Phantasms

Likely

ああ…まただ…

フィンは寝台の上で身をよじった。

「お母様が帰ってこないの」
小さなナンナが泣く。
「どうして…どうしてお母様を一人で行かせたの」
ナンナが私を容赦なくなじる。
「どうして私を引き留めてくれなかったの」
!!!…

そして今夜も絶叫が静寂の解放軍本営に木霊する。

「そういうわけで、フィン、完全に憔悴しきっているんだ。眠りたくないから、最近夜は城の見張りについている」
こちらも憔悴しきった顔でリーフがアレスに語りかけている。
軍議に使われる間で、今は高級士官のサロンとなっている。
「以前からそういうことはあったけど、最近は特に…ナンナがフィンと顔を合わせるたびに言うから余計かも…ナンナがラケシスに見えるみたいで」
アレスは視線を一瞬横に流した後、リーフに再び戻して呟いた。
「なぜナンナやデルムッドに言わない?当事者だろう」
リーフは額に右手を当てて煩わしげに前髪を押さえた。
「かえってややこしくなる」
「叔父上をまだ独占したいんだな」
「そういうわけじゃ…」
そこにトラブルの匂いを感じ取ったのか、セリスとセティが話に入ってきた。
こういうことに関して、彼らは嗅覚が鋭い。
リーダーとしての資質ゆえか。
「フィン殿、奥方のことで悩んでおられるのか」
セリスもセティも眉根を寄せている。
殊にセティ王子の義憤は甚だしいものがあった。
「私の父にフィン卿の爪の垢でも煎じて飲ませたいな…まったく」
「4人揃って何の話だ?」
『うわわわわ』
いつの間にそこにいたのか、レヴィンがのほほんとした顔で茶をすする。
その表情からは、彼がいかなる感情を抱いているのか、まだ年若い王子たちには看破し得ない。
「フィンの苦悩も察するにあまりある。ここは霊魂召喚しかないだろう」
「貴方がそんなことを言える義理ですか」
セティが間髪入れず突っ込む。
「というより、そんなことができるのか」
リーフの問いに平然とレヴィンは首肯した。
「我が軍にはシャーマンがいるではないか」

今日も夜勤に就きながら、フィンは思索の淵を彷徨う。
悔やまない日などなかった。
失いたくなどなかった。
しかし、あれ以外によりよい選択肢など当時の自分には無かった。
娘に今理解してもらおうとは思わない。
その必要もない。
世間から非難を浴びようと構わない。
私の家庭人としての評価など、たかが知れている。
しかし。
しかし、あの方には…
私の許から旅立っていったあのひとには、私の真意は正しく伝わっていたのだろうか。
あのひとだけには。

彼の答えの見つかるはずもない輪郭の不明瞭な思索は突如中断された。
闇の中に忽然と現れる人影。
身構えたフィンは拍子抜けして佇んだ。
「ユリア様…?どうなさったのです」
不思議な方だ、との認識は以前からあった。
既視感もあった。
かつて生前のシグルドを見たことがある者にとって、彼女の出自を察するのは容易なことだった。
レヴィンの預かる巫女姫である。
只者であるはずがなかった。
その巫女姫が小刻みに肩を震わせている。
「ああ…貴方の周りに強い気配が…」
「え」
ぴくり、と痙攣が止まった。
「…フィン…」
忘れようとしても忘れられないあの声が、銀髪の巫女の口から流れる。
「…どうして私を引き留めてくださらなかったの…」
彼の頭上に重くのしかかった声がさらに言葉を重ねる。
「私の我が儘を許してくださった貴方の大きな愛に感謝いたします…フィン…喜んで私の命を差し上げます…貴方の往く道に大いなる光が満ち溢れますように…」
「…ラケシス…」
フィンの深碧の眸が驚愕に大きく見開かれる。

これは夢なのか、現のことなのか。
自分は謀られているのではないか。
…それでも…
夢でもいい、謀られてもいい。貴女のそのお言葉を聴くことが出来たから。
それだけで私は何事にも耐えられる。

「貴方は死んではいけない…この世界に必要とされている人…私が守るべき人…」
突然、力を失い前のめりに倒れるユリアをフィンは支えた。
その後、彼は解放戦争が終わり次第妻を捜しに行くことを強く決意したという…

「何はともあれ、うまくいってよかった」
その後の打ち上げの席である。
彼らはこっそり現場の様子を覗いていたのである。
「フィン、なんとなく明るくなった。なんとなくだけど」
「もううなされることはないのだろう」
アレスは一見物憂げにリーフに合いの手を入れた。
なんのかの言っても、彼には叔父とその頼りなげな主が放っておけないのである。
「うん。これもレヴィン様とユリア様のおかげだよ」
お得意の賛辞の嵐を見舞ったリーフとは対照的にシレジアの王子は肩をすくめてみせた。
「父上の場合、面白半分でしたけど」
「って、レヴィンは?」
セリスの問いにあらためて3人の王子が辺りを見渡す。
つい先ほどまで共に様子を眺めていた緑髪の軍師はいつの間にか消えていた。

「おいおい、どうしたっていうんだ。急に」
彼は自分自身の心の動きに苦笑しながら、己の心の命ずるままに屋外へと歩を進める。
漆黒の闇の中に無数の星が瞬く野外では大気の流れが明確に感じられる。
彼は風の声を聴こうとその緑眼を閉じた。
不思議な感覚が彼を包む。
胸郭の中でもう一人の自分が呟くのをレヴィンは聴いた。
「フュリー…」
「彼」にも自分の妻の声が聞こえたようだった。

<END>

おまけ

「ユリア様が夢中遊行なさっていましたので、介抱して差し上げました」
「それは迷惑を掛けた。あの娘にとってはいつものことだが」
「ご迷惑をお掛けしたのはこちらの方です。王子様方にもフィンが御心遣いに恐悦しておったとお伝えください」
二人は同時に破顔した。

SPECIAL THANKS!! Likely様

管理人より
Likely様から一周年と30000Hitのお祝いにいただきました。4人の王子がみんなしてフィンの心配をする…なんて素晴らしいんでしょう。やっぱりフィンは人気者♪…王子達は王となってもフィンを大切にすることでしょう(おい)
本当にいつもありがとうございますm(_ _)m

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