It's like rain〜雷光〜


遠くで、雷が鳴ってる。
早く女王候補寮にもどらなくっちゃ。
きっともうじき雨だって降ってくる。
傘は持っているけど、雷は …… 嫌だな。

ああ、ほら、やっぱり。
It's like rain ―― 雨が降ってきた。

◇◆◇◆◇

アンジェリークは慌てて走り出す。
雨足はたいして強くはないものの、雷の音がだんだん、大きく聞こえてきているような気がする。
こんな時、傘さしてたら、傘に雷落ちたりするのかしら。
そんなことを思い、なんとなく傘をさせないでいる。
泥はねもなんのその、全速力で走って、近道とばかり公園の中を突っ切る。
その時、彼女は自分の名を呼ばれたような気がした。
目の端に、一瞬移った姿。
金色と、蒼と、純白と。
たとえ一瞬であっても、大好きなひとの声と姿がわからないはずはない。
「ジュリアス様 ……」
公園の東屋から、こちらへ向って来る。
雨宿りをしていたのだろう。
「女王候補らしくない、姿だな。そのように立っていては濡れる。こちらへ」

―― 先に、軽く雷が落ちたかも……。

ジュリアスに促されるままに東屋の下へ駆け込みつつそんなことを思う。
でもこの厳しい言葉や態度のその奥に本当は、少し不器用な優しさがあることを、既に彼女は知っている。
畏怖と同時に、その美しさに目をそらせなくなる、そんな雷光のような鮮烈さと。
垂れこめる厚い雲が、雨の後に割れて光差す瞬間のような暖かな優しさと。
その二つをあわせ持つひと。

「せっかく雨宿りをなさっていたのに、すみません」
自分に声をかけるために屋根の外へ出たため、彼の白い衣に細かな水滴がついている。
「さして濡れたわけではない。それよりも、そなたの方が濡れて ―― そなた、傘を持っているように見えるが」
手に持つ傘に気付き、濡れながら全速力で走っていたアンジェリークを不審に思ったらしい。秀麗な眉が微かに片方だけ上がっている。
彼女もその意図を理解しておずおずと答えた。
「いえ、あの雷が鳴っていたので傘に落ちたら怖いと思って」
―― 我ながら間抜けな返答。
アンジェリークはちょっと落ち込んでいる。
「雷が?」
言いながらジュリアスは微かに笑んだ。
予定外の笑顔を嬉しく思いながらも尋ねる。
「…… ジュリアス様何が可笑しいのですか?」
「いや、大方先ほどの私の注意も『雷が落ちた』とでも考えていたのだろう、と」
「な、な、なんでわかるんですか!」
アンジェリークは自らの台詞で正解であることを裏付けしていることに気付いていない。
ジュリアスは一層の笑みを零し言った。
「そなたの表情が、正直にそう言っていた」
穴に入りたいような気持ちでアンジェリークはうつむいて呟いた。
「ごめんなさい……」
近くに走った雷光と轟く雷鳴。
彼女はびくっと怯えたように身をすくませた。
「謝る必要はない ―― 私は愛らしいとさえ ―― いや、なんでもない」
アンジェリークは顔をあげた。
ジュリアスの言いかけた言葉は、しっかりと彼女の耳に届いていて、その蒼穹の瞳を見上げているうち、見る見る顔が赤くなるのが自分でもわかった。
ジュリアスは気まずそうに、先ほど雷光が走ったあたりに目をやり
「風邪をひかぬよう傘を差すべきであったな。避雷針が設置してあるので傘に落ちることはあるまい」
などと言っている。
「あ、あの、でも、ジュリアス様のお言葉は、厳しいこともあるけれど、私のことを考えて言ってくださってるんだなぁっていつも感謝してます。だから、だから」
この後に、『ごめんなさい』が来ると思ったものか、ジュリアスが言った。
「謝る必要はないと、言っている」

「―― ありがとうございます」

いつもいっぱいにあふれるの感謝の言葉。
本当に伝えたい言葉は、もう少し、違うけれど。
そんな気持ちでアンジェリークはジュリアスをみつめた。
予定外の言葉にジュリアスもアンジェリークをみつめたまま、けれどどのような表情をしていいものやら迷っているといった風情だ。
その姿が、アンジェリークには微笑ましく感じられて。
彼女は笑んだ。
―― ほほえみを。返してくれたら嬉しい。
そう思った瞬間。
再び、それもかなり近くで雷光が走り続き大きな雷鳴が響いた。
アンジェリークは思わず悲鳴をあげて、ジュリアスにしがみついていた。
「ご、ごめんなさいっ」
慌てて身を離そうとしたアンジェリークを、ジュリアスはわずかにためらった後、そのまま抱きしめる。

「謝る必要はない。 ―― しばらく、こうしていてもよいだろうか」

みたび天を裂いた雷光は、もう怖くはなかった。

◇◆◇◆◇


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掲示板で話題にした時点で考えてたのは、「遠雷」のほう。
書きあがってから、雷が光って抱きつく、というお約束をなんか思いついた。
「I't like rain」シリーズとしては、こちらのほうが相応しいような。
初期3作を書いた時決めた下記のルールを、忠実に復活させてみた。

アンジェの独白から開始する、彼女視点の三人称。雨が降っていること、「大好きなひと」という言葉入り、ラストは守護聖の一言の台詞のあとに、一、二行で締め括る。
……そしてバカっぽいほど甘いこと。

バカっぽさがイマイチ足りないのはやはりジュリアスたる所以。
「遠雷」と、どちらが、気に入っていただけるかな(笑)
2004.09.05
今回のBGM:エンヤ/Evacuee