夜更けにあのひとの寝所に潜り込んだことがあった。
「すみません、起こしてしまいましたか」
「ううん、…外は寒かったでしょう」
そういって、あのひとは私の場所を空けてくれた。
寒い夜に人の寝床に入り込むのは最高の幸せである、ということを私は知った。
暖かく感じたのはあのひとの体温で温もった臥所のせいだけではなかったかもしれない。
冷たい手足をあのひとに預けると、彼女は押しのけるどころか、私の冷えた身体を優しく包み込んでくれた。
反対のこともあった。
「ごめんなさい」
囁いてすっと寝台に入ってきたあのひとに私はすっぽりとキルトを掛けた。
「ちゃんとお掛けになりませんと風邪をひきますよ」
「大丈夫よ。フィンの大きい身体にくるまれていればちっとも寒くないもの」
あのひとは呟いた。
「あったかい」
私は彼女がしてくれるようにあのひとを抱き寄せて全身で包み込んだ。
「…一生を懸けて愛すると誓った女は何があろうと手放したりするな」
私はいつの間にか息子に向かって説教をたれていた。
遠い昔、私も誰かに同じ言葉で説教されたような気がする。
その誰かも私と同様にさらに遠い昔…
息子は微苦笑しつつ、私の空杯にアルコールを注ぐ。
そして一言。
「父上、母上は生きておいでです」
さも当たり前のような平然とした声を聞いた。
「そうか」
迎えに行こう。やるべきことを、やり終えたなら。
私は何のわだかまりもなく、妙に晴れ晴れとした気分で心に決めた。
こんなにすっきりした気分は久しぶりのことだった。
アルコールが滝のように胃袋を落下したにもかかわらず。
私は笑っていた。
息子がさも不思議そうな顔で私を見る。
息子とこうして酒を酌み交わせる、というのも、考えてみれば何よりの幸せなのかも知れない。私の周囲で、息子と晩酌できる者は皆無だった。
これも、あのひとが私に与えてくださったものだ。
だから、今度は私があのひとの支えになろう。
再会したら、あのひとのおっしゃることは何でも聞いてさしあげよう。
あのひとが欲しいと言ったものは何でも差し上げよう。
それだけの負債が、いや、それ以上のものがあのひとには、あるのだから。
〈END〉
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