藍い夜空に鳴く不如帰

4・蛇足という名の終章


《ねえ、私達一緒に暮らせないかしら?》

この台詞を聞いた途端、僕はコメディ漫画お決まりのギャグシーンのように、飲んでいたお茶を噴出すところだった。
僕の沽券にかけて、そんな無様なことはできなかったわけだけど。
兎に角、僕はそのくらい驚いた、というか …… 狼狽してしまったわけだ。らしくもなく、ね。まったく。
どうしてこう、僕は彼女の言葉に何度もおどろかされなくっちゃいけないんだか。まあ、悪くはないけどね。
なんたって面白かったのは周りの人達の反応だった。
そう、この彼女の唐突な提案は、たとえばふたりっきりの森の湖や、公園のテラス、彼女の部屋で言われた訳では断じてない。
ここは正殿の大広間。金の髪の補佐官殿と某守護聖殿との婚約披露を兼ねたパーティの真っ最中だ。
ある人は興味半分の笑みを浮かべ、ある人は明らかな衝撃の表情で(きっと彼女に気があったにちがいない)こちらを見ている。

さて、衝撃のワンシーンの最中だけど、ここで少しだけ時間を戻そうと思う。
僕も性格が丸くなったと思うよ。わざわざ説明してあげるんだから感謝して欲しいね。
―― 彼女に、さ。
葬儀を終えて聖地に僕達は戻った。
彼女は確かに、確かにがんばったわけだけど表に出さない悲しみはきっとあったに違いない。
そのせいだなんて言ったらきっと彼女は反論するだろうし、僕もそうは思わないから言わないけれど、兎に角、試験はライバルに一歩及ばず女王はもう一人の候補に決定した。
そして新たな宇宙の女王任命のその時ある事件がおこったのだ。
女王となるべく少女はその命を受けなかったのである。
頑強に首を横に振りつづける彼女に女王は優しく理由を問うた。
彼女は返事をしなかった。いや、する必要がなかったんだ。
何故なら謁見の間の扉が突如開いて王立研究院の主任殿が入ってきて彼女の隣に立ったからね。
そういえば、彼ら幼馴染(おさななじみ)だったな、と僕はぼんやり考える。
まあ、兄妹だったっていうのよりも意外性は少ないけどさ。
それはともかく、彼らは言った。これが理由です、と。
一瞬のざわめき、そして沈黙。

《最高だよ。そうこなくっちゃ。》

凍りついたような緊張と沈黙の中、僕は手をたたいて彼らを祝福した。
同じようにヒュゥ、という口笛や、やるじゃねーか、といった声が守護聖方からもあがる。
僕らに対する、不謹慎、という声もあったけどそんなものはどうだっていい。
だってその時僕が敬意を表したかったのは女王陛下でも、いならぶ守護聖殿方でもなく、すべてを覚悟で申し出たふたりの恋人達だったのだから。
いつもの如く、某守護聖殿は眉間に皺をよせて何かを言いかけた。
その時彼とは犬猿のこれまた某守護聖殿が何かをつぶやいたようだった。
そう、めずらしいことではあるまい、とか、なんとか。きっとそんな感じだ。
そしてぐうの音もでない彼を前にくつくつと笑うと、このままでは3度目もありそうだな、と楽しそうに(彼が楽しそうにするということがありうるのなら、の話だけど。)呟いた。
なるほどね。2度あることはなんとやら、だ。
僕はそっと補佐官殿のほうを見やった。彼女はいつもの優しい笑みを浮かべている。
きっと、この事態を微塵も「困った」などと思っていないに違いない。
なんたって眉間にシワを寄せている彼とこの美しい補佐官殿との関係は公然の秘密なのだから ――

陛下はお心が広く、かつ豪胆な方なようだった。
新しい宇宙は新しい理によってこれから作られていく。
だから女王がいない、その事が理なのならばそれはそれで、また新しい宇宙の在り方なのだろう。と。
何も心配は要りません。そう言って微笑んだ。
その微笑こそが、彼女が白い翼を戴く女王であることを証拠つけている、僕はそう思った。
正直に言うよ。このとき僕は心底ほっとしたんだ。何故かって、そりゃあ、変わりにもう一人の女王候補を女王に、なんていう行き当たりばったりな案が発案されなかったからさ。
そんなことになったら、今度は僕があの主任殿と同じ真似をしなくちゃいけないからね。
しかも、僕の場合まだ彼女の意思を確認してないときてる。なかなかにスリリングだよ、それは。
陛下は最後にこう仰った。いかにも楽しそうに。

《ついでだわ、ここで2組の婚約パーティーをしてしまいましょう。たのしみだわ。ねえ?》

そして時間は例の衝撃の瞬間へと戻るわけだ。
女王陛下の鶴の一声で即位祝賀から婚約披露へと変貌したパーティへと。
用意された料理が無駄にならなかっただけ、有意義なパーティだとは思うけどね。

一緒に暮らせないかしら?彼女のその言葉に対する返答を僕が頭の中で組み立てているうちに(といっても、カウントすればきっとそれは0カンマ1秒程度の話だ。)彼女は次の台詞を言った。

《お父さんも、その方がいいって言ってるし。》

なんて物分りのいい …… え?親父さん?
その瞬間、僕はどうやら甚だしい勘違いをしているらしいことに気づいた。(なんてことだ。)彼女は、僕に、彼女の家族の一員として彼女の家に来るように言っているのだ。
いや、それ以外にどんな意味があるのかと聞かれると困るんだけど。
さらに彼女は言う

《遅すぎはしないでしょう …… ?家族として、これからやっていくのに …… ?》

彼女にしては珍しく自信なげな疑問形の発言だった。
嫌味のひとつでもいってやろうという意思とは反対に、僕は微笑んでいた。
けれど言った言葉は、恐らく彼女を失望せただろう。
残念だけど、それはできないよ、という言葉は。
なるべく彼女が納得できるように僕は自分の意思を伝える。伝えるために言葉を使う。

《ただでさえ、1人立ちしててもおかしくない年齢だよ。僕は。 気持ちは嬉しいけど、今から誰かの保護下に入るのはどうもね、僕の柄じゃない。》

彼女は真剣な顔でこちらを見ている。
僕の意見を聞きつつ、でも、やはり自分達を家族とは思えなのか、という疑問符を隠そうともしない視線だ。
だから僕は更に言う。言っておくけど、これは本心からの言葉だ。

《 …… 月命日には、花をあげにいかせてもらうよ。いいだろう?社会人になった息子が家に戻ってくるにはいい口実だと思わないかい?》

花が咲いた。
ありきたりな表現だけどそう思わずにいられない笑顔だった。その時の彼女は、だ。
いつも僕にインスピレーションを与えてくれる貴重な存在にせっかく出会えたんだ。
その彼女にこれっきりだなんて、もったいなくて僕はできないね。
広間には緩やかなワルツが流れていた。
ふとみれば、今日主役の二つのカップルがむつまじくステップを踏んでいる。
まあ、カップルの一方はいかにも不慣れというかんじではあったけど。
( …… もう片方は流石にさまになってる。いくら人手不足でもやはり、ワルツは男女で踊るべきだとつくづく思うね。)
僕は彼女に手を差し伸べる。
彼女は優雅にひざを少しかがめる礼をすると、僕の手にそっと自分の手を添える。

満面の笑顔。
伝わるぬくもり。
流れる音楽。
そして僕達はステップを踏み始める。
すぐそばにある彼女の青い瞳。
それは、やさしい夜空の色だ。

僕は彼女の耳もとにそっと囁く。

《もっとも、いつか君の父君に別の意味で君と家族になる許可を貰いに行きたいんだけど。》

内心、それまでに、君が僕のことを「兄さん」などと呼ぶ変な癖がつかないことを切に祈るね。
そう思いながら僕は薔薇色に頬を染めつつある彼女を見つめていた ――

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