羽化


僕をみて。
今の僕を。
あなたに出会ったことを後悔したことなんてあるはずもないけれど。
でもひとつだけ。
せめて、今の僕で出会えたならって、考えることはある。

ねえ。
あなたにとって。

―― 僕はいつまで十五の頼りない少年のままなんだろう?

◇◆◇◆◇

月の冴える夜に。
青の中庭に佇むあなたを見た。
蒼い光りに照らされたあなた。
月影をはらんだすきとほるベールが、まるで ―― 天使の羽根というよりは ―― 妖精の羽根のよう。

未だ母を恋しがる赤子のような星々にすべての心を注いでいるあなたは。
あおざめて、すこしだけやつれた頬の横顔が、僕のなかにあったあなたの面影よりもひどく大人びて見えた。

草を踏む僕の足音に気付いたのか、あなたがこちらにふりむいて、そしてひっそりと微笑む。
ああ、やっぱり。
いつかの面影よりも、ずっと。
ずっと、大人びていて、そして綺麗。

「眠れないの?」

そう問うあなたに。

「あなただって」

そう返す。
眠れないのは、本当だけれども。
そう言ってしまったらきっと、故郷が恋しくて寂びしがっていると思われてしまう。
もちろん、それがほとんど当たりなわけだけれど。
あなたにそう思われてしまうのは、ひどく、辛い。

それは自分が未だに家を恋しがって眠れなくなるような。
そんな子供だと思われるのが嫌なわけではなくて。
えと、それもちょっとは嫌なんだけれど。
それだけではなくて。

僕は自分の意志でここに来た。
あなたを守りたくて。あなたの傍にいたくてここに来た。
けれどそのことを、間違っても。
―― 自分のせいで家族と離れ離れになった、とか。
そういう風に、あなたにだけは考えて欲しくなかった。

けれどもその願いは届かなくて。
寂しげな微笑で僕を見上げて、あなたは言う。

「家が、恋しい?」

ああ、やっぱり。
僕は小さく溜息をつく。
否定はしない。だって事実でもあるから。

「そうだね。でも」

あなたを守りたいと。
そう思っているのも本当で。
以前なら、それはただの夢だったかもしれない。
けれど今なら言える。
ただの夢とか、希望じゃなく。

あなたを守りたい。
だから、あなたを守るよ。
僕はもう、あなたに出会った頃の子供のままの僕じゃない。

「僕は、あなたを守りたいからここにきた。何一つ、後悔なんかしていないよ」

あなたをまっすぐにみつめてそう言ったとき。
その瞳が微かにゆれた。
そして。
大人びてみえたあなたの中に、女王候補の頃と同じままの少女のあなたがいるのを、僕は見つけた。

◇◆◇◆◇


家が恋しい?と聞いたとき。
私は、きっと彼は少し拗ねたような表情をして、そんなことないって。
そう否定するだろうと思っていた。
だから、そうだね、と素直に返ってきた言葉はひどく意外で。
そして、あなたを守りたい、と。
まっすぐ私を見てそう言った瞳が、私の記憶のなかの彼より遥かに大人びて見えた。

月の光を浴びて、淡く光る天眼と。
迷いなく私をみる、深く神秘的な瞳。

このひとは、誰?

女王候補の頃から、些細な話をして笑いあったり、甘いお菓子の品評をしあったはずの彼が。
なんだか別の人のように思えて。
少し動揺している私に気付いたのか気付かないのか。
あなたは、にこ、と。
これは昔と変わらぬ笑みを見せる。
その笑顔に何故か一層動揺して。
私は少しだけ間抜けな発言をしてしまう。

「メルさん、まるで羽化した蝶みたい」

唐突な話題の変化のうえに、思わずさん付けで話す私に、彼は少しも驚かないで笑う。

「言っておくけど、龍族は脱皮はしないよ?」

そんなふうに、冗談まで言ってから、こう続ける。

「でも、これからも、どんどん大人になるよ。
だから、あなたは僕のことを心配したりしないで。
あなたの心を軽くするために、ここにいる僕でいたいから」

私はひどく嬉しく思いながらも。
でも逆に、その言葉に相応しい自分であれるかどうかと、ふと考える。

「あまり急いで大人にならないで。今度は、私が追いつけなくなってしまうから」

言った私に、彼はちょっとはにかんで笑う。
その笑顔の中に。
女王試験の頃と同じままの少年のあなたがいるのを、私は見つけた。


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一度定着してしまったイメージを覆すのは難しいもので。Sp2やら天空やらをプレイしたことのあるユーザーはやはり大きくなったとはいえメルをスルーしてしまうことが多いんじゃないかと思う。私もそうだし。でも、だからこそ。
子供だと思っていた人が大人の男性になったことに気付いた瞬間に落ちる恋っていうのを、書いてみたかった。
ほんとうはもっと長目の話で徐々にコレットの心を追っていくような話がいいのだろうけれど。
そこまでするにはちょっと萌えが足りな…げふげふ。

まあ、書くのがありえないと思っていたメルのカップリングものが書けて満足しています。 つうか、「脱皮」で別のことを考えた人。ブログか拍手あたりで名乗り出なさい(笑)

2005.05.27