Hangover

「そういうことか…」
 ダグダは心の中で舌打ちした。
(このくそ真面目なやつが素直に飲むって言うなんて変だと思ったんだ)
目の前にいる男は次から次へと注がれる酒を顔色変えずに飲み干している。やがて飲ませているはずの周囲の男達の方がばたばたと倒れていく。ダグダはたき火の向こうでオーシン達と料理を食べているリーフに目をやった。
「リーフ…こりゃ難問だぜ」

 今日はフィアナ村で新たに開墾が始まり、初めてリーフも参加した。オーシンやハルヴァンといった遊び相手が働き始めたため、取り残されたくないというリーフの願いをフィンは聞き入れたのだ。色々な経験がリーフの血となり肉となることをフィンは望んでいたからである。リーフは初めての肉体労働になかなかついて行けないようであったが、自分でできることを見つけ、喜々として働いた。
(畑を作るのってこんなに大変なことなんだ…)
 紫竜山からダグダ達が応援に駆け付けたこともあって、予定より早く作業はすんだ。そこでまだ日は高かったが、宴会が始まったのだ。宴会が始まる前、ダグダはリーフからある依頼を受けることになった。
「え?フィンを酔い潰せって?フィンが酒を飲んでるのを見たことないが…大丈夫なのか?」
「僕も見たことないけど…。でも前に飲めない訳でもないって話してたから大丈夫だって…お願い!」
リーフの真剣な様子と普段冷静沈着なあの男が飲むとどうなるかという好奇心と相まって、ダグダは願いを聞いてやろうという気になった。
「まあ、そこまでいうなら飲ませてはみるが…何でまたそんな気に?」
「…お酒飲むと辛いこと忘れられるっていうでしょ。それにぐっすり寝られるとも聞いた…。たまにはフィンにぐっすり寝てもらおうと思って」
「………。わかった。潰してやるから、後の面倒はお前が見てやるんだぞ」
「うん!」
そう言って瞳を輝かせたリーフであったが、ダグダは激しく後悔していた。
「こいつは…ザルだ…」
 いくら飲ませても全く変化のないフィンにダグダは呆れ果てていた。既に用意された酒は底をつこうとしているし、ほとんどの男達は眠りこけている。ダグダは再びリーフに目をやり、深く溜息をついてからフィンの横に座り、小声で話しかけた。
「おい、フィン」
「何だ?」
「あんたが強いのはよ〜くわかったから、頼む!潰れた振りしてくれ!」
「どういうことだ?」

(本当は私も酔っているのかもしれない…)
 意識を失った振りをしてダグダ達に家に運ばれながらフィンはそう思った。
(結構潰すのも楽しいし…こんなことも考えたこともなかったな)
薄目を開けてリーフの方を見た。心配そうな表情で後をついてくる。良心がちくりと痛み、本当のことを言おうと口を開きかけたが、ダグダの咳払いがそれを制する。彼の目が、
(余計なこと言うな)
と語っている。それでもしばらく悩んでいたが、リーフと目が合いそうになって慌てて目を閉じた。
 フィンはベッドに横たえられ、運んできた連中は戻ろうとしていた。リーフはダグダの袖を引っ張り、心配そうな声で問いかけた。
「ねえ…フィン大丈夫だよね?…ちゃんと起きるよね?」
ダグダは少し脅かそうとも思ったが、芝居をしている以上大事になるのも困る。
「大丈夫だ。ちょっと飲み過ぎただけだ。それにしてもフィンは酒も強いなあ」
『強い』という言葉にリーフは即座に反応した。
「そうだよ。フィンは何にだって強いんだから!」
「………。ははは。リーフ、ちゃんと面倒見てやれよ」
ダグダはくしゃっとリーフの頭を撫でると宴会場へと戻っていった。
「さて…エーヴェルとナンナにはどう切り出したものか…」

 ダグダから太鼓判を押されたので、リーフは喜々とした表情でフィンの看病を始めた。といっても何をどうしていいのかわかるはずもなく、とりあえずタオルを濡らしてきてフィンの額にのせた。冷たいだろうと身構えていたが思いの外気持ちいい。
(やはり酔っているのだろうか…)
先程のリーフとダグダの会話。その前にリーフが語ったという言葉。リーフの気持ちにフィンも胸が熱くなる。しかし、その分自分の腑甲斐なさを思い知らされた。
(そんなに辛そうに見えるんだろうか…)
以前、一瞬だけでも忘れたいと深酒をしたことがあった。その時も酔うことはできず、空しさだけが残った。それ以来誰からどんなに進められても盃を受けることはなかったが、この日は自然と盃に手が伸びた。子供達が自分の手から離れていく。最も望み、最も恐れていること。それが現実となろうとしているのを認めたくなかったのかもしれない。
 リーフにはそれが苦悶の表情に見えた。フィンの手をそっと取る。
「フィン…泣きたい時は泣いていいって言ったのはフィンだよ…」
「僕達のために笑わないで…フィンが心から笑えないのは僕のせい?」
思わずフィンはリーフを抱き締めていた。
「フィン…?」
リーフは驚いてフィンの顔を見たが、フィンは相変わらず眠っている。自分の言葉を聞かれた訳ではないとわかると安心してそのままフィンの胸に顔を埋めた。
(ラケシスの夢見てるのかな?)
 一度だけ見た二人の抱擁。余りにも綺麗で哀しくて夢のようだった。あれが夢か現か未だにわからない。しかし、次に目覚めた時にはラケシスの姿はなかった。それからだった。ほとんど笑うことのなかったフィンが微笑を浮かべるようになったのは。フィンの微笑みを見る度リーフは勇気づけられたり、励まされたり、安心することができた。だが、フィンはそのために笑っているのではないかとリーフは最近そう思うようになっていた。それでもフィアナ村に落ち着くようになってからフィンの表情が幾らか柔らかくなったような気がする。そしてその分、辛い表情も浮かぶようになった。以前なら全く気が付かないだろう。それほどフィアナ村に来るまでは表情が固かったのだ。
(僕も早く何かできるようになりたい…少しでもフィンの苦しみを…ああ…フィンのにおいだ…)
それはリーフにとって安心の証。昼間の労働の疲れも手伝ってたちまち眠りに落ちた。
 リーフが寝入ったのを確認してフィンは目を開けた。そしてそっと囁く。
「…リーフ様やナンナのお陰でどれだけ私が救われていることか。少しでもラケシスの代わりになりたいと、最初は確かに意識して笑っていました。ですがあなた達の笑顔に触れているうちに徐々に自然に笑えるようになったのです。あなた達が私の生きる力なのです…昔のように笑うことはもうできないかもしれません。それでも私の心はまだ生きているのだと…今はそれがとても嬉しいのです」

 翌朝目覚めたリーフは、隣にフィンが寝ていたので驚いた。
「僕寝ちゃったんだ…」
結局フィンに世話になったのかとフィンの顔を見つめる。小さな物音でも目を覚ますフィンが幸せそうに寝息を立てている。それだけでリーフは嬉しくなった。
(よかった…少しはぐっすり寝れたかな)
リーフはフィンを起こさないようにそっとベッドから下り、部屋を出た。そこへ朝食を運んできたナンナと鉢合わせになった。
「ナンナ…」
リーフは気まずそうな表情を浮かべた。ナンナは拗ねているようだ。
「ごめん…」
リーフが余りにも神妙なのでナンナは吹き出してしまった。
「ふふふ…いいのですよ。私も夕べはエーヴェルやマリータと女同士の話をたっぷりしましたから」
「あ…そうなんだ」
「それから今日の作業はお休みですって」
「え?どうして?」
「男の人達ほとんど二日酔いで使い物にならないって、エーヴェルが呆れてました」
「………」
「だから今日はマリータと3人でお父様のお世話しましょうね」
「そうだね!」

 ナンナの声が聞こえてきたので目を覚ましたフィンは、そのやり取りを聞いて頭を抱えた。症状も知らないというのに二日酔いを演じる羽目になったのだ。しかし子供達のかいがいしい看病という名を借りた拷問ともいえる仕打ちはフィンの心を確実に潤していた。

FIN

後書き
3000のカウンターリクエストの作品です。Nanase様からリクエスト権を譲られたNaz様のリクエストは「リーフに甘えるフィン」という非常に難しいものでした。ははは…(^^;)もっとフィンに甘えさせようと思いましたが、どうしてこんな展開になったのか(号泣)。リーフの方が甘えまくってます。猿芝居を打ったこと自体リーフに甘えてるということに…というか素面でリーフの気持ちを聞かせたかったということもありますが。フィンは下戸だというイメージをお持ちの方も多いでしょうが、うちのフィンは底なしです(^^;)でも、お酒が好きだという訳でもありません。「水ならこんなに飲めないのに何でたくさん飲めるんだろう…?」くらいの認識です(おいおい)。Naz様、物足りないでしょうが、私には限界でございます…。

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