brotherhood

Likely

それは何の変哲もないごく普通の友人同士のささやかなお茶会であった。
バルコニーには柔らかな日差しが射し込み、新緑が目に鮮やかな気持ちのよい日。
ティーカップからは芳香が立ち上り、焼き菓子の香ばしい香りと心地よいハーモニーを奏でている。
彼らの話題に上ることと言えば、彼らのうちの一人の大事な側近と別のもう一人の大事な妹が近々華燭の典を挙げるという一事に尽きた。

「嬉しそうだな、エルトシャン」
そう呼ばれた黄金の髪を持つ青年は微笑寸前の顔をつくった。

―これが喜ばずにいられようか。
 あのフィンが自分の義弟になるのだ。
 すでに犯罪的なレヴェルにまで到達してしまったこの私の絶世の美しさを信奉するあまりか、ラケシスに巨大な薔薇や百合や黒揚羽を背負わされようが、燦然たる楕円形の後光や極彩色のオーラをバックに描かれようが、頭に天使の環を載せられようが、もう何の痛痒も感じぬわ。
 あのフィンほど、私の義弟に相応しい人間はいない。
 まずあの可憐さ、あどけなさ、初々しさ。
 あれだけで軽く及第点を越えられる。
 彼と力を合わせれば、アルヴィス兄弟など、目ではないわ。
 ○塚トップスターの名誉は我の頭上に…はっ…俺は何を…

彼はトリップした思考を元に戻そうと努力した。

―この俺はフィンにとってもラケシス同様、素晴らしい「あにうえ」になりおおせてみせる。
 あのフィンがこの俺を「義兄上」と…くっ、こたえられん。

懸命な努力は失敗に終わったようである。

―俺自ら、あの子に剣術、軍略、騎士道…私の知るものすべてを仕込み、ゆくゆくはアレスの後見を…
 フッフッフッ…キュアンめ、さぞ悔しがっていることだろう。
 どう足掻いても奴はフィンの主に過ぎぬ。
 フィンと「あにうえ…!」「おとうとよ!!」とお互いを呼び合えるのは、このエルトシャンだけなのだからな。

「フッフッフッフッフ…フハハハハハハ…!!」
獅子王は友人注視の中でいとも優雅に高笑した。

「あのさ、盛り上がっているところ、非常に悪いんだけど」
渦中の新郎の主君が憮然とした顔で、獅子王を現実に引き戻した。
「…なんだ」
不機嫌になった獅子王の前に手渡されたのは、一枚の羊皮紙だった。
「DNA鑑定の結果、私の母と君の奥方は親子ということが証明された」
「…?」
「熱き血潮の義兄弟よ!!」
キュアンにがしっと両肩を掴まれるエルト。
「きょうだいのきょうだいはみなきょうだいだ。ということで、フィンは私のおとうとだ」
「何ぃぃぃーーーー!!!」
獅子王は絶叫した。
彼の明るい将来設計が砂上の楼閣の如く滅び去っていく。
「考えてみれば、これ以上強い絆はないな。私はあいつの主君にして義兄か…」
キュアンは妻と極上の微笑みを浮かべた。
夫と喜びを分かち合った後、エスリンは幸せそうな顔で実兄に言う。
「そうよ。兄上だって、エルトシャン様の義兄弟でフィンの義兄になるのよ」
「そうか。それも悪くないな。フィンにはオイフェと一緒に私の足りない頭でも補ってもらおうかな」
のほほんと言うシグルド。
「待て、シグルドにはオイフェ少年がいるだろう。やはりフィンは俺の手許で…」
エルトシャンの焦りの声に、キュアンが荒げた声を返す。
「それはどういう意味だ?フィンは我がレンスターの騎士だ。お前のところに易々と渡せるか」
「…あのな。フィンはうちのラケシスと一緒になるんだぞ。ノディオンの王籍に入るのが当然ではないか」
「そんな理屈が通るか。フィンはレンスターの騎士で在ることを望むはずだ。私に絶対の忠誠を誓っているのだからな。ラケシスと一緒に我が国を支えてもらう」
「ラケシスに降籍しろ、というのか」
「愛し合っているのなら、フィンの意思に従うだろう」
「バカな…ノディオンの誇りに懸けて、妹にそんなことはさせん。誇り高いヘズルの末裔が他の聖戦士の下につくなど」
睨み合う二人。
あわや…恋人たちの意思とは別のところでこの縁談は破談になってしまうのか。
エスリンが夫を宥めようとするが、相手は士官学校時代からの付き合いである。
気が置けないとお互いに思っている分、たちが悪い。
男同士の手前、抜いた剣は鞘に収まりそうもない。
場はあっという間に険悪な雰囲気に包まれた。
その空気に感化されるわけでもなく、シグルドがつまらなそうに言った。
「フィン本人に聞けば」

「皆様方、私をお呼びとか…」
フィンの登場で場の空気は一変した。
「フィン、よくぞ来てくれた。大事な妹婿よ」
エルトの言葉に今更ながら顔を真っ赤にするフィン。
その場にいる全ての者があまりの初々しさに胸が熱くなり思わずこぶしを握った。
「それでだ。私は君の義兄となるわけだが、実の弟と君を思うことにする。君の力を頼りにする場面が将来多々あるだろう。これからもよろしく頼む」
「私ごときにもったいなきお言葉…」
「だから君も私のことを実の兄と思って…私を兄と呼んでくれないか」
「畏れ多くも…陛下…」
「頼む。兄と呼んでくれ」
フィンはしばらく逡巡した後、義兄となる人の顔を仰ぎ見てその言葉を発した。
「あにうえ」
獅子王は硬直したまま、その言葉を何度もかみしめた。
…良い響きだ。
この少年の口から発せられるこの言葉は、特別な意味があるわけでもないのに、どうしてこんなにも心の琴線を震わせるのだろう。
もう一度、と口が開きかけたとき、キュアンが遮った。
「今まで話していなかったが、このエルトシャンの妻、グラーニェは私の姉妹なのだ」
「…そうだったのですか!グラーニェ様が」
新事実に驚愕するフィンをいちいち可愛いとその場にいる者たちは思う。
「そういうわけで、お前は私の義弟になる。もちろん、エスリンにとっても、シグルドにとっても」
「…!!!」
あまりの畏れ多さにフィンは卒倒しそうになる。
「アレスだけでなく、アルテナもセリスもお前を叔父として慕うだろう…だがその前に」
キュアンの言葉をシグルドが引き継いで続ける。
「私たちのことも『あにうえ』と呼んでくれないか」
「あ、私は『あねうえ』よ♪」
エスリンが楽しそうに付け加えた。

フィンが退出しても、彼らは固まったまま、その言葉の余韻を味わっている。
「…フィンがおとうと…嬉しすぎる…」
「そうよ。私、あの子が義弟になってくれるのなら何でもするわ」
フィンの「あねうえ」の一言に、腰が砕けて立てなくなってしまったエスリンが再びこぶしを握って立ち上がる。はずみで、テーブルクロスが引っ張られ、卓上に置かれていた食器、花器、諸々が威勢のいい音を立ててなだれ落ちる。
「何でもするって…エスリン」
こちらは頑丈なテーブルを支えにしてどうにか立っていたシグルドが、その勢いでよろけつつ訊ねる。
「万が一、ということもあるわ。マリッジ・ブルーという言葉を知らないの」
「…まさか、ラケシスに限って」
「結婚前の一瞬、女性は考えるものよ。『本当にこれでいいのかしら』」
「おい、エスリン…。お前」
椅子に座り込んでしまったキュアンの顔が引き攣る。
「…確かにフィンは真面目で賢い子だけれど、愛情表現はお世辞にも上手では…」
彼女の夫が今度は溜息をついていった。
「そこまで面倒見切れん。恋人の扱い方ぐらい自分で学習せんことには騎士以前に男失格だ」
「そこで放り投げないで。フィンが私たちの義弟になるかどうかの瀬戸際なのよ。
何としてもラケシス姫はフィンとくっついてもらう」
これを読んでいる者の多くが一度は思ったであろうフレーズをレンスター王太子妃は口にした。
「リボンで括りつけて空き部屋に放り込んでおけば」
シアルフィ公子がのほほんとしたした口調でキツイことを言った。
彼は実際、自軍でこの方法を何度も実践している。そして大抵目標を達成している。
「…あのね、兄様」
「どっちみち、外野がガヤガヤ騒ぎ立てたってどうにもならないよ。エスリン」
兄のやんわりとたしなめる声も、彼女の耳には届いていないようであった。
「…でも私は諦めないわ。最後まで布石は打っておかなくちゃ…フィンを弟と呼ぶその日のために」
エスリンは堅く決意してしまったのだった。

「私をお呼びですか、エスリン様」
軽やかにフィンの婚約者が会釈をする。
「お忙しいところを御免なさいね。実は折り入ってお話があるの」
「ええ、最近はものすごく多忙ですの!エルト兄様FC総本部大代表会長として一億人ファン総決起集会の打ち合わせ、兄様一代記の叙事詩執筆、大河ドラマ、劇場公演、ハリウッド進出、アカデミー賞全部門総なめ…やらなければならないことが沢山」
「…貴女、フィンの花嫁さんになるのよね…」
「ええ、もちろんです。フィンには多忙な私に代わってエルト兄様の秘書(と書いて親衛隊兼バックダンサーと読む)をお願いするつもりでおります。この事業はわたしのライフワークですから、結婚しても辞めるつもりはありません。どうです、エスリン様もご入会なされては。いまなら入会費40%オフ」
「私はもう結婚しているから」
「いえ、既婚未婚は問われませんわ。グラーニェ義姉様も特別会員ナンバー110号ですの。何としてもアイーダ率いるアルヴィス様FCには負けられませんわ。規模拡張にご協力を」
レンスター王太子妃はノディオン王女の剣幕に呑まれぬように多大な精神力を動員した。
「…あのね、ラケシス姫」
「はい」
「エルトシャン様とフィンと、どっちが大事なの」
ラケシスは黙ってエスリンを見つめた。それは困惑のためではなかった。
「エスリン様はシグルド様とキュアン様と、どちらが大事か答えられますか」
「…いいえ、そんなこと比べられない…」
ノディオンの姫はけぶるように微笑した。
「私もです。それぞれ愛情の形が違うもの。夫と子供とどちらを愛しているのか、国と夫のどちらを選ぶのか、と言われても同様です。だから私もフィンに尋ねたりしません。『私とキュアン様と、どっちが大事なの』とは」
大丈夫だ。
この姫はフィンを愛することに疲れて自ら絆を断ち切ったりはしない。
彼女なりの勁さをもって、夫を愛し続けるだろう。
「エルト兄様には出来ないことも、フィンにはしてあげられます」
顔を赤らめ、はにかんでラケシスは口ごもった。
「半ズボン…ああでも、白タイツに提灯ブルマも素敵…」
うわずった彼女の声はすでに夢見心地である。
「フィンには熊耳がいいか、猫耳がいいか、お義姉様と相談しておりましたの。
エスリン様はどう思います?」
「…そうねえ、わんちゃんのタレ耳なんて可愛いかもしれないわね♪」
エスリンは小悪魔の笑いを浮かべた。

<END>

後書き

ノディオン、レンスター、シアルフィ各ファンの皆様。
仲良し3人パパおよびエスリンファンの皆様。
フィン、ラケシスファンの皆様。
思いっきりごめんなさい!!!

Likelyは全員本当に大好きです。
信じてくれ〜(号泣)

SPECIAL THANKS!! Likely様

管理人より
Likely様より40000Hitのお祝いにいただきました。本当にありがとうございました。フィンがモテモテで本当に幸せです♪しっかりフィンラケですし(^^)ラケシス達の活動にも心惹かれるものがあります。最強義兄弟軍団の活躍にも…(笑)。

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