夢の続き

 やっと帰って来たこの街。急いであの場所へ向かう。
 約束の教会。
 あいつが待ってる……はずの教会。

 高い塀に囲まれて、扉には鍵がかかっていた……。
 
 あいつが閉じこめられてるんじゃないかと壁をよじ登って窓から覗く。
 中は薄暗くて、ステンドグラスの光も淡く、今にも消えそうだ。

 これじゃあ、あいつはここには来れない……。
 もう……会えない……。

* * * * *

「……!……。夢か……」
 初めてかもしれない。夢で目を覚ますのは。これが悪夢……。
 今まで逃げ込んでいた世界の別の一面を知った俺はしばらく朦朧としていて、隣の泣き声になかなか気付けなかった。
「おい……美奈子……」
 あいつは俺に背を向けてしくしくと子供のように泣いていた。声をかけても、今のあいつには届いていないようだ。
「美奈子……」
 声を大きくしても無駄な気がして、耳元で囁いてそのまま後ろから抱き締めた。あいつはそれでやっと俺に気付く。
「珪……。わたし……夢見てた」
 それだけ呟くと、あいつは身を返し、俺に抱き着いてきた。
「もう……どこにも行かないで……」
 止まっていた涙が再び流れ落ちる。そして涙声でぽつりぽつりと語り出した。

「夢を見たの。あの夢の続き……。今まで全然見たことなかったのに……。教会でお別れした次の日、お祈りしに行ったの。でも鍵がかかってて入れなくて……。その次の日も……その次の日も……。そのうち、知らないおじさんに見つかって、『学園内に勝手に入ってはダメだよ』って……。お祈りできなかったらもう王子様は帰って来られない……。もう会えないって……その時やっとわかったの……」

 抱き締めたのはどちらが早かっただろう。
「同じ夢を見てた。俺のはこっちに帰ってきた時のだけど……」
「珪……?」
 ぽろぽろ涙を流したまま、あいつは目を丸くして俺を見つめた。
「…………」
 俺が何も言えずにいたら、あいつは俺の背中に回していた腕を首へと移し、そのまま俺を引き寄せる。
「珪……の方がずっと辛いよね……」
「美奈子……」
 あいつの方がずっと早く絶望を知っていた。それなのに俺のことを気遣う……。俺は無性に自分に腹が立った。あいつが俺のこと覚えてなかったことを心のどこかで責めていた。哀しみが記憶を封印したという可能性に今まで全然気付かなかった……。『いつか』なんて約束がどれだけ残酷か身をもって知っているのに。
 自分の身勝手さがあいつを汚すような気がして、俺は身体を起こそうとした。するとそれを阻むようにあいつの腕が俺の首に絡みつく。
「もう……どこにも行かないで……」
「どこにも行く訳ないだろ……」
 あいつを安心させようと……いや、俺が救いを求めて、腰に手を回しそのまま胸に顔を埋める。
「大丈夫だから……」
「ん?」
 俺は顔を上げると、優しい光をたたえたあいつの瞳が俺を見つめていた。あいつは悪戯っぽく微笑むと俺の耳元で囁く。
「新しい夢の続き……できたよね? もう悲しい夢なんかじゃないよ。幸せな夢……」
「……! ああ……そうだな」
 本当に、あいつは思いがけない言葉……欲しい言葉を俺にくれる。
「やっぱり、お前……面白い」
「呆れてる?」
「いや……最高」
 俺が今どれだけ幸せか言葉じゃ伝えきれないから……全身で伝えよう。
 
 絵本の話は終わりがあっても、俺達には終わりなんてないんだから……。

Fin

あとがき
葉月くんに対する呼び方が変わったのや、どんな状況で会話してるのかは推して知るべしということで(汗)。昔の記憶を取り戻すとしたらやっぱり夢かなあと思いまして……本当は単独で見るはずだったんですが。どうも私が書く葉月くんはダーク入っちゃいますね。天然バカップルを書きたいはずなのになあ。

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