確かめても ?



◇◆◇◆◇


それは、とある日の曜日。
フランシス様と過ごす休日のひと時。
以前話題になって、いつか聞かせてくれるといった彼の得意なピアノを、いま聞いている真っ最中。
実はあまり音楽に詳しくはないけれど、聞いたことのあるメロディだと思うのは、彼が私に馴染みがあるような曲を選んでくれたからなのだろうか。
そんなことを考えて、私は滑らかに鍵盤の上を動く彼の指をみやる。
なんて優美なんだろう。
あきらかに男性の指なのに、繊細で柔らかなライン。
そして、ふとおもってしまった。
彼のその長く細い指は、温かいのだろうか、冷たいのだろうか、と。
我ながらなに考えてるんだろうと、心の中で突っ込みを入れつつ、いちど考え出してしまうとなんだか即確認したくなってきてしまって、慌てて私はその欲求を押さえ込む。

だって、そうでしょう。
ずいぶん親しくさせて頂いているとはいえ。
別に恋人同士っていうわけではなくて。
いや、そうだったら、どんなにか嬉しいのだけれど、残念ながらまだその域には達していなくて。
その私が、いったいどんな理由をつけて、彼の手の温度を知ることができるというのだろう。
『あったかいか冷たいかしりたいんです。触れていいですか?』

…… ありえないから。それ。

そういえば、チャンスがなかったわけではないのだ。
以前、セレスティアでデートした時に。
私の前にあった、些細な段差。
彼は手を優雅に差し伸べて。
―― レディ、手を。
そう微笑んだ。
でもなんだか私はこっぱずかしくなって、大丈夫です、と幾分そっけなく応じてしまい、結果その手を取ることはなかったのだ。
こころもち、しょんぼりしたような、彼の表情。

…… 惜しいことを。したかも。

って、何を考えているんだか。私はもう一度自分自身に突っ込みを入れる。
そして、そのとき、曲が、終わった。
「エンジュ?」
彼に名を呼ばれて、私は我に返り、そして気付いた。
彼の手元を、凝視している自分自身に。

「は、ハイッ」

この態度はあきらかに不審だろうに、と、わかっているが故に余計慌てて怪しい態度になってしまう。
顔に血が上って、かっと熱くなったのがわかる。
そんな私を彼はしばらく窺うようににみていたけれど、ふと、不思議な表情をして、それから唐突に。

「ああ …… レディ、許してください」

けっこういつものこととはいえ、この人はいきなり何を言い出すのだろう。
私に、何を許せと。
怪訝に思い、首をかしげると、彼は密やかな微笑を零した。

「薔薇色にそまったあなたの頬の温度を」

そして私の頬に触れる、長くて細い指。
―― ああ、しっとりして、温かい。

「どうしても …… 触れて確かめたくなってしまったのです …… 」

許してください、と言いながら。
そのわけのすべてを言わぬ間に頬に触れる彼は、なんだかんだいってしたたかだ。
でも、それはきっとお互い様。
だって。
「いいんです。私もさっきから、フランシス様の指の温度が知りたかったから」
ちょっと照れながらも笑っていった私の顔に、彼の顔が近づいてくる。

「ああ …… それなら次は、その愛らしいくちびるの温度を …… 確かめても ?」



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あーりーえーねー。ねえ、私どうしちゃったの!? (笑)
この話は許されるんでしょうか?!
(しかも昔オスカーで似たような話を書いた記憶が。)
2005.06.18