雨の日は嫌い。
傷は残らなかったのに…身体中が軋む。
いいえ…私の存在そのものが傷。
だから私が痛みを感じるなんておかしい。
私が苦しいんじゃない。
私が苦しめている。
だから…。
* * * * *
「…!」
ハッと目を覚まして聞こえて来たのは雨の音。通りで…と身を起こそうとするが、何かに覆い被さられ、身動きできない。
「ま…まさか」
一瞬目の前が真っ暗になる。血糊のついた背中。もう思い出したくない…でも…もう一度抱き締められる…。妙なところで現実的になる自分に呆れると同時に我に返る。
それでもわずかな期待は捨てられず、恐る恐る胸の上の物体に視線を移す。見えるのは…金の絹糸。
安堵と落胆。
どちらが本心なのだろうと無意識のうちに絹糸に手が伸びる。
「う…」
こういう顔も端正で…。琥珀色の瞳が私を射る。瞳に宿る影が彼の場合は落胆であることを物語っている。
「お起こしして申し訳ありません」
「いや、あのまま寝てしまったか…重かっただろう。すまない」
素早く身を起こしながら、複雑な表情を浮かべる彼。気を失うように二人して果てた夕べを思い出したのだろう。
「まだ起きるには早うございます。もう少し休まれますか?」
「いや…もう目が冴えた。お前は寝るのか?」
その瞳に新たな闇を宿らせ、彼は私の目を見た。
「いいえ…」
もう雨の音は聞こえなくなっていた。
* * * * *
その日の午後。
私は部屋で本を読んでいたが、今朝見た夢が脳裏を過り、内容は全く頭に入らなかった。
自分の考えることがあまりに身勝手で…だから全てを失った。
手を見るとべっとりと血糊が…。反射的に手を隠す。
「失礼いたします」
ノックの音に返事をすると、侍従長が紙の束を抱えて入って来た。
「王妃様。レンスターより贈り物をいただきました。こちらは王妃様宛のお手紙です」
「…ありがとうございます」
「今日のデザートは梨ですから、お楽しみになさって下さいませ」
侍従長はそう言うと、テーブルの上に丁寧に手紙を置いて退出した。
レンスターからは定期的にいろいろな物が送られてくる。食べ物なら間違いなく私の好物だ。それと一緒に手紙をつけて下さる。殿下のお心遣いに感謝しながら一通ずつ目を通す。懐かしさで胸がいっぱいになる。レンスターに戻ったような錯覚を覚えながら、最後に残した手紙を手に取る。他のよりも一回り小さな封筒。私はぎゅっと抱き締めると封を切った。
すっかり大人の筆跡で私の名が書いてある。
それだけで私は狂いそうになる。
文面に目を通すと私を気遣う言葉の数々…。
言葉尻は柔らかいけど、言い回しは同じ。
あの夢はこのせいだったのか…。
もう見なくなってずいぶん経つけど、いろんなことが重なって思い出させてくれた。頻繁に見ていた頃は身を切られるように辛くて、早く忘れてしまいたいと思っていた。でも、忘れたくはないのだと…やっと今、気がついた。唯一触れた思い出なのだ。
* * * * *
雨の日は嫌い。
あの日のことを思い出すから。
あの人を失った日だから。
雨の日は好き。
血に塗れた私を洗い流してくれるから。
あの人を抱き締めた日だから―。
Fin
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