以前、欲しいものは何もありません。
そう応じた少年に
そなたには未来をやろう、とその額にくちづけたことがある。
夢が叶うまじないだと、そう言って。
今日、その少年が私に問うた。
《夢の守護聖であるあなたの夢は何ですか。その夢は、叶ったのでしょうか?》
真っ直ぐと、射すくめるような蒼穹の空と同じ色の瞳。
その色があまりに澄んでいたからであろうか、答えに詰まる自分に私は気付いた。
私の夢とはなんであったろう。
私が、心の底から望んだものはなんであったろう。
本当は知っているのだ。
あるがままにすべてを受け入れ、それで善しと思うて生きてきたこれまでの人生の中。
ただひとつだけ望んだ夢は
決して叶うことの無い夢であろうことを。
夢とは、何故美しいのであろうか。
それは手に入れることができないからこそ、
美しいのであろうか。
そうと知って
それでも人は夢を見続けるのだろうか……
私は少年に応えた。
夢裏華旺旺―――
旺旺たる
夢裏の華

江表月涼涼―――
涼涼たる
江表の月
雖欲納掌上―――
掌上に
納めんと欲すと
雖も
即断更流遠―――
即ち 断ちて更に遠く流る
(「水中月華」柳白霜
(←大嘘))
私の見た旺々と栄える華の夢は
江上に映る月に似ている
手中に納められるほどすぐ傍らにあって
かいなに抱こうとすれば
脆く壊れ去る
冷たく冴える水の中の月―――
故郷の星で詩仙と呼ばれた先人は、
水に映った月を採ろうとして船より落ちてこの世を去ったという
(李白のこと)
それとは似て異なるが、私もこの月のために命を落すことがあったとしても後悔はしないだろう。
遥けき遠く
天上に尊くある月よ。
最も高みに咲く華よ。
私の夢は、いつもその月の傍らに、華の傍らに……
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