It's like rain〜雨上がり〜


◇◆◇◆◇

It's like rain.
今日はせっかくの日の曜日なのに、朝から生憎の雨模様。俺は仕方なく執務室の椅子に座り、ぼんやり窓の外を眺めている。
本当はもう何日も前から、この日の曜日に彼女をデートに誘うぞって決心をしていたんだ。
していたんだけど、こんな天気ではどこに誘うにもためらわれて、こうして無駄に時間をすごしているわけだ。
「よおし、今日こそは!」っていう気概がおもいっきりすっぽ抜けてしまって、肩透かしを食らった反面ちょっぴりほっとしてしまったのも本当で、だからこそそんな自分が情けなくもあった。

外を降る雨はしとしとという表現が似合う細かな雨だ。
そういえば、以前ルヴァ様にこういうのは「こぬか雨」って呼ぶんだと教わった気もするな。違ったっけか。
ところで「こぬか」って何だろう。よくわからないけどまあ、いいや。

上階の張り出し窓から、水滴がゆっくりとした間隔で落ちる姿を幾度も目で追いながら、俺は考える。
来週に延びてしまったデートに誘うタイミング。
せっかく時間が空いたのだから、それは彼女を誘うときの。その、格好良く彼女を誘うための口上を考えるちょうどいい準備期間だと思えばいいじゃないか。

とはいっても、カッコイイ言葉なんかそう簡単に浮かぶわけもなくって、俺は腕組みしてしまう。
あれかな、花束持ってったりするのがいいのかな。
オスカー様なんか、やりそうだよな、そういうこと。薔薇の花一輪、とかってさ。
で、その花渡しながら、君に良く似合うとか、君のほうが綺麗だとか、さらりと言っちゃうんだよ。

うわあ、だめだ。
俺には無理だ。絶対。無理無理。

なんだか一人で慌ててしまい、ぶんぶんと頭を振って一息ついてから冷静になってみれば、何もオスカー様の真似しなくたっていいじゃないか、と思い当たる。
そもそも、はじめてデートに誘うのに、それはやりすぎな気もするし。
じゃあ、やっぱり当初の予定通り自然な感じに、いい天気だから息抜きに公園にでも行かないか?って、誘うのが一番いいような気がする。
うん、やっぱりこの手で行こう。
まあだからこそ、今日みたいな雨だとにっちもさっちもいかなくなってしまうんだけどさ。
あと、曇りでもご破算だから、来週は綺麗に晴れることを願うよ。本当に。

上手く二人で出かけることができたら、その後はどうしよう。あんまり女の子相手に気の聞いた会話が出来る方だとは、俺だって思っていない。
それこそさ、花壇の花に彼女を例えて、花に囲まれて微笑む君が素敵だとか綺麗だとか、言えればいいんだろうけれど。

うわあ、だめだ。
俺には無理だ。絶対。無理無理。

思わず頭をがしがしとかきむしって一息ついて。冷静になって可能な範囲の行動を考える。
きっと、ベンチに腰掛けて、屋台のホットドックを二人でぱくつくくらいじゃないだろうか。あ、もちろんコーラつきで。
それにさ、彼女の素敵なところを。
たとえば、俺の大好きな彼女の笑顔を何かに喩えるとしたら、それは花ではないと思う気がする。
いや、もちろん花に喩えても遜色ないくらい綺麗で可愛いんだけど、もっと透き通るようで圧倒的で、明るい力にに満ちているような。
そんな感じなんだ。
何かぴったりと来る喩えはないだろうか?
当初の目的とはちょっとずれたところで、俺は考え込み、空(くう)を睨んで悶々としていた。
と、その時扉を叩く音が聞こえる。
あるはずないのに、今まで考えていたいろいろなことを誰かに見透かされてしまった気持ちになって、俺はひどく慌ててしまう。

「は、はい。どうぞ!」

少し上ずった声に応じて、ひょっこり顔をだしたのはなんと、彼女だった。
俺は嬉しさと驚きでわけわからなくって、動転してしまい、結局芸のない挨拶をする。
「や、やあ。どうしたんだい?今日は日の曜日だから仕事はお休みだよ?」
休日にこんな風に執務室に陣取っておいて、仕事はお休みだよ、も何もないもんだ、と俺は俺に突っ込みをいれる。
『君に会えないと思ってた休日にこうして顔を見れて嬉しい』くらい、何で咄嗟に言えないんだよ。俺は。
内心慌てまくっている俺を、彼女は特に不審に感じた風はなかった。
彼女は言う。

「雨が止んで晴れ間がでてきそうだったので、じっとしているのがもったいなくて、お誘いに来たんです」
「え、雨が?」

振り向いて窓の外を見上げれば、本当に雨が止んでいる。
上空を吹く風に雲がゆっくりと動いて、薄くなった雲の隙間から、今まさに太陽の光が零れ落ちる。
筋になった光は、どんよりとしていた空気を吹き飛ばして、ぬれた緑を鮮やかに映し出した。
透き通るように聖麗で、眩しいほどに圧倒的で、底抜けに明るい。
そして俺は気づいた。

「ああ!」

思わず声を出した俺の顔を、彼女は窓辺に寄って来て不思議そうに覗き込む。
「どうしたんですか?ランディ様?」
「うん、君の笑顔がさ」
「笑顔?」
言いながら、彼女はきっと無意識だろう、にこり、と微笑む。
ほら、やっぱりそうだ。

「そう、君の笑顔がさ、雨上がりの晴れ間みたいに綺麗で大好きだなって、思ったんだ」

勢いで深く考えずに口に出してしまってから、なんだか赤くなっている彼女を見て、初めて気づく。
あれ?俺、なんか今、変なこと言った?
…… まあ、いいか。
細かいことは気にせずに、俺は続ける。

「誘いに来てくれて嬉しいよ。実は、俺も君に会いに行こうかと思っていたんだ」

再び嬉しそうな笑顔を見せる彼女の手を引いて。
俺たちは、雨上がりの光きらめく外へと駆け出した。



◇◆◇◆◇


◇ Web拍手をする ◇

◇ 「It's like rain」目次へ ◇
◇ 「彩雲の本棚」へ ◇



前回更新のユーイ(「はじめてのキス」シリーズのユーイ)に引き続き血迷い系第2弾。ユーイは悩まずスゴイことを言うけど、ランディは事前に悶々と散々悩んで、予定外のところでさらりとハズカシイセリフを言ってしまうに違いないと思うのだ。
2007.05.06