手から手へ…

 ユリウスを倒し、ユグドラル大陸に真の平和が訪れようとしていた。セリスの許で聖戦を戦い抜いてきた戦士達は各々の故郷へ散ることになる。既に平和を取り戻している国もあれば、新たな戦いが待ち受けている国も少なくない…。
 しかし、今は明日の旅立ちを控え、これまでの苦労を労うために盛大な宴会が行われていた。若者中心の解放軍ゆえ、その盛り上がりは凄まじいものがあった。フィンはそれを微笑ましく眺めていたが、その輪の中に息子がいないことに気付き席を立った。
 デルムッドが旅立つ先はアグストリア…。聖戦からは蚊帳の外に置かれ、現在の詳しい状況はまだ入っていない。そこへ僅かな人数で向かわなければならない。フィンの主君であるリーフはすでに援軍の派遣を決めているが、自分はレンスターに残ることを願い出ていた。
(もう私の出る幕ではない…)
 自分の判断に間違いはないとわかってはいても、側にいた時間のあまりの短さと子供達だけ戦地に向かわせることを思うとやはり気が重い。
『…約束よ』
「貴女は破ったのに…」
 妻と別離の際に交わした言葉が脳裏を掠め、溜め息を吐くとフィンは苦笑を浮かべた。
(それでも…それに縋って生きて来たのだから…)
刹那苦しげに顔を歪め、中庭へと続く階段を降りていった。

 中庭を一周してもデルムッドの姿はなかった。宴会が繰り広げられている大広間に戻ったのかと踵を返そうとしたが、ふと思い立って宿舎にあてがわれている棟へ向かうことにした。
「デルムッド…」
 自分の部屋にではなくフィンの部屋の前に息子はいた。声をかけるとびくりと肩を震わせた。
「ち…父上…」
恐る恐る顔を上げるデルムッドの瞳は曇り、無理して笑おうとする頬は引きつっていた。
「どうした?とにかく中に入りなさい」
フィンは息子の肩を抱き、部屋に入った。
 デルムッドはフィンが勧めた椅子に腰かけたまま俯いて何も喋ろうとはしない。フィンも無理に聞き出そうとはせず、別の椅子に座って窓から外を眺めていた。宴会の喧噪が微かに聞こえてくる。
「…父上…」
 どれくらい時間が経ったであろうか、ようやくデルムッドが口を開いた。返事の代わりにフィンは息子の顔を見つめた。
「…僕に槍を教えてくれませんか?」
「槍を…か?」
「はい。…駄目ですか?」
デルムッドの真剣な視線に気押されそうになりながら、フィンは息子の思いを理解し、幼い子供をあやすように微笑むと立ち上がった。
「それなら裏庭に出よう」
「本当ですか!」
 デルムッドは一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに瞳を輝かせた。そして、手渡された練習用の槍を手に軽い足取りで父に従った。

 人気の全くない裏庭で、フィンとデルムッドは距離を置いて対峙した。ぎこちなく槍を構えるデルムッドを見て、フィンは微笑を浮かべた。
「構えはそれで問題ない。…いつでもいいから打ち込んで来なさい」
「はい!」
と勢いよく答えたものの、そんな隙などありはしない。父は構えもせずに涼しい顔で立っている。デルムッドの背中を冷汗が伝った。
「では…こちらから行くぞ」
 フィンの槍を構えてから自分に打ち込まれるまでの流れるような動きに見愡れてしまい、デルムッドは反応するのが遅れた。それでも数々の戦場をくぐり抜けて来ただけのことはあり、辛うじて持っていた槍で受け止めた。しかし、休む間もなくフィンの攻撃は続く。最初の衝撃で痺れた腕では最早受け止めることはできず、ひたすら躱すしかない。
「どうした?これでは槍の練習にはならないぞ」
 デルムッドを促しながらも容赦なくフィンは打ち込み続ける。手取り足取りで教えたいのはやまやまだが、時間がない。明日には別々に旅立つのだから。そして、再会の時までそれを持ち越すことだけはしたくなかった。
(父上ならどうされただろう…)
 次に帰って来た時にフィンに槍を教えると言っていたが、帰らぬ人となった息子と同じ名を持つ父…。フィンは父の武人としての顔をほとんど知らない。キュアンに仕えるようになってからはその名の大きさに何度も押しつぶされそうになった。生き写しだというその容姿に重ねられる期待…。
 意識が過去に向かったせいか、一瞬フィンの攻撃の手が緩んだ。すかさず、防戦一方だったデルムッドが攻撃に転ずる。もちろんその攻撃はあっさりと受け流された。しかし、デルムッドはひたすら打ち込む。その姿が徐々に様になっていく…。一瞬微笑を浮かべるとフィンは意識をデルムッドに集中させた。
(…今は素直に喜ぶべきだな)
 そして夜更けまで打ち合いは続けられた。今まで交わせなかった言葉を補うように…。

* * * * *

 翌日、解放軍の面々は故郷に向けて出発した。意気揚々と進む者もあれば、二日酔いに苦しむ者、恋人とのしばしの別離に後ろ髪引かれる者…。その中に筋肉痛に軋む身体に鞭打ってアグストリアに向かうデルムッドの姿があった。
 身体は重いが、気分は高揚していた。父は自分を理解してくれている…。それだけで身が躍る思いであった。父から槍を教わるのは幼い頃からの夢だったのだ。それでもリーフとナンナの槍に対する思いを知ると、自分もとその中に入っていく気にはどうしてもなれずにいた。そして、剣の腕は遥かに及ばない上に槍も器用にこなすアレスが羨ましくてたまらなかった。
 別れる間際の昨夜やっとのことで口にした言葉を何も問うことなく父は受け入れてくれた。理由を聞かれるのはもちろんのこと、アグストリアを取り戻してからだと言われるのを覚悟していた。少なくともデルムッドはそれでよいと思っていた。
 約束でも父とつながっていられるのなら…。叶えられるかどうかはこの際どうでもよかった。しかし、父はすぐに叶えてくれた上に新たな約束を交わしてくれたのだ。
『今度会う時には手合わせしよう』

「何にやけてるんだ?」
「ア…アレス様…」
 突然声をかけられ、慌てるデルムッド。アレスはむっとした表情で続けた。
「夕べ叔父上と楽しいことしてたそうだな」
と、さらに厳しい視線をデルムッドに投げかける。後で聞くとフィンと酒を酌み交わすことを楽しみにしていたアレスはやけ酒を呷り、周囲に多大なる迷惑をかけたらしい。
「そ…それは…」
 デルムッドは言葉に詰まった。アレスだけでなくフィンとの別れを惜しんでいた者は多い。出発前にさんざん嫌味を言われていたのだ。しかし、何をしていたのかは誰に何と聞かれようと答えることはなかった。
「…で、少しは物になりそうなのか?」
「は?」
「叔父上と叔母上の子供で、しかも叔父上から直接教えてもらっておいて、『やっぱり槍は向いてませんでした』ではすまさないからな。アグストリアに着いたらた〜っぷり鍛えてやる。覚悟しとけよ」
 いつの間にかアレスの表情は悪戯っぽいものに変わっていた。
「アレス様…」
「ふん…」
照れくさそうに馬を走らせたその背中に向かってデルムッドは頭を下げた。
「よろしくお願いします!」

Fin

後書き
20000のカウンターを踏んで下さった刻斗静紗様から「聖戦後の幸せなフィン」をリクエストしていただきました。
…でも、どっちかというと「デルムッド改造計画」(笑)の色が濃いような(^^;)聖戦後なら職業変えてもいいかな…と。フィンの息子なら槍を使えて当然!(ラケシスもナンナも使えるようになることですし)ということもありますが、ノディオンってソシアルナイトの国って感じがします。それにアグストリアの貴族としてフリーナイトはないでしょう(笑)…というわけで他にも準備しております(おい)。

本箱へ メール下さい♪