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「あれ、アレス。どうしてうちにいるんだ?」
 普段は恋人であるナンナの家に入り浸り…もとい下宿中のリーフが久しぶりに実家に帰ってみると、友人のアレスがリビングでお茶をすすっていた。
「別に。俺が来ちゃあ悪いのか?」
とアレスはリーフを一瞥すると憮然とした表情でお茶を飲み干す。
「まさかアルテナ姉さんに用事とか…?リーンに言い付けちゃ…」
「馬鹿か。そんな訳ないだろうが。…そういえばお前仮免落ちたらしいな」
 鬼の首を取ったかのように目を輝かせ始めたリーフにすかさず逆襲する。
「うっ…ちょっと縁石に乗り上げただけなのに…。って何で知ってるのさ?」
「エスリンさんに聞いた」
「もう、母さん…黙っててって言ったのに…」
「あの人には土台無理な話だろ。色々聞いたぜ、いつまでおねしょしてたとか…」
「うわ〜っ!もういいって」
 アレスはここぞとばかりに日頃の鬱憤を晴らしだした。反撃しようものならナンナに倍返しされるためにリーフにはいつもからかわれっぱなしなのだ。

「お、リーフ。帰ってたのか」
 ドアが開いて、この家の主キュアンが入ってきた。
「あ、父さん。ただいま」
「お前、仮免に落ちるとは俺の息子として恥ずかしいぞ」
と息子と友人の戯れ合いに参戦する。
「今は免許取れたんだからもういいだろ〜。あ、それより今度ナンナとドライブするんだ。だから車貸して」
「駄目だ。俺のBMWに傷が付いたらどうするんだ。お前には中古でた・く・さ・んだ。…もちろん自分で買えよ」
「え〜っ!ちょっと父さん…。じゃあ…アレスの180…」
「断る。仮免で落ちるような奴にはとてもじゃないが貸せんな」
「ケチ…」
 すっかりいじけてしまったリーフをアレスは楽しそうに見ていたが、心中は羨ましさでいっぱいであった。
(俺は親父とこんな話なんかできない…)
「どうした、アレス。そろそろ家が恋しくなったか?」
「そ…そんなわけないじゃないですか!」
と向きになって否定するアレスにキュアンはにやりと笑みを浮かべたが、すぐに真顔でこくこくと頷いた。
「そうだろ、そうだろ。俺だってどれだけ辛い目に合わされたことか…」
「キュアンさんも?まさかあんなに恐ろしいとは思ってませんでしたよ」
 二人の意味不明のやり取りにリーフは忘れていた質問を思い出した。
「アレス、どうかしたの?何か家出してきたみたいな雰囲気なんだけど…」
「うっ…そ、それは…」
「グラーニェにこっぴどくやられたそうだ」
 言葉を濁すアレスを後目にキュアンはあっけらかんと答えた。
「キュ…キュアンさん…」
「別に恥ずかしいことじゃないぞ。あれがどれだけ恐ろしいか…俺にもやっと理解者が現れたんだ。いつまでもいていいからな」
「は…はあ…」
 キュアンは嬉々としてアレスの肩を叩く。
「ふーん、だからこっちに来なかったのか…。グラーニェさんに逆らったなんて言ったらラケシスがどれだけ怒るか、考えただけでもぞっとするよ」
ラケシスの怒りを思い出したのか身をぶるっと震わせるとリーフは続けた。
「うちもとばっちり食わずにすむし、ほとぼりが冷めるまでここにいなよ」
 リーフがすでに入り婿状態なのには誰も気付かない。
「ラケシスはエルトよりもグラーニェの言うこと聞くからなあ…」
「でも、グラーニェさんっていつもにこにこしてて、怒ってるとこ見たことないけど…」
「甘〜い!!あいつの恐ろしさ…言うなれば(フィン+ラケシス)×10だ!」
 キュアンの意味不明の例えにアレスは深く頷いた。
「う〜ん…よくわからないけど、フィンの冷静さとラケシスの過激さが合わさった感じなんだよね?確かに二人揃って説教されたらとんでもないかも…」
「だろ?俺もびっくりした…」
 思い出したのか、今度はアレスが身震いした。
「で、何でそんなに怒られたのさ?」
「そう言えば聞いてなかったなあ…。同士ができて嬉しかったから忘れてた。で、何をやらかした?」
「そ…それは…」
 全く口を割ろうとしないアレスにキュアンは肩をすぼめると、息子に『これ以上の詮索はするな』と瞳で告げた。リーフは了解の意味を込めて片目を閉じてから、思っていたことを口にした。
「でもさ…フィンとラケシス十人分だったらアレスはグラーニェさんのこと相当好きってことになるよね?」
「な…!」
 それまで俯いていたアレスは思わず顔を上げて、リーフをまじまじと見つめる。
「だって、アレスって何だかんだとフィンやラケシスに甘えてるじゃん」
(それはお前だ!)
とアレスは心の中で突っ込むも、口には出さなかった。
「リーフ、なかなか冴えてるな。とても仮免落ちたとは思えないぞ」
「もう…父さん、それは忘れてって…」

 再び父子の戯れ合いが始まろうとした時、扉が開いてエスリンが顔を出した。
「エルトシャンさんがいらしたわよ」
そう言うと部屋に招き入れた。
「よお、エルト。何か大変らしいな」
「…別に。それよりリーフ、仮免落ちたそうだな」
「うわ〜っ!なんでエルトシャンさんまで知ってるの?…って、母さん!」
「さて…と、お茶を入れて来るわね」
 エスリンは逃げるように部屋を出ようとする。リーフはすんでのところで母に追いつくと、
「母さん、もう絶対変なこと広めないでよ」
と口止めにかかるが、エスリンは涼しい顔である。
「あら、嘘は言ってないわ」
「ふ〜ん、だったらしばらくはナンナを連れて来れないなあ…」
「わ、わかったわよ。このことはもう誰にも言わないから、次の休みにでもナンナに遊びに来てもらってね。また一緒にお買い物するんだから♪」
 息子より息子の恋人の方が可愛いらしく、エスリンは上機嫌でリビングを出た。リーフはほっとした表情で席に戻った。
「ははは…エスリンはナンナに弱いからなあ。でも、またほっとかれる訳か」
「それがちょっと…ね。ナンナを独占するなんてずるいよ」
「まあ、仲がいいのが一番だぞ。嫁姑問題は大変らしいからな」
「そういうもんかな」
「俺もよくは知らんがな。…おい、エルト。いつまでも突っ立ってないで座れよ」
「あ…ああ」
 三人のやり取りを呆然と見ていたエルトシャンはキュアンに勧められるままにアレスの真正面のソファに腰を下ろした。
「…何の用だよ?」
 父が入ってきてからずっとそっぽを向いていたアレスは、そのままの姿勢でつっけんどんに問いかけた。
「今日は足がないからお前の車で帰ろうと思っただけだ。お前はここにいたければ好きにすればいい」
「俺の車だろうが!」
 思わず立ち上がり父を睨み付けるアレス。エルトシャンは平然と言い放つ。
「金を出したのは俺だ」
「うっ…」
アレスは返す言葉を失い、憮然としてソファに腰かけた。当然の展開にキュアンとリーフは顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
 しばらく無言の状態が続き、そろそろ間に入ろうとキュアンが覚悟を決めた時、
「さあ、お茶が入ったわよ」
とエスリンが入ってきた。
「エスリ〜ン♪待っていたんだ」
 救世主の登場にキュアンは即座にすりより、離れようとしない。リーフは実家でも下宿先でも普段見慣れているし、自分も同じようなものなので平然とお茶請けに手を伸ばす。
「………」
 居心地の悪いのはエルトシャンとアレス親子のみである。呆れたように顔を見合わせるが、我に返ったのかアレスは慌ててそっぽを向いた。それを見てキュアンとリーフは落胆の色を浮かべたが、エスリンは楽しそうにエルトシャンに話しかけた。
「これならグラーニェさんのお説教もう一度見られますわね」
「…そうだな」
 心なしかエルトシャンの表情も明るくなり、その他の面々は話の先が見えず首を傾げるばかりである。
「あら…キュアンは知らなかったの?エルトシャンさんはあなたにお説教するグラーニェさんに一目惚れしたのよ」
「エ…エスリンっ!」
 エスリンがさらりと口にした内容はもとより、慌てふためくエルトシャンに一同目を丸くした。今度はエルトシャンがそっぽを向く番となった。
「…親友が辛い目に遭っていたというのに、お前という奴は…」
 芝居がかったキュアンの抗議に、
「理不尽に怒られた訳ではないと思うが?それにあれぐらいやられないと反省しないのは誰だ?」
「うっ…」
と水を得た魚のように生き生きとキュアンを追い詰めるエルトシャン。キュアンの助けを求める視線を受けてエスリンは話を戻す。
「まあ、エルトシャンさんは怒られることなんてしないから、二十数年ぶりに拝めるという訳。だからアレスも今日は帰って親孝行してあげたら?」
「ちょっ…ちょっとエスリンさん…」
 思わぬ展開に慌てるアレスをよそに、
「そうだよ。もっと恐ろしいことになる前に帰った方がいいんじゃない?」
「そうだな…タイミングを逃すととんでもないことになる。『経験者は語る』…だ。悪いことは言わない。人の目があった方がまだましだ」
「そこまで怖がることもないだろうが」
「いいや!ならお前も一度怒られてみろって。あの恐ろしさ…あれに惚れる奴がいるとは思わなかったぞ」
「大きなお世話だ」
「僕も一度見てみたいな〜。ラケシスより怖いんだよね?」
「ラケシス?比べるまでもないぞ。あれに比べれば可愛いもんさ」
と勝手に盛り上がる周囲。
 アレスはしばらく呆然と会話を聞いていたが、
「………。支度してくる」
立ち上がると部屋を出て行った。

 残された四人は、そのままグラーニェの怒りで盛り上がり続けていたが、
「ねえ、エルトシャンさん。そもそもアレスが怒られた原因って何なんですか?」
とリーフが根本的な疑問を口にした。
「俺にもわからん。…ということは理由は一つだ」
「?」
 真面目な表情に戻ったエルトシャンを見て、リーフは訳がわからないながらも会話から外れることにした。
「また下らんことを吹き込む奴がいるのか」
うんざりといった様子のキュアンにエルトシャンも苦々しげに頷いた。
「最近やけに反抗して来るとは思っていたが…どうもそうらしいな。でなければグラーニェも放っておくだろう」
「アレスも見てればわかるだろうに…。まあ、言わせておくお前に腹を立てるのはわかるがな」
「負け犬の遠吠えに付き合ってられるか」
「どっちにしろラケシスの耳に入れるなよ。暴れるぞ…絶対」
「ああ。これ以上頭痛の種は増やしたくないからな。今回のことは口外しないように…特にエスリン」
 一同の注目を浴びたエスリンは膨れっ面で、
「わかってるわよ。わかってるけど…どうして私だけ?リーフの方が危険じゃない」
と抗議した。
「ラケシスが暴れると直接被害を受けるんだよ?そんな恐ろしいことできる訳ないじゃないか。それに母さんほどお喋りじゃないし」
 涼しい顔のリーフにキュアンとエルトシャンが頷く。エスリンは口を尖らせ、なおも抗議を続けようとした時、扉が開いて憮然とした表情のアレスが顔を出した。
「親父、帰るぞ」

* * * * *

 車内は重苦しい空気に包まれていた。エルトシャンもアレスも無言でひたすら前を睨み付けている。何度目かの信号待ちの時、とうとう耐えきれなくなったアレスが口を開いた。
「…俺は悪くないからな」
「ふん。好きにすればいい。まあ、楽しみではあるがな」
 エルトシャンはそう答えるとちらりと息子の方を見た。
「あのなあ…。本当に親父も物好きだな」
「…お前も馬鹿だな。よく思い出してみろ。どれだけ美しいか…」
「確かに…ってこっちの身にもなれよ」
息子の反応がよほど面白かったのか、エルトシャンは珍しく声を上げて笑う。
「ははは…ほらな。いつも美しいがまた違った趣があるだろ?」
「ふん…それなら親父には見せてやるもんか」
「まあ、それもいいが…グラーニェを本気で悲しませたらその時はただでは置かんからな。それだけは忘れるなよ」
 予想もしなかった父の笑いに戸惑いつつ辛うじて放ったアレスの逆襲はあっさりと跳ね返された。しかし、アレスは不思議と悔しさを感じることはなかった。

 その後はずっと無言のままアレスとエルトシャンは我が家に辿り着いた。インターフォンを鳴らし帰宅を告げると、穏やかな微笑を浮かべたグラーニェが二人を迎え入れた。
「二人ともお帰りなさい」
 鼓動がどんどん早まるのを抑えつつ、アレスは半ば独り言のように呟く。
「俺が悪かった…」
「もういいのよ…」
 グラーニェは一瞬瞳を潤ませたが、すぐに何ごともなかったかのように、
「ご飯できてるから早く荷物置いていらっしゃい」
とアレスを促した。母の気遣いにほっとしたアレスは
「本当に…ごめん…」
すれ違いざまにそう言うと、二階の自分の部屋に駆け上がっていった。
「なんだ、つまらん。もう一波乱あると思っていたのに」
 エルトシャンは本気とも嘘ともつかぬ表情で、息子の背中を見送っている。
「あらあら…あなたったら…」
くすくす笑うグラーニェに刹那不機嫌な表情を向けると、エルトシャンは耳元で囁いた。
「キュアンとは打ち合わせなしなんだろ?少し…妬けるな」
「あなた…」
 見る間にグラーニェの頬に紅が差し、はにかんだような笑みが零れる。
(…まあ、この表情(かお)は俺だけのものだがな)
と満足げに心の中で呟くとエルトシャンは妻の肩を抱き寄せ、家の中へと入って行った。

Fin

後書き
タイトルが妙な感じになってしまいました(笑)。こんな言い回ししないと思いますが語感が気に入ったのでこのままにしておきます。色々と説明不足かと思いますが、とある一場面として読んで下さると幸いです。どうしても大きくなったアレスとエルトシャン、グラーニェの話を書きたかったので、また新たな現代パラレル設定を作ってしまいました(汗)。それにしてもグラーニェさんって一体…。
キュアンとアレスの車の名前については投票結果を反映させていただきました。

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