桜闇夜話 ―― (還春来)

花守人(はなもりびと)



幾度の春が去り、還り来たものか。
流れゆく時の中で、愛でる人は変われど咲く花は昔のままに。

神鳥の聖地、桜の古木はうららかな日差しに、春爛漫とばかり咲き誇っている。
その根元に人影がひとつ。
年の頃なら二八、九。長い黒髪をひとつに結い上げて、その目元には特徴的な黥(めさき)。
とある気配に、その青年が穏やかに微笑んで言う。

「またお会いできましたね」
「其方は ―― いつぞやの童(わっぱ)。なるほど、またずいぶんと時が過ぎたようよの」

姿をあらわした佐保姫に、彼は一瞬、懐かしそうに目を細めて、丁寧に一礼した。
「ええ。私も明日には去ることになりました。ご挨拶にこちらの聖地に伺ったのですが、この場所へ来てみて良かった。姫に一言お礼を」
佐保姫は嬉しそうにほほ、と笑う。
「それは律儀なこと。いつぞやの闇の者など、とんと愛想もありやせなんだが」
女の言い草に反応に困ったように苦笑して。
「その愛想の無いお方からこの古木の事を伺いました。後日あちらの聖地でいくら探してもあの夜の桜は見つかりませんでしたから」
「左様か。だが、そうか去りやるか。ハテ、礼と言うからには、其方はあの娘の花守(はなもり)となりやったか」
青年は少しくすぐったそうに笑った。
「彼女の退任の方が早かったのです。でも、理想郷と呼ばれる時の流れの異なる場所で、再会の約束を」
佐保姫は嬉しそうに目を細める。
「左様か、左様か。それはなにより。―― やはり違う解があったのだのう」
感慨深げな佐保姫に、青年は言う。
「そのことですが」
「何じゃ」
「『かつての夢守は後に無事、梨花の花守人となった』と、件(くだん)の闇の方から伝言を。以前お会いした時は伝えそびれたそうですよ」
佐保姫は目を見開いてから、これ以上ないほどに嬉しそうな表情になって呟く。
「そうで、あったか。あの夢の者は花守人となったのだな …… 」
「はい、そう聞きました」
「やはり楽しやのう。人とは。故にやめられぬ」

やめられぬ、という言葉に青年はくすくすと。
「今年も、何件か作戦がおありで?」
「まぁ、なきにしも非ず。其方の前例ができた故、さほど苦労もなかろうがな」
からからと笑ってからかう女に、青年は照れたような面持ちで桜を見やるふりをして目をそらした。
春の風が優しく幾片(いくひら)かの花弁をさらってゆく。

「では、そろそろお暇(いとま)を。姫もどうかお元気で」
「待ちや」

礼をして去ろうとする青年を呼び止めて、女は扇でやわりと空(くう)を仰ぐ。
そして彼の掌中に落ちる一枝の桜花。

「明日再会する娘の花簪にするがよかろ。 ―― 幸せにな」
佐保姫は優しく言うと、散る花びらのあいまにふわりと消えた。

青年もにこりと笑んで。
ふたたび丁寧に、今はもう姿なきその影に一礼する。
そして、しばしの間感慨深げにその場に佇んでいたが。
新たな旅立ちを想うように空を見て。
そして、舞う桜吹雪の中、元来た道へと去っていった。


―― 了

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つうか、佐保姫ティムカにべた甘じゃんか!(笑) ← 私が書いている限り宿命

最終話、私的萌えポイント3個所。
・二九歳設定ティムカ
・ティムカ、クラヴィス(そして美幻)の繋がり
・「姫」という台詞を言うティムカ!
…… アホの戯言無視してやってください

2005年桜企画のお絵かきBBSに、挿絵つきで4日間毎夜連載したものに加筆して掲載しました。
佐保姫とは春の女神のこと。
夜の佐保姫はなんだか魔性のような意地悪さですが、それは恋人たちをけしかけるため。
本当の姿は、春の日差しのような。
優しい姫君なんだと思っています。
「昔日夜」で種明かしをしてはいるものの、二夜目に彼女が言う「同じことを言うた童(わっぱ)」は、美幻を知らない人にはクラヴィスのことだと思ってもらえればそれでいいと考えていました。実際、物語には描かれていませんが、前女王の即位中に似たような佐保姫とクラヴィスのやり取りがあったのだろうと想定しています。
私の中で、前女王在位中、クラヴィスと彼女の逢瀬っていうのはありえない想像なので、ティムカのような結末にはならなかったのです …。
そういえば、ついに美幻の挿絵描いちゃいました。
あの絵はどうなんでしょうかね。皆様のイメージとあってるんでしょうか…。
私のなかでは、もうすこーし、泰然として穏やかで悟っちゃった感じなんですけど(笑)
(まあ、まだ若かりし頃(十九といったところか)であることを思えば許容範囲か?)
そんな微妙なものを私の画力で描けるわけも無く。
結局愛想のいいクラヴィスみたいになっちゃいました。
顔のベースはとある事情により、セイランのはずだったんですけどねぇ……。

最後に。
この物語を読んで、見事、妖しいまでの夜の佐保姫の姿を描いてくれた和晴さんに感謝を込めてv
2005.04.26 佳月