彼と彼女のカンケイ

 コノート城を制圧し、数日が過ぎた頃であった。
 解放軍のメンバーは、しばしの休息を過ごしていた。
 久しぶりに穏やかな時間が流れるコノート城の中庭の小道を、1人の少女が駆けていた。
「もう! 何なのかしら、あの人達」
 ナンナは足を止めずに軽く首だけを向けて後ろを気にする。
「おぉ、愛しき女神。どうか私のこの想いを込めた愛の赤い薔薇を受け取っていただきたい!」
「何が愛の赤い薔薇だ。気持ち悪い」
「君は乙女心というものを理解していないな。女性には赤い薔薇を持って告白するのが効果的なのだ」
 何やら2人の男の声が聞こえてくる。
 ナンナはまるで敵兵の追っ手から逃れるかのようにすばやく走り、身を隠せる場所を探した。
「ナンナ、こっち」
「あ、お兄様」
 ナンナは兄の姿を見つけ、ホッとする。そして急いでデルムッドがこっそりと身を隠して手招きしている方へと向かった。
 そこはちょうど薔薇の茂みの影になり、小道からは見えない場所であった。しゃがんで身を小さくしながら、声の主が通り過ぎるのを待つ。
「私の女神はいずこ!」
「お前はうるさいよ。ナンナ、俺と狩りに行かないか〜! 俺の弓の腕を見てくれ!」
 先を張り合うようにヨハンとファバルが通り過ぎて行く。
 追っていたナンナがすぐそばの茂みに隠れたとも知らずに。
 バタバタと響く足音がどんどんと小さくなり、そして聞こえなくなった。
「行ったかしら?」
 ナンナは小声で兄にささやく。
「そうだね。もういいかな」
 デルムッドはそう言いながら、こっそりと小道の辺りの様子を伺う。ヨハンもファバルの姿もどこにも見えなかった。
「もういないよ」
「良かった……」
 ナンナは安堵の息をもらした。
「大丈夫か?」
「大丈夫だけど、いったいどういうことなのかしら? あの人達、急にプレゼントくれたり誘ったりするのよ。断るとしつこく言い寄ってくるの」
「あ、あぁ、そう、みたいだな」
 デルムッドの口調はどこか歯切れが悪い。
「お兄様、もしかして何か知ってるの?」
「あ、いや、その……」
 デルムッドはごまかすかのように言葉を濁す。
「お兄様」
 ナンナはもう一度兄を見据えて名を呼んだ。デルムッドは言おうか言わまいかと考えあぐねいていた。すると。
「それは、リーフのせいだよ」
 突然ナンナとデルムッド以外の声が聞こえてきた。
 しゃがみこんで話をしている2人が見上げると、そこにはさわやかな笑みを浮かべたセリスが立っていた。
「2人でかくれんぼかい?」
 笑いながら、セリスもしゃがみ込んだ。
「セリス様、リーフ様のせいとはどういうことなのでしょう?」
 早速ナンナは質問する相手を兄からセリスに変えて訊いた。
「そのことだけど、リーフはね、アレスと賭けをしたんだ」
「セ、セリス様、それはナンナには内緒だと……」
 慌ててデルムッドが制しようとするが、セリスを余裕でそれをかわした。
「いいじゃないか。こんなことするリーフが悪いんだ」
「いや、でも……」
 何かを知っているセリスを何故か止めようとする兄に、ナンナはしびれを切らせた。
「お兄様は少し黙っててください。セリス様、教えてください。賭けとはいったいどんな?」
「実はね、ナンナがリーフ以外の男から誘われてそれに乗るかどうかを賭けたんだ。乗らなかったらリーフの勝ち、誰かの誘いに乗ったらアレスの勝ち」
「はぁ? どうしてそんなことを……」
「昨日の夜のことだけど、最初に言い出したのは誰だっけ? ナンナに恋人はいるかどうかの話になったんだ。最近入ったファバルは知らなかったんだよね、君とリーフが恋人同士だということ。で、ファバルがそうは見えないとか言い出して、そうしたらアレスがおもしろがって同意したんだ。リーフはムキになってナンナとは恋人同士だと言い張って、そんなに疑うならナンナが自分以外の男につきあったりしないことを証明してみせる、とか言い出して」
「それで賭け、ですか?」
「そう。ナンナが誘いに乗ったらそのままその人との付き合いを認め、リーフは身を引くっていう賭けになったんだ。そしたら恋人のいない男連中が張り切ってしまってね。ナンナにはいい迷惑だろうけど」
 セリスの説明に、ナンナは呆れたようにつぶやいた。
「リーフ様ったら、どうしてそんなバカなことを……。もしも本当に私が他の人の誘いに乗ったらどうするつもりだったのかしら」
「それだけ自信があったのさ。ナンナが自分以外の男の誘いを受けないっていうこと、つまり自分以外の男には見向きもしないってことにね」
 セリスの言葉に思わずナンナの頬が淡く染まる。
 確かにこれは自信がなければできない賭である。リーフがナンナの気持ちを信じているからこそできるようなもの。それはそれで嬉しく思わないわけではない。
 けれど。
「でも、人を賭け事に使うなんて失礼だわ。そうは思いません? セリス様、お兄様」
「それは、確かに……」
 デルムッドは少し曖昧に肯定する。
 しかし、内心では賭けをしなければならなかったリーフに同情していた。
 あの場にいなかったからナンナは知らないが、リーフ1人が責められる立場にいたのである。
 まわりにそうだと見えない恋人なんて恋人とは言えない、一人占めするな、と。
 兄のひいきめではないと思うけれど、妹は誰よりも可愛いと思う。きれいな金の髪、整った顔立、そして性格は優しいし、まわりに気遣いもするし、家事全般をこなし、何より料理の腕も抜群だ。そんなナンナににっこりと笑いかけられたら、大抵の男なら一人占めしたいと思っても仕方がないと思う。自分とて本当は大事な妹を他の男達の目に触れさせたくはない。本当はリーフとの仲も内心心配している。ただ、あまり言い過ぎてナンナにうっとうしがられるのはイヤなので、そうは口に出さないようにしているだけだ。
 賭けを持ち出したアレスといえば、本当はただリーフをからかっていただけであろう。ヨハンあたりは本気だったかもしれないが。
 とにかく、ナンナに一番近いところにいるリーフがみんなうらやましいのである。
 昨夜はあの場で詰め寄られて賭けを承諾しなければならなくなったリーフに同情はしたけれど、今考えてみると大切な妹を賭けの対象にしたのははやり許しがたいものがあることに気がついた。
「お兄様? どうかしました?」
「いや、なんでもないよ。そう、確かにナンナを賭けなんかの対象にすることは、いくらリーフ王子とはいえナンナに失礼だ」
 デルムッドの言葉にセリスもうんうんと首を縦に振って頷いた。
「そう。デルムッドの言う通り、人の気持ちを賭けに使うのはよくないと、僕も思う。で、ナンナにひとつ提案があるんだ」
「提案ですか?」
「考えたんだけどね……」
 そう言ってセリスがにやりと笑うのを見たデルムッドは、何故か背中にひやりとするものが走った気がした。

◇ ◇ ◇

 その日の夕方。
 綺麗なオレンジ色に染まった夕暮れの空の下、中庭を歩く2人がいた。
 仲良さそうに腕を組みながら、笑顔を交わす。
 まるで恋人同士のデートのようである。
 意外な組合せというか、それはセリスとナンナであった。
 中庭の薔薇が一番よく見えるところにあるベンチに2人は腰掛けた。ナンナがセリスの腕を放したかと思うと、今度はセリスの手がナンナの肩に回った。
 何を話しているのか、時折ナンナは頬を赤く染めて恥ずかしがっている。
 そんな様子を遠巻きにヨハンやファバルをはじめとするリーフとの賭けに参加した者達が見ていた。
 相手がセリスでは到底かなわないとでも思うのか、2人を邪魔しようとする者はいなかった。
「こんなことして、本当にリーフ様の『お仕置き』になるのでしょうか?」
「間違いなく今頃リーフもどこかで僕らを見てハラハラしているはずだ」
 セリスは楽しそうに微笑んだ。
 バカな事を考えたリーフに対する『お仕置き』を考えたのはもちろんセリスである。
 どんなバカなことを始めたのかをリーフに知らしめるために、セリスはナンナを誘い、ナンナはそれを承諾したということにしたのである。
 リーフはきっとどこかでこの様子を見ているに違いない。自分の恋人が取られるかもしれないという不安をリーフに与えて、それを『お仕置き』にしたのである。
 この睦まじい芝居の様子に騙されるかどうかはちょっとした賭けでもあるのだが、ナンナが関係すると我を見失うところのあるリーフであることを知っているセリスは、十分効果はあるだろうと算段している。
「ナンナはリーフのどこが好きなわけ?」
「えっ、どこって……」
 突然のセリスの質問に、ナンナは恥ずかしがって頬を赤く染めた。
「あのですね、リーフ様って時々子供っぽいことするんですよね。今回みたいに。でもいざって時は頼りになるんです。いつも一生懸命で、とっても真剣なまっすぐな瞳をして。小さい頃から一緒にいて、リーフ様を見てきました。リーフ様、どんどん素敵になっていくんですよ。いつのまにか背が私よりも高くなって、力も強くなっていて。これからもっともっと強くなっていくと思うんです。それを私はずっとそばで見ていたいんです。それに、私、リーフ様の笑顔が大好きなんです。お日さまのようなあたたかくて明るい笑顔で、それを見るだけで元気になれるんです。だから、ずっとずっとリーフ様と一緒にいたいんです」
 ナンナは照れながらも嬉しそうにリーフへの想いを語った。
「まいったなぁ。こっちの方が照れちゃうよ。ナンナはよっぽどリーフのこと好きなんだね」
「リーフ様には内緒にしててくださいね」
 ナンナは小さく微笑んだ。
「ねぇ、ナンナ」
 ふいにセリスはナンナのあごに手をかけて、くいっと自分の方へとナンナの顔を振り向かせた。
「どうかしました?」
「このままただ座っているのもなんだしね。そろそろ何か進展がないとおもしろくないだろう?」
「セリス様?」
「しっ。黙って瞳を閉じて。リーフのためだよ。大丈夫、僕にまかせて」
 リーフの名前を出されると、ナンナも従わざるを得ない。セリスが何をしようとしているのかさえ気づかずにナンナは瞳を閉じる。
 セリスは何故か一瞬薔薇の茂みの方に視線を向けてにやりといたずらっぽく微笑んだ。
 そして、ナンナの顔、というか形の良い唇に自分のそれを近づけようとした。
 と、その時。
「ナンナは僕のものだ!」
 セリスの唇がナンナに触れる寸前に、リーフがどこからか飛び出して、ナンナを抱え込んで2人を引き離した。
「えっ、リ、リーフ様?」
 突然のリーフの登場に、ナンナは驚いた。
 リーフはセリスをひとにらみすると、驚くナンナに声をかけるわけでもなく、顔を真っ赤にしながらナンナの手を引っ張って連れ出した。
「リ、リーフ様?! ちょ、ちょっと待ってください!」
 ナンナは何が起こったのかもわからず、リーフとセリスの顔を交互に見て気にしながらも、リーフに手を引かれるままそれについて行った。
「あ〜ぁ、リーフったら本気になって怒ることないのに」
 ベンチに座ったまま、セリスは2人を見送りながらつぶやいた。
「セリス様、やり過ぎですよ」
 セリスの『お仕置き』を知っていたデルムッドも事の次第を隠れながら見ていた。
「そうかな?」
「そうですよ。リーフ様が見ているの知ってってそういうことをするんですから。さきほどの打合わせにはなかったですよね? それに遊びでナンナにキスしようとしないでください。いくらセリス様でも兄として許しませんよ」
 例え芝居とわかっていても、あの場にリーフが出てこなかったきっと自分が飛び出して邪魔したことだろうとデルムッドは心の中で思っていた。
「遊びっていうのは心外だな。僕はいつでも本気だよ」
 にっこりとセリスは微笑む。
「ほ、本気ってセリス様?!」
「うまくいけばナンナをお嫁さんにできるかと思ったんけど、まぁ、そううまくはいかないものだね。デルムッドの義弟になりそこねちゃったようだ」
 本当に本気なのか、それとも冗談なのか、セリスの浮かべる笑みから読み取ることはデルムッドにはできなかった。

◇ ◇ ◇

「リーフ様、痛いです!」
「あ、ごめん」
 セリスの許からナンナを連れ出すことしか頭になかったリーフは、ハッとして謝りながらナンナの手首から自分の手を放した。
 ナンナは少し赤くなった手首をさすった。
 中庭からさらに奥、背の高い木々が生い茂った森のようなところまでリーフはナンナを連れ出したのだった。
 まわりには2人以外誰もいない。
「……な」
「えっ?」
 リーフは何かを言ったようだったが、ナンナは聞き取れなかった。
「リーフ様、今何かおっしゃいました?」
「他の男に触られるな!」
 誰もいないのをいいことに、リーフは言いたいことを思うままに大声でナンナに言った。
「ナンナは僕のものなんだから、僕以外の誰かと腕を組んだり肩を抱かれたりなんかするなって言ってるんだ!」
「ものって、私はリーフ様の所有物じゃありません!」
 命令調の一方的な言い方が、ナンナにの気に触ったようだった。
「そりゃそうだけど……。だけど! セリスにキスされそうになってんのに黙っていることはないだろう! 僕だってまだナンナとキスしたことないのに!」
「キスってなんのことですか?! 訳のわからないこと言わないでください! だいたいリーフ様が賭けなんかなさるからいけないんです」
「か、賭けってどうしてそれを……」
 それまでの勢いがいきなり消沈する。それどころか、赤くなっていた顔が一気に青ざめる。
「セリス様から聞きました。私が他の男性の誘いにのるかどうかアレスと賭けをしたんですって?」
「い、いや、それは……」
「私がリーフ様以外の人と仲良くしているのを見てどうでした? 楽しかったですか?」
「楽しいわけないじゃないか!」
 ナンナが頬を染めてセリスと話をする度に、心の中ではもやもやとしたものが広がっていた。本気でセリスに殴りかかってしまいそうだった。
「だったらどうして賭けなんかしたのですか?」
「そ、それは……。みんながナンナのこと、僕の恋人には見えないって言うから……」
「言いたい人は言わせておけばいいじゃないですか。誰が何と言おうと私が好きなのはリーフ様で、私の恋人はリーフ様なんですから」
「それはそうなんだけど……」
 リーフとナンナが恋人同士、確かにそれは2人にとっては事実であるのだが、まわりが知らないというのは非常に困る。ナンナがフリーだと思われていては、自分の知らないところでナンナが他の男に言い寄られることがあるかもしれない。今回のように阻止できるならまだしも、いつもナンナのそばにいるわけにもいかないのだ。何かあってからでは本当に困る。
 リーフはナンナが自分のものだということを仲間に主張しておきたかった。
 それに、本当のところリーフはナンナが自分の恋人であるということをただ単に自慢したかったのである。
 ナンナにしてみれば本人同士が自覚していれば何の問題もないと思っている。ナンナ自身は他の男性に心惹かれることはないと強く思っているのだから。
「私に他の男性に触れられるなとおっしゃいましたけれど、そう仕向けたのはリーフ様御自身ですよ? さっきは相手がセリス様でただのお芝居でしたけど、ホントに誰かの誘いに乗ってこうなることだってあると予想出来たはずですよね? そうなったらリーフ様には何か言う権利はありません。さっきだって、あんなふうに邪魔するのはルール違反ですよ?」
「いや、でもあの時は……」
 邪魔しなければセリスはナンナにキスをしていたはずだ。そんなことになったらナンナだって困るはず。しかし当のナンナはキスされそうになったなんて微塵にも感じていないので、リーフには言い様がない。
「自分の思い通りにならなかったからといって、突然現れて私を責めたりするなんて筋違いじゃありません? 私何か間違ったこと言ってますか?」
「いや、その……」
 ナンナの言い分は正論で、賭けの途中で介入するのはまさしくルール違反であるし、ナンナを責めることは筋違いである。 
 リーフにはやはり言い返す言葉はない。
「リーフ様、どうなんですか? 質問をされたらはっきりと答える、お父様から教わりましたよね?!」
 ナンナは厳しい口調でリーフを問いつめた。ことごとく言い返すことのできないナンナの言い分に、ついにリーフは観念した。
「……ナンナの言う通りです。僕が全面的に悪かったです」
 しゅんと落ち込んで身を小さくしながら、リーフは謝る。
「そう思うのでしたら、今後私を賭けの材料になんかしないでくださいね。そもそもこれが原因なんですから」
「わかった、もうそんなことしないよ」
「わかってもらえればそれでいいんです」
 ナンナは少し恐い顔をしていたのを一転させ、にっこりとリーフに笑いかけた。
 その笑顔を見てリーフもやっとホッとして、ナンナに笑いかけた。
 そこでこの件は穏便に終わるはずであった。
 ナンナが聞いてはいけない一言をこぼさなければ。
 この一言が、このあともっと大変なことを引き起こすのであった。
「ところで賭けに勝ったらどうなるんだったんですか?」
「えっ、それは……」
「ここまできたら全部話してください、リーフ様」
 いつになく強気でナンナは言った。
「で、でも……」
「言わないのでしたら、私セリス様とおつきあいすることにしますよ?」
「そ、それはダメだよ!」
「じゃあ、話してください」
 ナンナに詰め寄られて、リーフは仕方なく話し始めた。
「……コノート城の南にある湖のそばに貸別荘があるんだって」
「貸別荘?」
「なんでも綺麗な湖で、その場所はとっても素敵なところなんだってさ。それで、僕達のためにその別荘を貸し切ってくれるって……」
「そういえば聞いたことがありますね。コノート城の南にある湖がとても恋人達に人気のあるところだって。でもその場所なら日帰りで行けますよ? それなのにどうして貸別荘なんて借りなきゃいけないんですか?」
「だ、だから、ほら、ねぇ、恋人同士ゆっくりと、その……、2人っきりで一晩過ごしてこいって……」
「一晩って……」
 ナンナの顔がぱっと赤くなる。
「ア、アレスが言い出したんだよ? 誰も邪魔しないからホントの恋人になってこいって。一晩同じ部屋に泊まればナンナが僕のものになったっていう証明にもなるし、そうすれがば他の男達も諦めがつくって。べ、別に僕は別荘で2人っきりになってナンナに何かしようなんて思ってないよ! ホントだよ!」
 リーフは焦って言い訳をする。しかし焦り過ぎて言わなくていいことまで口にしていることにリーフは気づいていなかった。
「……か」
「えっ?」
「アレスもリーフ様も何考えているんですか?! わざわざ別荘を借り切って、2人で同じ部屋に泊まってこいですって?!」
「た、確かに同じ部屋に泊まるんだろうけど、僕はナンナと2人でゆっくり過ごせるならそれもいいかなぁって思っただけで、キスするチャンスだとか、ナンナの手以外のところに触ってみようとか、そんなこと全然考えてもいないよ!」
 どうにかごまかそうとしているつもりなのだろうが、そういうことを考えていたとしか思えない台詞である。
「……カ」
 ナンナの肩がふるふると震えていた。
「ナ、ナンナ?」
 恐る恐るリーフはナンナの顔を覗き込む。
「リーフ様のバカァ!」
 めったに大声を出さないナンナではあるが、この時ばかりは叫ばずにいられなかった。
「ナンナ?! ちょ、ちょっと待って」
「ついて来ないでください! リーフ様なんて知りません! そんなこと考えているリーフ様となんて口も聞きたくありません!」
 ナンナはリーフを無視してどんどん先を急いで早足になる。
 恋人同士とはいえまだキスもしていない2人である。いくら両想いであっても、恋愛には奥手なナンナにしてみれば、いきなり2人っきりで泊まりにでかけようと言われてもそんなことできるはずがない。
 今のような態度が取られることなどリーフにもわかっているはずであろうことなのに。
「ナンナ、ナンナさん? 謝るから。ごめん、バカなことを考えた僕が悪かった」
「やっぱり謝るようなことを考えてらしたんですね?! リーフ様なんて、リーフ様なんて……、大ッキライです!」
「ナンナァ」
 情けないリーフの声があたりに響いたのだった。
 そして。
 ナンナの怒りは当分の間おさまらず、しかも食事担当だったためにその怒りは食事に反映されてしまったのだった。
 あまりの粗食に、巻き添えになった賭けに参加しなかった者達から、リーフやアレス達は冷たい視線を浴びるはめになった。
 リーフの災難はそれだけではなかった。
 どうしてナンナが怒っているのかとフィンから問いつめられるし、ナンナには何を言っても口をきいてもらえなかった。原因が原因だけに、リーフはフィンに言うことも相談もできず、ひたすらナンナに謝り続け、御機嫌を取るのに一苦労するのであった。

 

         Fin

SPECIAL THANKS!! しーの様

管理人より
『Sortilege』様でキリ番を踏んでリクエストさせていただきました♪「リーフに対してイニシアチブをとるナンナ」のお話です。本当に楽しませていただきました。ナンナを怒らせるととんでもないことに(笑)。セリスもちゃっかりと…本気だったりして(^^;)。しーの様、こちらにも飾らせて下さってありがとうございました。なお、これは「がんばれリーフくんシリーズ」の第4弾ということで『Sortilege』様には他にも楽しいお話があります。

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