ゆく年くる年(2003Ver.)

「よお、フィンいるか?」
 フィンがドアを開けるなりどかどかと入り込んできた男は、テーブルの上に袋をどさっと置いた。
「ダグダ……何だ?」
 いつものことなのだろう、不作法なのは咎めずにフィンもテーブルに近付く。ダグダはにやっと笑うと、あごで開けろと袋を示した。
「これは……」
 フィンの表情に満足したダグダはさらに破顔した。
「今年はこれだけしか穫れなかったが、来年は本格的に植えてみるつもりだ」
「そうだな……質もいいし、十分期待できるな」
 フィンは頷きながら、袋の中に手を入れすくい上げた。さらさらと落ちるそれを見て目を細める。
「で、だ」
「ん?」
「あんたに頼みがあるんだが……」

 内容を聞いたフィンは眉をひそめて、
「しかし、本当にいいのか?」
と念を押した。ダグダはまじめな表情で頷くと、椅子を引き腰かけた。
「いつもこの村には援助してもらってるし、あんたのおかげでこれも収穫できた。恩がこれで返せるとは思っちゃいないが、紫竜山でやっとまともに育った作物をみんなにも味わってもらいたいってな……」
「ダグダ……」
「まあ、美味いもんを食えばあいつらも真面目に開墾する気にもなるだろう。……リーフから聞いたぜ、あんたの腕前は」
 ダグダは自分の言葉に照れたのか、今度は軽い口調で付け加える。フィンはダグダの意を汲み、頷いた。
「そうだな。今日は大晦日だし、エーヴェルにも相談してみるか……」
「だろ? すっかり廃れちまった風習だが、いい機会だと思ってな」
 二人は一瞬それぞれの記憶をたどっていたが、すぐに行動に移した。

「え……? 年越し……?」
「えーっと、新年を迎えるにあたって……」
「そんなのどうでもいいだろ。とにかく、美味いもんを食わせてやるからエーヴェルは村のみんなを集めて宴会の準備をしてろってことだ」
 首を傾げるばかりのエーヴェルに真面目に説明しようとするフィンを制し、そのままフィンを引きずっていくダグダ。それを見送るエーヴェルはしばらく首を傾げたままだったが、
「……とにかく宴会ね!」
と嬉しそうに腕まくりをして館の広間の清掃を始めた。

* * * * *

 夜も更け、エーヴェルの館では村人と紫竜山の元山賊達が集まり、大宴会を繰り広げていた。急なことだったので食材はほとんど調達できなかったが、わずかな酒と最近では口にすることもなかった蕎麦の登場で大いに盛り上がった。大人達は懐かしさに笑いが零れる。一方、子供達やトラキア半島外の出身と思われるエーヴェルとマリータは珍しいのか互いに顔を見合わせながら、ぎこちなく箸を持ち蕎麦をすする。
「美味しい!」
 初めて食べた蕎麦の味にほぼ同時に声を上げ、その後は食べることに夢中となった。それを見ていたダグダはフィンににやりと笑いかけると自分も箸を持った。フィンもそれに従う。

「やっぱり、フィンの蕎麦は美味しいね」
 皆とは少し離れたところで食べていたフィンに、リーフが声をかけてきた。子供達の中でも慣れた手つきで箸を操っていたリーフとナンナは一足先に平らげていたのである。
「リーフ様にも手伝っていただき、ありがとうございました」
 普段は村人たちの前では出さない口調でフィンは応えた。その言葉は小声だったこともあり、喧噪の中にかき消される。
「蕎麦が食べられるなんて思わなかったから嬉しかったよ」
「そうですね。ダグダ達に感謝しなければなりません……」
「毎年たくさん穫れるようになるとみんな助かるね」
「はい……。紫竜山の気候なら蕎麦に適していますから、きっとうまくいくでしょう」
「いつかレンスターでもこうやって蕎麦を食べられる日が来るといいな……いや、必ずそうしてみせる」
「リーフ様……」
 幼かった主君の成長を感じ、フィンは胸を熱くし祖国奪回の思いを新たにした。

 そこへナンナがにこやかな表情で近付いてきた。
「リーフ様、お代わりまだありますよ。どうされます?」
「ほんと!? じゃあ行ってくるよ!」
 ナンナの言葉にパッと表情を変えるとリーフはその場から離れていった。
「お父様は?」
 リーフを追おうしたナンナだったが、足を止めて振り返る。
「私はもういい。ナンナ……今日はご苦労だったな」
 父の言葉にナンナは満面の笑顔で応えた。
「いいえ。とっても楽しかったです。おばさん達にこの辺りの麺つゆの作り方教えてもらいましたし。お雑煮のお話も出たんですよ。エーヴェルやマリータはびっくりしてましたけど、いつかみんなで食べられたらいいなって……」
 ナンナは視線を喧噪の方に向けた。皆、我を忘れたように楽しんでいるが、それは束の間のことであるとわかっている。だからこそこのひとときを大事にしているのだ。
「そうだな……」

「おい、フィン!」
 ナンナとしんみりとした気分になっていたフィンの許に小瓶が飛んできた。フィンはしっかりと受け止めると投げた人物を睨んだ。
「そんなしけた面してないで飲め、飲め! あんたに飲ませても意味ねえが、今日の功労者だ。それはあんたにくれてやるよ!」
 ダグダの言葉に周囲の者はどっと笑う。フィンは苦笑を浮かべると瓶を軽く上げ、受け取る意を表した。
「ナンナ!」
 ダグダの隣にいたリーフが声を上げた。
「みんなで初日の出見ようって。これから相談するからおいで!」
「はい!!」
 ナンナは父に了承を得るとリーフとともに子供達の輪の中に入っていった。それを見送ったフィンは瓶の栓を抜くと、このひとときが少しでも長く続くようゆっくりと味わった。

* * * * *

 しかし、新年は早々にこの穏やかさを失うことになる。七七六年、リーフ達の聖戦の幕開けである。

Fin

後書き
またまた蕎麦ネタです。今回はフィンの年越し風景が書きたかったのでどうしても蕎麦になってしまいます(おい)。フィアナ村での話だし、こそっと「青色吐息」の番外編に入れようと思っている自分に乾杯……。
12月31日早朝に書き上げたため妙にハイテンションですが(汗)、ここまで読んで下さってありがとうございました。2003年も「空のお城」をよろしくお願いいたします。

おまけ♪へ